弟子入り
連合王国首都ミレニアムを出港しミスリルバーグを目指す途中、補給を兼ねてローザラインに寄港していた。各自与えられた時間を使って、ネイリーは一人でアイゼンマウアー老の元へと訪れていた。そして一通りの話を聞いたアイゼンマウアーは呆れて天を仰いだ。
「やはりそう思われますか。僕も後で気付いたのですが、勝負の際にアンティが必要になる。それも同等の価値がある物でないとならないとか・・・。」
「そうじゃ。もしそうでなく一方的に奪うだけなら、戦力に大きな差をつけて勝負をしなくてはならん。じゃがあやつがその条件を飲むとは思えん・・・・お主、勝算があるのか?」
「ありません。それどころかつい一週間前までこのゲーム自体をやったことすらありません。そこでアレックスとガイラ大王共通の師でもあるアイゼンマウアー殿に、教えを請おうとここに来たわけです。」
名案と言わんばかりに語ったネイリーにアイゼンマウアーはもう一度天を仰いだ。
「そう簡単な話でもなかろう。仮にわしが教えたとて一朝一夕に腕が上がるものでもない。だいたい初心者相手に何かを教える気もない。まずはルールを覚え、手頃な者を相手に経験を積むことだ。わしが教えるならその後じゃな。」
「その手頃な相手とはアレックスのことですよね?」
「そうじゃ、せめてあれに勝てるぐらいにならねば話にならん。」
その言葉を聞いてネイリーが鼻で笑った。
「それなら問題ありません。もうアレックスでは相手になりませんから。」
「なんと、それは誠か?確かにあれはヘボじゃが初心者相手に遅れを取る程弱くはないはず・・・。」
「ええ、そうですね。でもアレックスは猪突猛進で駒得を選ぶ傾向が強い。だからそれを利用すれば簡単な話で、罠に気づかず囮の駒を喜んで取りに来る、最強の機動騎士王(キングの駒)とやらでね。」
嬉々として語るネイリーにアイゼンマウアーは何度も静かに頷いていた。
「罠を張る・・・か。なるほど、ただの初心者ではなかったか。」
「そのとおり、ノイエブルクチェスの定石が通用するなら、初心者と侮るアレックスに負ける道理はないのです。」
「結構、ならばわしがお相手しなくてはなりますまい。時間はお有りですね?」
「勿論です。出港は明日の予定ですから時間はたっぷりあります。」
アイゼンマウアーはネイリーの返事に嬉しそうな笑みを浮かべた。
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翌朝、出港の時間が迫った船ではネイリーの戻りを今か今かと待っていた。時間ぎりぎりに戻ってきたネイリーにアレックスが
「遅えよ。どこ行ってたんだ?」
「どこって、昨日言った通りアイゼンマウアー老師の屋敷だよ。イレブンローズの弟子にしてもらう為に行ってきた。」
「ふ~ん、弟子入りねえ・・・爺といいお前といい、なんでそこまで入れ込むのかなあ。たかがゲームじゃねえか。」
「たかがゲーム、されどゲーム、勝負するなら勝ちたいと思うのは当たり前、そうじゃないかな?」
大地の宝玉を賭けて後に勝負することはまだ誰にも言っていない。その賭けのアンティとして風の宝玉を取りに行くこともだ。だからネイリーは適当に言葉を濁した、
「まっ、そうだな。それで、どうなった?」
「何度か手合わせした結果弟子入りを認めてもらったよ。昨日の昼から8連敗、でも“筋は悪くない、これからも精進しなさい”とお褒めの言葉と一緒にこれを貰ってきた。お手製の教本、君も見るかい?」
ネイリーは大事そうに持っていた分厚い本をアレックスに差し出した。
「ああ、俺はいい。それより爺はどうだった?今何してる?」
「元気だったよ。一般兵士第2統括室室長、新兵の訓練とその中か有望な人を騎士に選出する仕事だって、ちなみにジークフリードさんが副室長で、実質の実務を担当している。」
「何だそれ?近衛や騎士の統括じゃないのか?近衛騎士隊長代理とか臨時近衛騎士隊長とかになって近衛の再編でもしていると思っていたんだがな。」
「“それだけは絶対に譲らない。”と、現近衛騎士隊長が病床で仕事をしているらしい。」
「ちっ、ヴァイスミュラーの野郎め、大人しくベッドで寝てろよ。」
アレックスは忌々しげにそう言うと海に向かって唾を吐いた。
「僕もそう思う。」
「おっ、お前も言うねえ。」
「違うよ。治癒の魔法である程度火傷は治したけど、身体の中まで完治したわけじゃない。だから今は無理をしない方がいい。」
「お前等の使う大魔法とやらでもか?奴の治療はお前等がやったんだろう?」
全身大火傷を負っていたヴァイスミュラーを治したのはネイリーだった。その際にしばらくは安静にするよう伝えてはいたが、前近衛騎士隊長への対抗心がそれを許さなかったらしい。
「魔法の大小は関係ないよ。“治癒の魔法は回復力の前借りにすぎない。だからあまりに大きな怪我や負傷を急速に治すと身体の何処かに不具合が生じる。”と、賢者の書に記してあった。」
「不都合って何だ?」
「続きがある。“ものすごくお腹が減る、思考が不明瞭になる、全身を襲う倦怠感、他にもあるかもしれないがこれ以上試す気にはなれない。”だって。」
「なるほど、ならヴァイスミュラーの所にでも聞きに行くか?詳しいことが分かるかもしれないぞ。」
「悪趣味過ぎて気が進まないね。それにもうすぐ出港だ、そんなことをしている暇はないよ。」
「ゲームの為に一日を費やした奴に言われたくない。まあいい、午前中の見張り台にはお前が登れ。そいつを持っていくのは無しな。」
「了解。じゃあ部屋に置いてくる。」
タラップが外され船が動き出した。この先グランローズを経由してミスリルバーグへと向かう。およそ10日の予定、その間にいくらでも読む時間はある。ネイリーはそれが分かっていたので素直にアレックスの提案を飲んだ。




