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時を刻む紅  作者: 榊原
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6-8.入都

 馬や御者のいない馬車に乗りこみ、そしてルリたちは城下大都の門前に足をつけた。馬は見えないだけでそこにちゃんといるらしい。首だろうあたりを撫でてやると嬉しそうに鼻を鳴らした。

 街には暗いためにいくつもの灯火が浮かんでいる。まだ日輪が戻らないのか、それとも本当に夜なのか。いずれにせよ、領主代行のミカラゼルが手を回しているはずだ。しばらくすれば日輪がゴーストランドを照らすだろう。

 馬車の到着に気づいてか、石の積まれた城壁のような門から気位の高そうな一人の女がゆったりと近づいてきた。首飾りや服の重ねかたを見ると、ともすればアルドラよりも領主らしい姿をしている。

「許可証は?」

 コクフウが領主代行の署名と捺印された三枚の紙を見せる。アイスランドで所持金をすべて盗られたことのあるルリが彼に持っているよう頼んだものだ。

「結構。それではお入りなさい」

 ゆるい巻き毛の女は手にしていた真っ赤な扇で今しがた彼女の出てきた門を示した。貴人らしく表情のない顔が彼女をさらに麗人に見せている。

 コクフウが許可証を懐にしまい、それから石門をくぐったときだ。なにか赤いものが横を、それも地面に近いところをさっと通り過ぎた。門の外でも内でもない控えの小部屋のような場所でルリたちは足を止める。

「まぁ、なにごと?」

「侵入者だ。下賎の者がいつの間にかこの大都に入りこんでいた。許可証もない」

 門の内からやってきた、なにかに跨った形で宙に浮かんでいる男に女が尋ねた。かつかつと蹄の音がする。槍を持つ彼はおそらく乗馬しているのだろうがルリには馬を目にすることができない。ことの大きさはよくわからないものの、男も女もさして慌てたり驚いたりはしてなかった。

 呆気に取られて男を見あげているルリたちは目に入っていないようで、彼は眉一つ動かさずに言った。

「心配はいらない。今、我が隊で追い出しにかかっている」

「そんな……下賎を通した覚えはありませんのに、どうして」

 遅れて兵士の格好をした男たちが統制の取れた動きで駆けつけた。槍を扱う男には一段ばかり劣るがやはり皆いいものを身につけている。衛兵の仕事をなぜ貴族のような彼らが行っているのかと疑問に思わざるをえない。

 しかし、身なりのいいとはいっても兵士だ。通り過ぎた赤い影を囲んだ彼らは荒々しさを剥き出しにして、それでいて平静を保った声で言った。とはいってもその声は幾分離れたこちらにまで伝わってくる。

「大都にいてもいいのはゴーストランドを生国とする者と許可された者だけであるぞ」

「下賎の身もわきまえず大都におったのはどういうわけか」

 下賎とはひどい言いかただ。もちろんルリはゴーストランド生まれではないから、彼らの言葉を借りるならルリたちも下賎ということになる。好奇心でこの場から移動せずにことの成り行きを眺めていた彼女は、コクフウなら答えを教えてくれると思って彼を振り返った。

「ねぇ、あたしたちも大都に入っちゃだめなんじゃない?」

「さっきそこの女性に許可されたじゃないですか。きっとそのための入都許可証ですよ。他国と違って厳しいって代行様も言ってましたし」

「ああ……厳しいって身分のことだったんだ。でも、大都に入るくらいで身分がどうのって言うかしら」

「ゴーストランドは人の流入が激しいですから。死んだらこっちに来るんで、出身国はみなさんばらばらでしょう? 区別するためだと思うんですけれど」

 区別、とルリが口の中で繰り返したときだ。鋭い声が耳に届く。

「うるさいな、気づいたらあそこにいたんだよ! こんな街に入りこんだ覚えはないね!」

 聞き覚えのある声に、ルリは思わず目を凝らした。石畳を這いつくばっているのは血色の赤毛を持つ女だった。先ほど霧の森で出会ったばかりのレアズではないか。ホウキンがなんらかの方法で大都まで連れていってくれたのかもしれない。

