危険な海
グランローズの港を出た船は陸沿いに南東へと向かって航行をしている。船体のやや後方にある操舵室には船長であるドラーフゲンガーとジギーが、その後ろに立つマストの上にある見張り台にはアレックスがいる。他の船員は吹く風を見ながら忙しく帆の調整をしていた。
「お嬢、下に行ってて下さい。思ったより厄介です。」
「厄介?どういうこと?」
「風や海流がおかしい。何が原因だか分からんが俺の知っている海じゃない。」
舵を取りながらドラーフゲンガーが説明した。かなり緊張した面持ちで額には汗が滲んでいることにジギーは気付いた。
「じゃあ、自走モードにする?あれなら風や海流の影響を受けにくいはずだよ。」
「お嬢、それはいい案ですけど誰が魔法を使うんですかい?まさかお嬢が使うって言うんじゃないでしょうね。」
「そうだけど、駄目かな?」
上目遣いで期待に満ちた目がドラーフゲンガーに向けられる。思わずはいと言いかけたが、ジギーのしていた魔法の練習風景を思い出して言い留まった。
「え~と、確認しますけど本当に使えるんですか?」
「うん、旋風の魔法なら使えるよ、多分。」
「・・・お嬢、多分はよしましょうや。」
「えーーーっ!」
呆れ顔のドラーフゲンガーにジギーがふくれっ面で抗議した。この顔で何かを言えば大抵のことは聞いてもらえる。
「そんな顔をしても駄目です。実際に使うのは魔法の先生の許可を貰ってからにしましょうや。」
「は~い・・・。」
どうやらいつもの手は通用しなかったようである。ジギーは生返事をすることでこの話題を終わらせた。
ガクンッ!突然船が大きく揺れた。
「何だっ!」
ドラーフゲンガーはガラス張りの操舵室から外を見る。見える範囲に異常はない。この辺りの地形は熟知しているが、ぶつかるような物はないはずだった。
「ちっ、魚にでも当たったか?それにしても誰も報告に来ないとはどうしたことだ。おいっ!なにがあっ・・・た・・・・。」
操舵室の扉を開けて飛び出そうとしたドラーフゲンガーはそこで気を失った。ジギーはそれに気付いて近寄ろうとしたが同じく気を失うことになった。
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ネイリーとマリアは書斎で魔法の書と向かい合っていた。使える魔法を増やす為、その魔法を如何に使うか、学ぶことはいくらでもある。そうしていると嫌なことは全て忘れることができた。
「全ての系統の全ての魔法、もしこの書を売ったらいくらになるかしら?」
「どうだろう・・・これだけあるといくらになるか想像できないな。どっちにしてもまだ上級魔法には相場は決まっていない。」
一般的に魔法を会得するには1万ゴールドかかる。魔法の師匠になる者に謝礼金として渡すのだが、例え魔法の素質がなくても謝礼金が返却されることはない。それで使えるようになる魔法は小火球か小治癒の魔法、どちらかが一つである。更に他の魔法を会得するには金が必要となる。下級魔法なら5千ゴールド、中級魔法なら1万ゴールドは必要となる。それらの全てが記されたこの書は天文学的な値段になることは想像できた。
「まあ、誰にも見せるつもりはない。世界を統べる力はその為には使わない、それがこの書の著者との約束。その約束を守らない場合は互いに阻止する。そうでない場合は・・・。」
「そうでない場合は?」
「世界と共に破滅する。使用されたマナは瘴気となって世界を漂う。世界を征服するほどのマナはきっと神の威光でも浄化できない。それさえ分かっていればいいさ。」
「そうね、ではその前にまず平和を。世界を瘴気で満たし、ローゼンシュタインに攻め込んだ者を突き止めましょう。」
ネイリーはマリアの言葉に頷くと再び魔法の書に目を向けた。しばらく無言で書を捲る音だけが書斎に響く。突然船が大きく揺れた。
「何かしら?」
「何かにぶつかったのかな?それほど強い衝撃じゃないから大丈夫だと思うけど、念の為に上に行ってみよう。」
「ええ、そうしましょう。」
二人は魔法の書を片付けると甲板へと急いた。ネイリーは階段を上がって扉替わりの蓋を開ける。外の空気を吸った瞬間、激しい怒りがこみ上げてきた。
「うおおおおっ!」
抑えきれない感情が腰の剣に手を伸ばさせた。手が離れたことで扉は閉まる。大きな物音で我に変った。
「何だ、今のは?僕は今何をしようとした?」
「突然、激情に駆られて剣を抜こうとしたように見えたわ。敵でも見えたの?」
「いや、何も見てない。外の空気を吸った瞬間、感情が抑えられなくなったみたいだ・・・分かった、濃い瘴気を吸うと感情が増幅されることがあると何処かで読んだ。」
「じゃあ上にいる人達はどうなったの?」
「分からない。だけど物音がしないから気を失っているだけかもしれない。まだ間に合う、すぐに瘴気を払おう。」
「瘴気除去の魔法ね。じゃあ・・・。」
二人は瘴気を払うべく魔法の詠唱を始めた。




