出港
魔導船に船員6名が乗り込もうとしている。先頭の男は30半ば、顎を覆う髭が如何にも強面に見せていたが人懐っこい目がそれを和らげていた。後ろに続く5人はまだ若い。
「これはドラーフゲンガー、当商会で最も力量の高い者で船長として使うといいでしょう。他の5人もそれなりの経験があるですので、必ずお役に立てると思います。」
グランローズ商会の先の当主であるユリウス=グランローズはそう紹介した。紹介された本人も得意げな顔をしていた。
「俺はアレックスだ、船を操ることはできないから船長は任せる。」
アレックスはそう言うと右手を差し出す。船長に任命されたドラーフゲンガーがその手を強く握った。
「任せておけ。小さな船だが大船に乗ったつもりでいてくれていいぞ。」
「ふっ、面白いな。じゃあ出港の準備をしてくれ。」
「了解だ。おう、皆乗り込め。」
船長の言葉で全ての船員がタラップを渡った。まだアレックス、ネイリー、マリア、そしてジギーは船に乗っていない。
「お爺様、行ってきます。必ず父様と母様を連れて帰るから。」
「おお、じゃが無理はせぬように、王子様方の言うことをちゃんと聞くようにな。」
「分かってるよ。じゃあ行くね。」
それだけ言うとジギーは笑顔を浮かべたままタラップを渡った。目が潤んで見えたのは気のせいではない。
「孫を、ジギーをよろしくお願いします。あの娘までいなくなっては死んだ息子夫婦に会わす顔が無くなります。」
「あ~、まだ決め付けるには早いだろう。ジギーの言い草ではないがな。」
「いえ、わしにはもう分かっております。これは黙っていたことですが、あの時に乗っていた船客が魔法の羽根で帰ってきました。いざという時の為に持たせておいた物です。戻ってきた者達によるとメタルマとノイエブルクの間の何処かで座礁したとの事、あれからすでに半年が経とうとしています。まず生きているとは考えられません。」
老人はそう語った。アレックスには返す言葉がない。
「行こう、アレックス。では船と船員の方をお借りします。戻る時には朗報を知らせることができればと思います。」
ネイリーはタラップを渡りながらそう言った。それに続いてマリア、アレックスと船に渡った。タラップ替わりの板が船へと引き込まれる。しばらくして船が港を離れた。
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「さて無事に港を離れることができた。この魔導エンジンとやらの性能は分かったが、常時これではいくら魔力があっても足りない。しばらくは帆を張って進むぞ。で、何処に行くつもりだ?」
ドラーフゲンガーは操舵輪を握ったままそう聞く。踏んでいた足元のペダルから足を離した。
「とりあえずローゼンシュタインへ、その後はまた考える。」
「アレックス、僕のことはいい。まずジギーの両親を探すべきだろう。」
勝手に目的地を決めつけたアレックスにネイリーが反対した。
「探すにも何処に行けばいいか分からん。メタルマからノイエブルクまでの海域の何処か、船長、心当たりはあるか?」
「残念ながら分からん。普通はできるだけ陸地が見えるように進む。目印もなく航行する船乗りはいないからな。おそらくその航路から外れた場所に座礁したと考えていい。」
「でもまずは約束を果たすべきだ。通常航路から少しずつ調べる。この船ならできるはずだ。」
「ダメだな。船のことは俺に任されたはずだ。現時点ではそれはできないと判断した。」
ドラーフゲンガーは船長としてきっぱりそう言った。
「そう判断した理由は?」
「魔力の供給源が足りない。少なくとも12時間連続で航行できるぐらいになってからにしてくれ。」
魔導エンジンによる12時間の航行、小旋風なら消費魔力4の144倍、旋風なら消費魔力8の36倍、竜巻なら消費魔力16の12倍の魔力が必要となる。現時点で旋風の魔法が使える者はいない。
「でも約束は守らないと・・・。」
「ぼくのことはいいよ。この船に乗る10人の命を預かるゲンガーの判断を尊重する。」
まだ抗弁するネイリーにジギーが口を挟んだ。
「ジギー、本当にそれでいいのか?」
「いい。多分父様も同じ意見だと思うから。」
「決まりだな。この船の船主はお嬢、船主と船長の意見が一致した以上異論は認めない。野郎ども、目的地はローゼンシュタインだ。わかったなっ!」
船長の声が甲板に響き渡った。その命令に従って船員が動き出す。しばらくして船は南西へと進路を変えた。