 そのレアズは今、背丈よりも長い棍棒をいつの間にか手にした身なりのいい男たちに取り囲まれている。幸いなことに彼らが手持っているのはただ長いばかりの棒で、刃はついていない。それでも突かれれば痣は確実にできてしまうだろう。

「ルリさん、彼女、もしかして赤花賊の人じゃありませんか?」

 コクフウも気づいたようで、そうみたい、と返してからルリは悠然と立つ麗人のもとへ向かった。入都許可証を持っているルリたちは身分が明らかになっている。行動をともにするという条件でどうにかならないだろうか。

 すみませんと声をかけると、女は大儀そうにこちらを見やった。

「あの人とは知りあいなんですけど、はなしてもらえませんか」

「知りあい?」

「ええ、アイスランドで。ただ、記憶がないみたいで……」

 麗人は悲鳴を抑えるように口元を扇で覆った。それから彼女はなんとか表情を元に戻し、ルリの目には宙に浮かんでいるようにしか映らない男のほうに視線をそそぐ。

「彼女をはなしてあげて。あちらでの知りあいですって」

「あちらでの知りあい? それでは……」

 透明な馬の背に乗っていた男はその存在を無視していたルリを見て、次にレアズを見た。信じられないという表情だ。整った顔だちが崩れていくさまはなかなか見ることのできるものではない。

「やめよ。はなしてやれ」

 彼が馬上から指示すると、レアズを取り囲んでいた男たちは猛る気迫を静めて身を引いた。下馬した男はレアズに歩み寄る。

「すまなかったな」

 彼に腕を引かれたレアズは優しい手つきで立たされる。彼女の着ているものに目をつぶれば、足を痛めた女とそれを丁寧に扱う男という場面にしか見えない。やはりレアズはなにがおきたのかわからず困惑している様子だ。

「もう行っていい。大都に入ったら気をつけるように。また同じようなことになるかもしれない」

 男はレアズの背を城下大都に通じる門のほうへ軽く押した。



 ゴーストランド城から眺めていた城下大都は、そこに足を踏み入れてみると、夜の顔をしていながら淡い光に包まれていることがわかった。さすがに昼のようだということはできないが、人ごみの中から特定の人物を見つけ出すことができるほどには明るい。

 青白くほのかに光るものが頭上から降りそそいでいる。音もなく舞い落ちてくるそれは手のひらに触れた途端に霧散する。火でない。まるで雪のようで、リューズエニアやアイスランドを思い出させた。

 どうやら人肌に触れない限り消えることはないらしい。空から降ってくる灯をかき集めてかごに入れたものを玄関先に吊るしている家は数えられないほどだ。立ち並ぶ家々を珍しそうに見ているルリにレアズが声をかけた。

「そこの女、悪いね。おかげで助かった」

「別に……大都になにか用事でもあったの?」

 目を離せばあの灯のようにどこかへ消えてしまいそうなクロウを視界に入れながら、どういうわけがあったのだろうとルリが尋ねる。大都には貴人が多く、そういった視点で見れば衣服に気を遣っていないと一目でわかるレアズはこの地にとって異質の存在だ。

「いいや、気がついたら街の中にいただけだ。森の中にいた気がするんだけど、そこでなにをしてたかも覚えてないしね。じゃ、あたしはもう行くよ」

「一緒に来てもいいのよ? そのほうが安全でしょう?」

「まさか、そこまでしてもらうわけにはいかない。あたしの居場所はたぶん、ここじゃないんだ」

 そう言って彼女は背を向けた。わずかなあいだではあるが捉えることのできたレアズの表情に迷いは見受けられない。それどころか行くべき道はすでに定まっている様子だ。

 赤毛を揺らしながら元来た道を戻っていくレアズを見送り、ルリは隣を歩くコクフウに目を向けた。どうもゴーストランドに来てからというもの、意外に博識な彼に頼ってしまうことが多い。

