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時を刻む紅  作者: 榊原
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8-10.審判

 翼の生えた二頭の先を六本脚の馬が駆ける。イーガンという名前だったか、先頭の男の立ち位置が明確になったおかげで青の混血児たちは警戒せずカロンの隣についた。領主の命令に彼が背くことはないという結論に至ったのだ。

 ルリは一度東海岸に行き、ウィンドランドの船を使うことを選んだ。フォレストランドからこの国に来たときのことを考えれば空を行くより時間はかかるだろうが、快適さを思うと船のほうがいい。カロンもこの国に来て以来飛び続けているため疲れているはずだ。

 眼下に広がるのは荒地ばかりでおもしろみのかけらもない。冗談を言って空気を和ませられるような人物もいない。若干重たい空気に耐えられなくなったように口を開いたのはコクフウだ。顔色の悪くないことにルリは安心した。

「よかったですね、ファイアーランドでも秘宝が手に入って」

「そうね。……あと、二つ」

 七大国に一つずつあるとしたら、残る二つはウィンドランドとセントラルランドにあることになる。祖国なら地の利があるぶん探しやすいが、セントラルランドではどうしようという迷いがある。偽者の魔王の直轄地だ。ルリが外に出て探しまわれる可能性はほとんどない。

 青の混血児ならどのようにして探し出すだろう、とルリはトーリュウに目を向けた。しかし視線には気づかず、トーリュウはひたすら暗い顔をしていた。

 主を気遣ったグリフォンは足をとめる。カロンもその場で留まらせた。二頭がそれ以上進まなくなったのを察知したウィンドランド軍の指揮官もまた炎馬を空中で足踏みさせた。

「なにかあったの?」

「……なにも。おれのほうは見つからなかった、それだけだ」

 トーリュウは唇を噛んだ。彼は秘宝を見つけられなかった。

 ルリの一歩先を行っていた青の混血児がつまづいたという事実はルリの心を揺るがした。勝ったという思いではなく、申し訳ないという思いだ。これまでさんざん助けてもらい、影でルリが秘宝を手に入れるよう仕組んでいてくれたのに、今回こちらはなにもできずルリだけが秘宝を手にしてしまった。

 希望とは対になる絶望という名の秘宝を求めるトーリュウには、秘宝のかわりに絶望が与えられた。

 あの、とトーリュウの前に乗っていたティーナが彼におそるおそる声をかけた。

「リューズエニアは以前はファイアーランド領だったのでしょう? もしかしたら、そこにあると考えることはできませんの?」

「リューズエニア……」

 嫌悪と懐郷を同時に表現する者をルリは初めて見た。リューズエニアといえばウィンドランドとサンドランドのあいだにある、ルリが国外に出て最初に訪れた場所だ。ティーナと出会った場所でもある。数年前にファイアーランドから独立した小国。

「ここまで一緒に来たんだもの、リューズエニアに行くなら途中までになるけど、どう?」

 その言葉は勝手に口から出てきた。自分が追いかけていたものをいつの間にか追い越してしまい、沈んだ青の混血児にルリは調子を崩されていたのだ。

 いつもなら毅然と前を見つめているだろうトーリュウの目は、今回ばかりはすがるような色を帯びていた。差し伸べられた手に頼っていいのか迷いつつ、最終的にその手を取る。

「……そうさせてもらえるなら、ありがたい」

「わたくしもご一緒しても?」

 ルリは一瞬ためらって、ティーナもともに来ることを許した。

 外部には彼女が王女でないことは知られておらず、また言わなければ誰が王女なのかもわからない。貴人は顔を出さないものだ。金髪だとか色白だとか、そういう噂が流れる程度である。ルリも王女の顔など知らなかったがゆえにティーナが名乗ることで彼女がそれだと思った。

 前方で待っていてくれた馬上の男が空気を読みながら問いかけてくる。

「話はまとまったか?」

「この二人も船に乗せるわ。いい?」

「好きにすればいい」

 言葉は丁寧でなくとも彼は己が領主とする者の娘に逆らうような男ではなかった。その娘は本当は王女なのかもしれなかったが、彼はそれを知らない。

 三つの騎影は東海岸へ向かった。



 娘を見送り、ヴェリオンは今一度ファイアーランド兵からの報告を受け取ろうと大広間へ歩を進める。その途中にある崩れた柱や生々しい血痕には目を見張った。ルリが待っていると聞いて駆けつけたときには気づかなかったが、まるで襲われたようだ。

