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Sextuple 大切な思い出

美濃越みのこし かえで

…紅葉の姉。そのストイックさから隠れファンが多い

私が彼女と初めて出会ったのは、入学式の三日前だった。

私が割り当てられた寮の部屋へ行くと、そこには先客がいた。ベッドに腰掛けながら本を読んでいた彼女は、一瞬本気で人形だと勘違いしてしまうくらい、とても整った容姿をしていた。

「待っていたわ」

私を見た彼女はにっこりと笑った。それもまた、とても美しい笑顔だった。


酒匂桔梗は、とても人懐こい性格の少女だった。

無愛想な私にも飽きずに笑顔で話し続けるその様子を見て、健気な奴だな、と他人事のように考えていた。

一週間ほど同じ部屋で生活していると、ただ人懐こいだけではなく、ちゃんと空気を読むこともできる性格だと気づき始める。思えば、桔梗と話していて不快になったり煩わしく思ったことはほとんどなかった気がする。

そんな彼女は、なぜか私と一緒にいることを好んでいた。人懐こい彼女に寄ってくる人間なんて腐る程いたのに、必ず私の元へ戻ってきた。

一度それが気になって、あまり人付き合いが得意でない私に気を遣っているのではないか、と問いかけたことがある。

しかし彼女は、

「楓といるのが好きなのよ」

と、何の迷いもなく言ってのけたのだった。


不器用な私は、人気者の彼女との距離の作り方にずっと悩まされていたと思う。

彼女と二人で寮の廊下を歩くだけで、少なくとも三回は誰かに声をかけられた。その度に桔梗は申し訳なさそうに私をちらちら見ながら、話を早く切り上げようとしてくれた。

そんな彼女の気遣いが逆に申し訳なくなって、私はいつしか彼女の隣を歩くのをやめた。

そんなある日の夜、彼女は私の前で涙を流したのだった。私が桔梗を避けている理由が、いくら考えてもわからないと、彼女は泣いたのだ。

「私があなたに何かしたのなら謝るわ。だから教えて?あなたは一体私の何に怒っているの……?」

その涙を見たとき、私はもう二度と彼女を悲しませてはいけない、と決意したのだった。

それからは本当に、私と桔梗は周りの目もはばからずに、仲睦まじくしていたと思う。

人懐こい彼女であったが、腕を組むのは私だけである。始めは恥ずかしくてたまらなかったけれど、いつの間にかそれが当然になっていた。

夏頃になると、同じベッドで寝るようになっていた。桔梗が私から離れたがらないのはその頃には当然になっていて、彼女は私に一日に何度も「好き」と言ってくれた。


夏休み、帰省をする私を見送る時の桔梗の寂しそうな顔は今でも忘れられない。

桔梗はどうやら実家との折り合いが悪いらしく、長期休みも年末年始も実家には一切帰ろうとはしなかった。

彼女の家は老舗の酒蔵の蔵元で、桔梗は跡取り娘として大切に育てられていた。しかし、数年前に母親が他界してから彼女を取り巻く環境は一変したのだ。

かねてから父親が囲っていた愛人が継母となり、桔梗は家での居場所を失った。父親にはその継母との間に隠し子がいて、跡取りも桔梗からその異母弟へと変わったのだった。

家の人間から一切見向きもされなくなった彼女は、逃げるようにしてこの櫻華へとやってきた。そこで出会ったのがたまたま私だったのだ。



私と桔梗が出会って一年が経とうとした時、突如私たちの仲は引き裂かれることになった。

「父が、私の監視役にね……部下の娘を櫻華に入れるらしいの。部屋も無理やり一緒にさせられる」

家に帰ってこない娘を見張るために、彼女の家は強引な手段をとった。

「なに、それ……?じゃあ私と桔梗は同じ部屋にいられなくなるってこと?」

櫻華の寮では原則として六年間同じ部屋で過ごすことになっている。私と桔梗もそうなるはずだったのだ。

「私、楓と離れたくない」

「私だって、桔梗と一緒がいい」

大きな瞳に涙を滲ませる桔梗を、私は一晩中抱き締めていた。

そんな想いも虚しく、私たち二人はバラバラになった。



私の新しいルームメイトは、私を追いかけて櫻華にやって来た妹の紅葉であった。本来ならば同じ部屋になるはずのない学年の違う私たち姉妹の新生活は、思っていたより普通に始まり特に大きな問題もなく過ぎて行った。