 コクフウは記憶をまさぐるようにゆっくりと口を開き、ルリの疑問に的確に答えた。

「たしか、入国者は生国によってそれぞれの地域に送られるんです」

「でもあたしたちは全員違う国の生まれよね。どうして一緒にいたのかしら」

「それは領主様が計らってくださったとしか言えませんけど……」

 申し訳なさそうにその声はだんだんと小さくなった。

「すみません」

「謝らないで。あたしが悪いみたいじゃない」

 カロンにもこの幻想のような景色を見せてやりたかったと思いながら、ルリたちは行き先もなく適当に歩いた。遠まわしにゴーストランド城を追い出されてしまったのだが、いつまでここにいればいいのだろう。日が昇らないとなってはどれだけの時が流れたかもわからない。

 ふと、ルリの目が小さな影を映した。

「あの子、どうしたのかしら」

 整備された大通りの向こうを指差してルリが言う。彼女の見つめる先には、クロウと同じ年かそれ以下だろうと思われる童女がうろうろしていた。誰も手を差しのべることはない。大人にぶつかって咎められることもない。だが無視されているというわけでもなさそうだ。

 このような場所に幼子が一人というのはひっかかる。それとなく様子を伺っていると、あたりを見回していることから誰かを探しているのだろうと推測した。大人とはぐれたのだろうか。そのわりにはしっかりした顔つきだ。

 童女はこちらに気づいて会釈した。礼儀を知っているさまは子供であることを否定しているようだ。つられてコクフウも会釈する。

「ちょっと行ってきてもいいですか?」

「それくらい、わざわざあたしに訊かなくてもいいわよ」

 ありがとうございます、と言ってコクフウはその女の子へ駆け寄った。ルリとクロウは歩いてその後を追う。なぜあのような小さな子が一人でいるのか気になっていたところだ。

「長い銀髪の人を見かけなかった?」

 はっきりと発音してその子供は言った。高いけれども落ちついた声質。まだ小さいが考えることはどこか老成しているクロウを見慣れているために違和感はなかったが、改めて考えてみると奇妙なことかもしれない。

 ルリは先ほどから一言も話していないクロウをちらりと見た。ゴーストランドに来てからは特に無口になったようだ。見たことのない国に言葉を奪われたというわけではなさそうだが。

「すみません、見かけてないです。……人探しですか?」

「人探し、というか……見かけてないならいいの。大都にさえいなければ、それでいいの」

「見かけたらあなたが探していたと伝えたほうがいいですか?」

 コクフウの問いかけに女児は首を横に振った。断られてコクフウが小さな声をもらす。長い銀髪の人とくくれば確かにしぼられるが、そのすべてがその子の探している者だとは限らないのだ。

「教えてくれてありがとう。じゃあね」

 小さな体形を活かし、幼子は逃れるようにちょうど通りかかった人ごみの中へ消える。追いかけるだけなら不可能ではなったが、その集団の中から小さい影を見つけるのは難しいだろう。下を向いて歩くのはあまりよくない。この国の城下大都では目立つ行為だ。

 あっという間に視界から消えた童女の駆けていったほうをぽかんと見つめたままのコクフウにルリは問いかける。小動物のような身のこなしに驚いていたコクフウはするとはっとしてルリと目をあわせた。

「コクフウ君、あの子を知ってるの?」

「いえ、ここで初めて会いましたよ」

「でも会釈していたじゃない」

「大都にいるくらいですから、目があったら誰でも会釈くらいするんじゃないですか? ここの人はほとんど貴人みたいですし、礼儀も身についてるんでしょう」

 そうかしら、とルリは疑問に思ったが口には出さなかった。なにもかもコクフウに尋ねていては彼も嫌になってくるだろう。

 足早に群衆に紛れて姿を消したあの幼子はコクフウを知っていたようにしか考えられなかった。そうなると、彼は嘘をついていることになる。しかしなによりも虚言を嫌いそうなコクフウが嘘をつくとは考えづらかったが、嘘を言ったとしても責める気はないし、言いたくないならそれでいい。

 ルリは童女が消えていった方向を眺めた。あれは魔物ではなかった。人間であの外見となるとかなり幼い。小さなわりに、その大きな目には世界を知り尽くした色があった。

読了感謝。

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