国と民と
船は港を離れ、遠くにローゼンシュタインの城が微かに見える海を航行している。ネイリーは一人船尾で薄れゆくそれを見ていた。
「なあ、やっぱり城の再建を優先しておけばよかったんじゃないか?」
「必要ない。」
ぼうっと見ているネイリーを気遣ったのか、アレックスが背後から声をかけた。しかしネイリーの答えは素っ気ない。
「お前はそう言うがな、やっぱり国の象徴ってのは必要だぞ。そこに王なり国なりがあるから、人は集まってくるんだ。君なくして民なしとも言うじゃないか。」
「民なくして国なしとも言う。まず民の暮らしがあってこその国、僕はそう思っている。」
「い~や違う。王と言う一柱があるからこそ安心して生きていけるんだ。今みたいな時代だからこそなっ!」
「僕はそうは思わない。集まった人達に団結する心があればそれで国は成り立つ。無理に君主が立つ必要はない。」
二人の議論する声が大きくなってきた。騒ぎを聞きつけた船員達が集まる。怒号に近い声に誰も近づく者はいなかった。
「放っておきなさい。」
「「えっ!?」」
「放っておけばいいのよ。そのうち疲れて終わるわ。」
マリアは一人冷静に言い放つ。隣に来ていたジギーが不思議そうな顔をした。
「なんでそう思うの?」
「あの議論が決着が着いたことはないのよ。連合王国とエグザイル、ノイエブルクとローゼンシュタイン、互いに相反する国の者同士で言い争い続けていると聞いているわ。」
「意味が分からないけど・・・。」
「これは歴史の話になるけど、ローゼンシュタインはノイエブルクの飛び地として開拓されることになった。だけど遠く離れた開拓村は一部の王族の圧政によって苦しんだ挙句、最終的に権利を求めて独立する国となった。およそ200年前の話ね。それが民なくして国なしと言うネイリーの主張の論拠となっているのよ。」
「ふ~ん、じゃあアレックスの主張の根拠は?」
「それはね、ローザラインの国の成り立ちが違うからなの。ローザラインはノイエブルクを魔王から開放した勇者アレフ一世を象徴として建国された国、だから君なくして民なしと言う主張がされるのは無理もないことだわね。」
「なんか難しいね。じゃあマリアはどちらが正しいと思うのかな?」
「・・・それも難しいわね。私の国メタルマはその両方の性質を備えているの。ローザラインの鉱山資源基地として作られたメタルマ、後にアレフ一世の娘ロスヴィータ一世がその地を統治することになった。民が先か、君が先か、どっちとも取ることができるわね。だからどっちが正しいなんて私の口からは言えないわ。」
「難しすぎて頭が痛くなるよ。とりあえず目の前の口論だけでもなんとかならないかな?」
まだアレックスとネイリーの口論は続いている。相手の主張を受け入れるわけにはいかない。その思いが未だ口論を続けさせていた。
「さっきも言ったように放っておきなさい。」
「本当にそれでいいの?」
「ええ、どちらにしろそこに住む者にしか分からないこともある。だからどちらも引かないし、決着がつくこともない。そのうち疲れて終わるでしょう。さあ皆さん、自分の持ち場に戻りなさい。船長が怖い顔でこっちを見てるわよ。」
マリアが操舵室の方を指差す。こちらを睨んでいる船長と目があった船員達は、飛ぶように自らの持ち場へと急いだ。マリアとジギーはしばらく二人の口論を見ていたが、行き合いきれないと判断して船室へと姿を消した。
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ローゼンシュタインの港を出てから三日、船はノイエラントの南端に達していた。
「あれがノイエラント、ここからは海岸の東側に沿って進みます。陸からの魔物に備えて下さい。」
「分かった。俺が見張り台に立とう。」
船長の警告を聞いたアレックスがメインマストの上の見張り台に登る。双眼鏡で陸地の方を警戒し始めた。ネイリー、マリア、ジギーも敵が何処から来てもよい様に備えている。
「ゲンガー、どんな魔物がいるか知ってる?」
「今はどうか知りませんが、ごく稀に飛竜を見たことがあります。」
「それはドラゴンとは違う種ですか?」
ジギーと船長の会話を聞いていたネイリーが口を挟んだ。
「ええ、違いますよ、コルネリアス王子。話に聞くドラゴンみたいに大きくありませんが、蝙蝠みたいな翼で飛ぶことができます。口から炎を吐いてくるらしいです。伝聞ばかりで済みませんが、役に立つでしょうか?」
「ありがとう、それだけ分かるだけでも助かります。他にはありませんか?」
「そうですね~・・・海を越えてくることのできる魔物は他に心当たりがありません。飛竜の中に魔法が使えるものもいると聞いたこともありますが、見たことはありません。」
「分かりました、気をつけるとしましょう。他に注意することはありますか?」
ネイリーの質問に対し、船長はジギーの方をちらっと見てから口を開いた。
「魔法のことですが敵の使う魔法よりこちらの魔法に気をつけて下さい。言いづらいのですがお嬢の使う魔法は威力があり過ぎて、船に被害が出る恐れがあります。」
「ちょっとそれは酷くない?まるで僕が足手纏いみたいじゃない。」
「済みません、お嬢。爆発の魔法とか業火の魔法とか船の上で使われては困るので・・・すいません。」
「ご心配なく、ジギーの使う魔法は僕かマリアが指定します。」
「むう・・・・。」
思わぬ身内からの非難の声に膨れるジギー、ネイリーは自分の言葉が止めを差してしまったことには気付いていない。
「左前方に敵影有り。数10、多分飛竜って奴だ。」
「何っ!?」
見張り台の上から緊迫したアレックスの声が響いた。操舵室からネイリー達が飛び出して言われた方向を見る。肉眼では無数の点にしか見えないが何かがこちらに向かって来るのが見えた。
「アレックス、君は飛び道具を持って降りてきてくれ。マリアは操舵室に入って自走モードの準備、ジギーは僕と一緒に迎撃だ。船長、すぐに帆を畳ませて下さい。」
これから来るであろう戦闘に備え、ネイリーの指示に船の上が慌ただしく動き始めた。