私と紅葉はとても仲の良い姉妹で、私が今まで桔梗以外の同級生とあまり深く関わりを持たなかったこともあってか、紅葉と二人で行動することが多くなった。

我が妹ながら、これだけ歳が近くてもほとんど喧嘩をせずに、姉をたててくれる紅葉は本当によくできた妹だと思う。

私はいつしかそんな紅葉のことをただの妹、というだけではなく、大切な家族の一人として守りたいと思うようになっていた。

自分でも過保護すぎるかもしれないと何度も思ったが、彼女にとって悪影響を及ぼすであろう情報はできるだけシャットアウトして耳に入れないようにした。

変な虫がつかないように、それとなく紅葉の周囲を気にして彼女を守ってきた。

そうこうしているうちに、一つのことしかできない不器用な私は、桔梗との関係を蔑ろにしてしまったのだと思う。



それから桔梗とは、一度もクラスが同じになることはなかった。そしてそれ故に、段々と二人の間には距離が生まれ、いつの間にか話すこともなくなった。

そしてそのまま卒業するのだろうと漠然と思っていた六年生で、転機は訪れた。


「最後です、五人目。6年3組、美濃越楓」


始業式の後の特別生徒会役員選挙、そこで私の名前が呼ばれたことによって、止まっていた私たちの関係は再び動き出すことになったのだ。




「こうやって話すのも久しぶりね」

「誰かさんが特会でも私のこと、避けてたから」

「あら、ばれてたのね」

「当前」

魔女騒動の後、二人きりになった開かずの間で私たちは実に数年ぶりにきちんと言葉を交わした。

「大好きだったかつてのルームメイトと、何を話したらいいのかわからなくて」

「……どうだか」

「ふふ、やっぱりお見通しなのね?」

桔梗が私を避けていたのには気づいていた。というか、かつての桔梗とあまりにも態度が違いすぎていて、わからないはずがなかった。

「私に、前みたいに好きになられたら困ることでもあった、ってとこか?」

「正解。もしかして見当もついてる?」

「……大体は」

「言ってみて」

当たっている確証はなかった。しかし、特会に入ってからずっと桔梗を見てきた私には、なんとなく察しはついていた。

私は一呼吸おいて、口を開いた。


「一之瀬蘭」


短く、はっきりと私はそう言った。

「すごい、よくわかったわね」

桔梗が驚いた声をあげる。褒められているのか知らないけど、全然嬉しくなかった。

「視線とか、そういうの。明らかに違ったから。私以外は気づいてないだろうけど」

「だってわからないようにしてたもの。でも本当にすごいわね、楓。そんなに私のこと、見ていたの?」

意地悪く笑う桔梗の顔を見て、私の胸にもやもやとした何かが渦巻いているのがわかった。あんなに好きだった桔梗の笑顔が、今はただ憎らしい。

「見てた。ずっと」

「今でも私のこと、好きだから?」

「多分」

「なぁに、それ」

私の返答にわざとらしくムッとするその仕草は、昔と何ら変わっていない。

「ねえ楓、今なら私、あなたを抱くくらいのことはできるわよ?」

「馬鹿にしてるのか」

「とんでもない、本心よ。私あなたのこと今でもそれなりに好きだもの」

いらいらする。その言動。ふわふわと掴み所がない、ここ数年で変わってしまった酒匂桔梗だ。

「桔梗が魔女じゃないかって、藤ほど確証はなかったけれど。気づいてた」

