進む道
「なんだお前、ずぶ濡れじゃないか?何があった?」
港で起きた大きな爆発音にアレックスが飛んできた。
「何でもない。」
「何でもないわけないだろう。お前、ずぶ濡れどころか怪我してるぞ。」
思わぬことに未だ惚けていがネイリーだったがそう言われて自分の体を改めて見た。肌がむき出しになっている所は裂傷で血が流れているし、布のある所は破れてボロボロである。頭も怪我をしているようで顔まで血が垂れていることに気付いた。今更だが左腕に強い痛みを感じた。どうやら上腕が折れているみたいだ。
《僕は魔力を12消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ
おお、万能たる力よ、血、肉、骨となりて身体を癒せ!Magna Sanitatem(大治癒)!》
昨日覚えたばかりの大治癒の魔法を使ってみる。魔法の効果で身体が薄く光り輝く、その光が薄れると腕の痛みもあちこちの裂傷も消えていた。
「どうやら使えたようだ。」
「ネイリー?今の大治癒の魔法?」
「ああ、そうだよ。聖堂騎士としてよく治癒の魔法を使っていたし、これなら使えると思っていたんだ。でもよかった、これだけは誰にも負けていない。」
「は?お前はまたよく分からんことを言う。まあいいや、それより何があったんだ?」
ネイリーの言葉は途中から呟きになって他の誰の耳にも届かなかった。ただ雰囲気を読んだのかアレックスは最初の話題に戻した。
「ジギーが魔法に失敗したのよ。危ない所をネイリーが助けたの。」
「ふ~ん、まあ失敗はいいけど何でその本人がいない。」
「それがね、海に落ちたジギ-に人工呼吸していたところでちょうど目を覚まして、驚いたジギ-がビンタをして逃げ出しちゃったのよ。」
「ぎゃっはっはははははは、そりゃあ気の毒に。せっかく助けてやったのに殴られるとは・・ぷぷぷっ!」
マリアがネイリ-に気兼ねして聞こえないようにアレックスに伝えたのは無駄になった。大爆笑しているアレックスに気を悪くしたのかネイリ-は黙って立ち去ってしまった。
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「アレックスの奴、好き放題言いやがって・・・。」
あまりにもショックなことが重なったネイリ-は、ここにいないアレックスに悪態をつくことでなんとか精神を保っていた。今は船の書斎にいる。上から船を改良する工事の音が聞こえているが気にはなならなかった。
(でもあの子の唇・・・柔らかかったな・・・いやいやいや、そんなことを考えている場合じゃない。)
聖堂騎士たる者禁欲であれ。今までそう教えられてきたネイリ-は浮かび上がってきた記憶を頭を振って消そうとする。それで消える記憶ではなかった。
「他のことを考えよう。どうやらジギ-は高度な魔法は使えるようだ。おそらくマリアも鍛錬次第で使えるようになるはず、だったら僕は僕のできることをしなくてはいけない。でも僕には何ができるだろう・・・。」
ネイリ-はそれを確かめるためまた魔法の書を手に取った。書を開いて中を見る、めくっていく内に興味深い記述を見つけた。妨害と強化の魔法、それもネイリーの知らない魔法があった。
[妨害の魔法をとは相手の行動を制限する魔法である。一般的には眠りの魔法や魔力封印の魔法のことを指すのだが実はそれだけではない。またそれとは逆に強化の魔法がある。私が公開したのは魔法の盾、ある程度の物理攻撃を防ぐこの魔法を悪用する者は少ないと判断した。ここに封印した妨害と強化の魔法を記す。力の足りない者には力を、敏捷性の足りない者には敏捷性を、防御の足りない者には防御を、当人に足りないものを補う。これらの魔法はその効果は相手に知られにくい。故に私はこれらの魔法を得意とした・・・・・。]
いつの間にか余計な思考は消え、その内容に夢中になっていた。足りない力を補う、まさにそれはネイリーが求めていたもの、そのものであった。さらに読み続ける。その先にもっと驚くことが記されていた。
[実は魔法の詠唱に意味はない。正確な魔力操作と魔法効果のイメージ化、その二つができれば魔法は発動する。ではなぜ詠唱するのか?それは野に道を作ることに似ている。道があることで人は決められた場所に簡単に辿り着くことができるのだ。]
「なるほど、分かりやすい例えだ。」
おもわずネイリーは感嘆の言葉を漏らした。
[私が違和感を覚えたのは魔法の詠唱文に意味がないことにあった。正確な魔法の詠唱に合わせて決められた魔力の操作をする。その後同じく詠唱に合わせてイメージをしていた。ならばその詠唱文には意味があるはず、そう思った私は文献を漁った。その結果詠唱に使われている言語の解読に成功した。言語を解読することによって何をするべきかはっきりと分かった。その先に古き魔法を解読することも、新しい魔法を創造することもできる。この船と書は世界に瘴気が満ちた時に封印が解けるようにしてある。正しく力を使い世界を救うべし。]
「まさかそこまで予知していたとは、恐るべき人だ。過去から現在、現在から未来、まるで時を駆ける賢者のようだ。」
ネイリーはその時を駆ける賢者から託された物を習得するべく書を読みふける。途中でアレックスが入ってきたが集中しているネイリーに黙って出て行った。