 たしかにヴェリオンはこの城に侵入したが、このように目立つことは行わなかった。誰にも見つからないようにファイアーランド領主に近づくことが重要だったからだ。東海岸ではウィンドランド軍と交戦中、さらにそれとは別の襲撃を受けていたなら忍びこむのもたやすかったはずだ。

 倒れたその柱の影から人が現れる。彼を目の前にしたヴェリオンは声が出ず、幻かどうかを疑った。

「ファイアーランドはものにできたみたいだね」

 男は顔の横に垂れる髪をくるくるといじりながら笑みを浮かべた。ゴーストランド領主代行ミカラゼルだ。すっかりなれなれしくなった口調に不快感はない。

「代行殿……よく、生きて」

「それがあの女、ずっと謝るばかりでなにもしてこなかったんだ」

 てっきり死んだものだと思っていたことを否定するのは難しい。ヴェリオンはこの場に適切な言葉を探したが見つからず、それを察してかミカラゼルは話を続ける。

「夫にあの宝玉を贈られてからの記憶があいまいだとか、追い出したりして悪かったとか。ぼくが手を下すまでもなくゴーストランド行きになったけどね。すぐ白骨になったよ」

 剣をありがとうと差し出されたそれをヴェリオンは受け取る。重さは渡したときと変わらない。言葉のとおり本当に手を下すまでもなかったようだ。

 代行は完全に倒れてしまっている柱に腰かけ、ヴェリオンにもそうするよう促す。

「では、裁きはなかったと?」

「ああ、きちんと仕事は全うしてたみたいだ。できる範囲でルリちゃんのためになることはしたし」

 ヴェリオンは小さく息を飲んだ。そういえば、ルリのことを知っているようなことをミカラゼルが口にしたのを宝物庫に行く道で聞いた。これでやっと口を挟める。

「やはり私の娘でないことは知っていたか」

「そりゃ、ゴーストランドでこっちでの記憶を保っていられるのは王族と罪人だけだし、初代陛下の入れこみようも考えるとね。子供と血の契約をしてたようだけど、あれは異常なほうに引っ張られる。忘れないほうが異常だからあの子もこっちのことを覚えてたんだと思う」

「血の契約? 子供と?」

 思わずヴェリオンは声を荒げて立ち上がった。無力な子供とそのようなことをしてはルリが道連れにされるだけだ。

「落ちついて。ルリちゃんにも考えがあってのことだろうさ」

 ミカラゼルに腕を引かれて座らせられる。なぜ、どうして、と考えたが思考はそれ以上進まない。慌ただしい声が聞こえてきて、ここは人払いがされているわけではないのだと知る。兵士たちの前で領主が荒れていてはいけない。特に自国でない場所では。

 ため息を落としたヴェリオンは頭を振った。本当の娘ではないが、けれどもルリはたった一人の娘だ。あの子を信じてやれないでどうする。娘を撫でてやった手にはまだぬくもりが残っているような気がした。

 ヴェリオンが落ちついたところでミカラゼルは話題を変える。

「でもさ、本当におかしなものだよ。金と権力にしか目がなかった女なのに、命乞いにしてもあの豹変振り。秘宝のせいとは言うけど、したくもないことをしてきたってのは一種の裁きの結果かね」

「そのようなことはあるまい。ご祖母様の心がきっと弱かったのだろう」

 確信はなかったがヴェリオンは間髪を入れず強く否定した。したくもないことをさせることが裁きの一種だと言うミカラゼルの意見が正しいとすると、彼は神獣に殺されたことになってしまう。彼の祖母の不本意な計略によってミカラゼルは友人ともども命を失ったのだから。