「うん」

「桔梗が蘭のこと好きなのも気づいてたから、その腹いせが何かなのかってね」

「全部がそうなわけじゃないけど、否定はしないわ。好きな人の心を手に入れられないから、気を紛わせていたのもある。それは事実よ」

「……ばか」

「なんとでも」

虚勢を張る桔梗が妙に痛々しかった。なぜここまで苦しんでいる彼女に、気付いて、いや、気付こうとしてあげられなかったのか。

私にとって酒匂桔梗は、いつの間にか遠い存在になっていた。再び近くなったはずのこの数ヶ月間も、決してその距離は縮まらなかった。


居ても立っても居られなくて、いつの間にかあの頃のように私は彼女を抱き締めていた。


彼女も抵抗しなかった。私の背に腕を回し、お互い抱きしめ合った。

私も桔梗もかつてより身長が伸びていた。あの頃とは同じようで違う感覚が、妙にくすぐったかった。

「ねえ、楓。私はあなたとの仲が途切れていたことを、きっとあなたとはその程度だった、って思うことにしてたの」

「うん」

「でも、違ったのね。一緒にいるだけが繋がってるってことじゃないのね。私は勘違いしていたわ。だって楓は気が付いてくれたものね」

「……いや、それだって遅かったんだ」

もし私が部屋を離れてからも積極的に彼女と接していたら、彼女は魔女にならなくて済んだのではないかと、その想いがずっと心を支配していた。苦しかった。

でも、桔梗のその言葉に、逆に私が救われたのかもしれない。一緒にいるだけが、繋がってるということではない。

今こうやって桔梗を感じられることだけでも、私が存在する意味はあったのだ。

「もう避けたりしないわ。逃げない、あなたから。ちゃんと向き合うわ」

「私も、向き合う。ちゃんと」

いつの間にか涙が滲んでいた桔梗の目を拭ってやると、恥ずかしそうに目を細めた。

「ありがとう、楓。まさかあなたに許してもらえるなんて思っていなかったから」

「まだ許してない。少なくとも、紅葉を襲ったことに関しては」

「え、あー……それは本当にごめんなさい」

「今ちょっと忘れてただろ」

彼女の涙を拭った指で、彼女の額を軽く小突いた。桔梗は申し訳なさそうに笑った。




文化祭が無事に終了すると、私たち六年生は表舞台から段々とフェードアウトし始めた。

毎週行っていた水曜日の会議も二週間に一度となり、全員が一同に会すことはほとんどなくなっていた。

内部進学が決まっていた桜と蘭は相変わらずよく特会室に顔を出しているようだったが、受験が控えている私、桔梗、藤の三人はそれどころではなかった。

「そういえば桐、推薦通ったらしいわよ」

静かな特会室、黙々と過去問を解いていたら桔梗が思い出したようにそうつぶやいた。

「へえ、それはよかった。今度会ったらおめでとう、って言っておこう」

先に進路が決まっていた二人に次いで、私たちより一足先に桐も進学先を決めた。

「少し、焦るわよね」

「まあな」

今日は定例会議のある二週間に一度の水曜日ではない。学期末のテストが終わり、年末に向かう校内の雰囲気に飲まれないように、私と桔梗は誰もいない特会室で受験勉強に励んでいた。

あれ以来、私たちは今までより一緒にいる時間が多くなった。お互い目指すところは違えども、同じセンター試験に向けての勉強を一緒にしていた。ここに藤が加わることもあるが、今日はいない。

「私、今回は年始に帰らなければいけないの」

「なんでまた」

「色んな書類とか手続きとか。郵送してくれ、って頼んだのだけど。帰って来いって、うるさくて」

桔梗は煩わしそうにそう言った。

彼女にとって実家は居心地の悪い場所以外の何物でもない。六年間一度も帰省しなかった彼女は、一体どんな気持ちで自分の家の門をくぐるのだろうか。

「……私が帰省しなかった理由、本当は居場所がないからってだけじゃないの」

「え?」

しばらく間を置いてから、桔梗がぼそりとつぶやいた。

「うちは毎年、正月に結構豪華な新年会をやるんだけど。数年前からそこに私の許婚が呼ばれているらしくて」

その続きは、言わなくても予想がついた。

「ずっと逃げてきたけど、どうやらそれもここまでみたいね」

家のことを話す桔梗は、いつだって尖っていた。しかし、今回はいつもよりずっと落ち着いていて、その表情も穏やかだった。

「着物とか、着るの?」

「ええ、よくわかったわね」

「うちも桔梗のとこほど立派な家柄じゃないけど、一応本家だしそういうことしてるから。そんな気がした」

「あら、それは初耳よ?ちゃんと写真撮って私にちょうだいね」

いじらしく笑う桔梗に、私はとんでもなく弱いのだな、と再確認した。



年度が変わるまでまだだいぶあるというのに、文化祭が終わってからの学内の話題は次の通常生徒会と特別生徒会の役員の話題で持ちきりだった。

「来年の生徒会の会長はすずな、副会長は百合で内定してるから、特会は残り四枠かー。熾烈な争いになりそう」

久々の会議終わりの特会室で紅茶を飲みながら、蘭が話し出す。

通常生徒会の卯月緋那がいなくなった穴は、五年生の大槌百合が埋めることになり、そのまま来年は副会長を務めることも決まっていた。

六年生の通常生徒会役員は自動的に特別生徒会役員に選出されるため、来年度会長を務める神宮すずなと、副会長を務める大槌百合は既に確定していた。

「まあ、うちのひまわりもほぼ確定だろうし、実質あと三枠ね」

そう言いながら、蘭が紅葉の方を一瞥した。それに気がついた紅葉が、一瞬ビクッと体を震わせたのがわかった。

「頼むよ、特別生徒会役員補佐さん?」

蘭に同調した藤も、意地悪く紅葉にそう言葉をかけた。

「あはは……」

紅葉は困ったように笑っていた。

特別生徒会役員補佐を務めていた者が、その次の年の特別生徒会役員に選出されるのは大体お決まりであり、むしろそれが義務のように扱われる。

補佐は他の候補者と比較して何よりのアドバンテージであるし、選挙権を持つ者は先輩と後輩で違えども、補佐だって人気投票で選出されているのだから、特別生徒会役員選挙でも当選するのは定石だ。

しかし、姉の私からしても今年の紅葉はかなりイレギュラーな存在だった。

元より目立つ方ではなかった彼女がこうやって補佐をやっていること自体、一年前は想像できなかった。一説によると、今回はかなり票が割れたという話であるが、真実は選挙管理委員しかわからない。

そんな紅葉が来年必ずしも特会役員に選出されるなんて、断言できるほどの材料はなかった。

「あまり、妹をいじめないでくれ」

姉としての最低限のフォローを入れつつ、私はコーヒー片手に今日も過去問を解いていた。

飾り気のない大学ノートに特有の音をたてながらシャーペンを走らせていると、ガシャン、と何か物音がした。

私はワンテンポ遅れて音のした方に目をやった。


「……紅葉!」


そこには床に倒れた妹がいた。私がそれを認識するのと同じくらいに蘭が紅葉の名前を叫んでいた。

私は頭の中が真っ白になって、動くことができなかった。



寮の車に乗って街の病院に連れて行かれた紅葉に出された診断は、インフルエンザであった。

39度の熱を出しており、むしろあの時まで普通に立っていたのが信じられないくらいであった。

インフルエンザということで、紅葉は寮でも一人部屋に隔離されて、数日間面会もできなくなった。同室で実の姉である私も、彼女の着替えや必要な物を持ち込む時以外の入室は禁止された。