「秘宝は人を選ぶ。ルリの手に渡った瞬間、石が澄んでいくのを見た」

「神獣の涙でできてるんだっけか、秘宝って。人を選ぶなら、あの女が持ってたとき眩しいくらいに輝いてたのはどういうわけだろうね」

「……代行殿は人を困らせるのがお好きなようだ」

 ヴェリオンは苦笑して言った。彼の祖母が若さを保つのに力を貸し、気を狂わせながらも光を帯びていたことについてはヴェリオンも説明がほしいところだ。まともだったころの彼女のしてきたことは二人とも知らなかった。夫や王に尽くしていたのかもしれない。

「嫌だね、神獣ってのは。いつその順番が回ってくるかわからないし。どうして急におっぱじめるんだろう」

「そのときそのときではそれが審判の結果だとわからないからでは? 領主全員に同時に災いが起こることは稀ともなれば、一度に行ったほうがわかりやすい」

「ああ、なるほど?」

 ミカラゼルはヴェリオンの思う理由には納得したようだが、神獣を庇うようにも聞こえる発言は快く思わなかったらしい。瞬間のものではあったが露骨に顔をしかめていた。

 大地を空を、この世界のすべてを神獣は造った。貶したからといって神獣に罰せられることはないにしろ、敬意をもって接するべきである。だというのにそのミカラゼルの態度は、それを訂正はさせなかったもののヴェリオンを困惑させるのに十分だった。

 それを知ってか知らずか、先ほど見せた神獣に対する不信を忘れたかのように代行はヴェリオンに問いかける。

「ヴェリオン殿は、もう審判は?」

「いや、まだだ。次こそは次こそはと思っても、なかなか。いつ死にに走るのか試されているようで」

 最近ではいつも見張られているように感じる。どこへ行っても視線があり、気の休まる暇はなかった。先日行われた領主たちの集まる七席盟約は神獣にとって都合のいいものだっただろう。アイスランド領主が倒れたのは盟約のすぐ後のことだった。

「実はもう終わってるとか」

「それはない。ご祖母様の件は成り行きの結果で本当の審判は別にある、と代行殿が思うことは絶対にないように、私のそれもまだ終わっていないと断言できる」

 ミカラゼルの気休めをヴェリオンは撥ね退けた。誰かしらの目がまだ見つめてくるのだ。

 裁きの必要がない者にも神獣は等しくその場所を与える。おそらく、自分には審判がなされていないのではないかという懸念を払拭するためだ。だがミカラゼルのように役目を果たしていれば心配することはなく、相手側のほうから折れてくれる。

 その試練にヴェリオンはいまだ対峙していない。すべてはこれからだ。ルリによくしてくれたはずのサンドランド領主やアイスランド領主でさえ苦痛を背負っていることを考えると楽観視はできない。

「じゃ、付きあわされないうちに帰らせてもらうよ。弟も向こうにいることだし」

 ミカラゼルはいつの間にか髪の毛で遊ぶことをやめていた。立ち上がって彼はヴェリオンに向き直る。

「ヴェリオン殿がこちらに留まることを祈ろう」

「それはありがたい」

 ゴーストランド領主代行はおぼつかない足取りで庭へ続く廊下を行く。一歩進むごとに景色が透けて見えるようになり、瞬きをした後には彼の姿は完全に消えてしまった。

 それと入れ替わるようにしてルリのことを知らせてくれた老兵が走ってくる。

「ご報告にあがりました」

 話せ、とヴェリオンは短く命じた。老兵は頭を下げたまま口を開く。

「ご息女様が乗船なされたのを確認いたしました」

 足の速い騎獣とはいえ半日もかからずここから東海岸へ行くのは不可能だということを考えると、音の伝令を受け取ったウィンドランドの兵が気を利かせて船を城のほうへ寄せたのかもしれない。どうやら代行とは思っていたより長く話していたようだ。

「それからもう一つ。火山に一番近いクンズ村が地割れに遭いました。いかがなさいましょう」

 伺いをたてる彼の目は険しい。ファイアーランドはかつての敵国であるが、現在のウィンドランド領土だ。放っておけるわけがない。

 裁かれる場所が与えられた。非がなければ住民は己の足で立ち上がり、己の手で復興を始めるだろう。神獣に役目を無視したと判断されれば怒りの矛先を向けられるか、あるいは自身も地割れかなにかの災害に巻きこまれる。審判の結果がじきに出る。

 帰りは少し遅くなりそうだ、とヴェリオンは妻に心の中でささやいた。

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