一人になった寮の部屋で、勉強も手につかず、ただ呆然と椅子に座るだけの時間が、一体どれほど経過したのであろうか。

妹のことはもちろん心配であったが、それ以上に39度の熱を出していた妹に気がつけなかった自分が、情けなくて仕方なかった。

朝からずっと一緒にいたのだ。それなのに、彼女の異変に気づくことができなかったのだ。

自分の不甲斐なさに打ちひしがれていると、ノックの音が聞こえた。

「楓、いる?」

鍵をかけるのをすっかり忘れていた。客人は控えめにドアを開けて、こちらを覗いた。

「桔梗……」

寝巻き姿のかつてのルームメイトがそこにいた。

「あまり、私に近づかない方がいい。ずっと紅葉と一緒にいたから、もしかしたらうつるかもしれない」

「その時はその時よ。一応私もあなたも今年はワクチンを打っているし……それより今はあなたの方が心配」

そう言いながら、桔梗は椅子に座っていた私の首に腕を回した。

「インフルエンザは感染症よ。別にかかったのはあなたのせいじゃないわ。学校でも、少し流行りだしていたし」

桔梗の優しい声が、耳元で響いた。

「……でも、倒れる前に気づくことくらいはできた。勉強のことばかりで、紅葉のこと、全然見てあげられなかった」

「そんな、昼間は別の授業を受けてるのだから仕方ないわ。朝はまだ発熱していなかったのかもしれないし」

「それにしたって、会議の時にあんな高熱を出しながらお茶汲みしてたなんて、明らかに気づけなかった私の不注意だ」

桔梗にどれだけ慰められても、自分の中の罪悪感は消えなかった。

「落ち着いて、楓。あなたが焦ったところで紅葉の熱が下がるわけじゃない。こんな風に取り乱しても、紅葉は喜ばないわ」

桔梗の先ほどまでの柔らかい声が、少しだけ鋭くなった。ああ、怒られてしまった、と僅かに自嘲の笑みをこぼす。

「ねえ楓、お茶でも飲みましょう?」



帰ってきてから一ページも進んでいない問題集を机の端によけてスペースを作り、普段紅葉が使っている机の椅子を隣に置き、多少窮屈ながらも二人で机に向かう。

そこには桔梗が入れた紅茶と、彼女が持ってきたクッキーが用意されていて、簡易的だがお茶会の準備が整っていた。

「懐かしいわね。昔もこうやって二人でお茶会したわよね。あなたはコーヒー党だったけれども、私が淹れたお茶をいつも美味しいって飲んでくれた」

桔梗がティーカップに紅茶を注ぎながら、昔を懐かしむように目を細める。

「桔梗の淹れた紅茶は、お世辞抜きで美味しかったから。あの時は本当に、なんでもできるんだな、って思った」

「もう、やめてちょうだい」

砂糖を入れながら、照れ臭そうにはにかむ姿もまた、絵になる。美しい横顔だ。

「なんでもはできないわ。だって片付けは大嫌いだもの」

「そうだった。服もゴミも散らかし放題で、いつも私が片付けていた。今もそうなのか?」

「簡単には変えられないわ。仕方ないでしょう?」

開き直る彼女のそのいじらしい表情は、きっと私以外には見せていないはずだ。そう考えると、なんだか少し優越感が生まれる。

「桔梗に、ずっと聞きたかったことがある」

「なぁに?楓になら経験人数以外は何でも教えてあげないこともないわよ」

謎の上から目線も、今は心地いい。

「なんで、私以外にこういう姿を見せないんだ?」

ずっと不思議だった。生徒や教師からの桔梗のイメージといえば、凛としていて年齢以上に落ち着いている、といったところであろう。

しかし、本当の桔梗はどちらかと言うと蘭に似た、明るくて気さくな性格をしている。少なくとも、私にはそう接してくれている。

だからこそ、私は自分と周りの酒匂桔梗の印象の違いに戸惑ったし、特会で避けられてると気付くまでは、彼女は変わってしまったのだと勘違いもした。

「だって、その方が気楽だもの。人にちやほやされるのとか苦手だし、ただでさえ見た目のせいで周りはうるさいし。でも本当の私は飽き性だから、多分すぐにそういう上辺だけの人付き合いも面倒になる。でも、楓は違うでしょう?」

「私だって桔梗のことを美人だって思ってるけど」

「あら、ありがとう。でもそういうことが言いたいんじゃないの。やっぱり論点が少しずれていてよ?」

私の的外れな反応に、堪えきれずに桔梗が笑う。なんだか知らないが、馬鹿にされているようで気分はよくない。きっと今の私は苦虫を噛み潰ししたような顔をしていることであろう。

「初めてだったのよ、楓みたいな子は。見た目や家柄で私を判断しなかった。私から行かないと、まるで構ってくれない。でもそんなところに惹かれたのよ」

「いや、それは単に人見知りをこじらせてただけで……」

「そうかしら?今も私に対しての態度はあの頃と変わっていなくてよ。あの日の夜、私のことを好きだって言っておきながら……やっぱりあなたは自分からは来てくれない」

そう言いながら、桔梗は私の腕に自分の腕を絡めた。

「私がこんなことを自分からするのは、あなただけよ、楓」

耳元で囁く声が、くすぐったい。

「でも、私じゃなくて蘭が好きなんだろ」

私はそんな桔梗の甘え方には慣れているから、流されたりはしない。

私のその言葉を聞いて、先ほどまではにこにこしていた桔梗が、唇を尖らせた。

「まあ、そうですけど。でも蘭と私の恋愛観はまるで違うのよ。蘭の桜に対する愛は重すぎるわ。あんなのはごめんよ」

「違いない」

蘭のことを思い出して、思わず笑みがこぼれる。彼女の嫉妬深さや独占欲の強さは半端ではない。桔梗のそれとは全く異なるものである。

「じゃあ、何で惚れたりしたの?」

「さあ、なんでかしら?多分、憧れだったのよ。あの子は私と同じような性格をしているのに、変に取り繕わなくても人望があって。気づいたらあの子を目で追っていたわ」

「そういうものなのか」

「そういうものよ」

好きな人の前でも、桔梗は素直にはなれなかった。他の生徒の前で見せる酒匂桔梗と同じ。いや、好きな人の前だからこそ、なのか。

「ねぇ、楓?一緒に寝てもいい?」

気付いたら23時はとうに過ぎていた。甘えた声を出す桔梗が、腕を絡めながらこちらを見てくる。

ルームメイトが心配するのでは、などと考えもしたが、そもそも魔女として深夜に活動していた彼女にそんなことを聞くのは無粋である。

彼女のルームメイトは実家から送り込まれた彼女の監視役で、仲が良いなんて話はまるで聞かなかった。

「好きにすれば」

その日、私は約五年ぶりに彼女と一緒に同じベッドで眠ったのだった。



紅葉が部屋に戻ってきたのは、それから四日後のことであった。

熱は二日で平熱まで下がっていたが、安静のためにもう二日間は一人部屋で生活をしていた。着替えを持って会いに行くと、つまらなさそうに眉根を寄せながら私に愚痴をこぼしていた。

「お姉さんが持ってきてくれた本も、すぐ読み終わっちゃった。たくさん図書室から借りてきてくれてありがとう。私、こんなにたくさん本読んだの初めて。それくらい暇だったの」

戻ってきた紅葉は、いつもの屈託のない笑顔で私にそう語りかける。

「気づいてあげられなくて、ごめん」

「え?なんのこと?」

「熱出してたの、一番近くにいたのに」

俯きながら、私はそう彼女に告げる。

「そんな、お姉さんが気に病むことじゃ全然ないよ!私だって気づかなかったんだもん……熱なんて出したの、小学校ぶりだったし、病気もほとんどしないからね。倒れるまでわかんなかったの」

本当に私って鈍感だよね、と笑う紅葉は、いつもの素直で明るい紅葉だった。




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