第1話 春の嵐が吹く夜会
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初執筆、初投稿の作品です。
「ご覧になって、第二王子殿下よ」
「まあ、いらしていたの? 全然気がつかなかったわ」
「無理もないわ。殿下が生まれてすぐに側妃様が亡くなられてから、後ろ盾もないのでしょう? 王太子はマクシミリアン殿下で決まりよ。お気の毒な方」
扇の陰で交わされる囁きは、本人には聞こえていないと思っているのだろうか?
それとも聞こえても問題ないと思っているのか?
(……お気の毒ですって?)
(あいにく、すぐ隣に立つ婚約者の私にはぜんぶ聞こえています)
隣の噂話を訂正するようなことはしないが、聞いていて良い気分にはならない。
私は、果実水のグラスを持つ指にそっと力を込めた。
第一王子マクシミリアン殿下の成人を祝う夜会。
王宮の大広間は春の花の匂いと、人々の笑い声で満ちている。
その華やかさの端で私の婚約者、第二王子フリードリヒ殿下は、今夜も壁の花のように静かだった。先ほどの噂話など、どこ吹く風のようだ。
(絶対フリードリヒ殿下にも、今の話聞こえていましたよね…)
フリードリヒ殿下は、すらりと背が高いのに、いつも少しだけ背を丸めている。
けぶるような金の髪は、長く伸ばした前髪ばかりが目立ち、その奥の青みがかった灰色の瞳を隠してしまう。濃紺の礼装は仕立てこそ上等なのに、飾りのひとつもない。
(前髪を上げて、背筋を伸ばして、せめて襟元に金糸の刺繍でもあれば……)
(恐らくこの広間の誰より素敵なのに……勿体ないけれど、仕方がないわね)
通った鼻筋も、笑うと少しだけ下がる目尻のことも、きっと私しか知らない。
「シャルロッテ」
低く穏やかな声が、私を呼んだ。
「人が多くて疲れただろう。少し下がろうか」
「いいえ、大丈夫です。殿下こそ、お疲れではありませんか?」
「僕は慣れているから」
なんでもないことのように言って、フリードリヒ殿下は私のドレスに目を留めた。
「そのドレス、初めて見るね」
「父が仕立ててくれました。今夜の主役はマクシミリアン殿下だから、目立たない色にしなさいと」
くすんだ苔色のドレスに、飾りは小さな真珠のイヤリングのみ。
まっすぐな栗色の髪は、ひと筋の乱れもなく結い上げてある。
――侯爵家の娘として、第二王子の婚約者として、目立たず、劣らず、控えめに。
幼い頃から、お父様に言い聞かされてきた言葉だ。
「……そうか。でも」
前髪の奥で、灰色の瞳がやわらかく細められた。
「その色は、君の瞳によく合っている。春の若葉みたいだ」
「……っ」
思わず、グラスに視線を落とす。
林檎の果実水。さっき殿下が、何も言わずに取ってきてくれたものだ。
(葡萄酒より林檎が好きだなんて、前の茶会で一度言っただけなのに)
この方は、いつもそうだ。
誰にも期待されず、誰にも顧みられなくても、不満ひとつ口にしない。
そのくせ、私のささいな言葉をひとつも取りこぼさない。
(優しい人なのに、その良さを誰も知らない……)
「そういえば、お借りした旅行記を読み終えました。北の港町の章がとても面白くて、私も行ってみたくなりました」
「君なら、あの章を気に入ると思っていた」
ほんの一瞬、殿下の口元が緩む。
「君は物知りだから、話していると楽しいよ」
(女が学をひけらかすものではない――大人たちはみんな、そう眉をひそめるのに)
この方だけは、いつもこうして目を細めてくれる。
それがどれほど嬉しいか、きっと殿下は知らない。
(大恋愛、というわけではないけれど……政略で結ばれた縁でも、ずっとこの方を隣で支えていけたらいいな)
そう思える相手が婚約者でよかった。
私がそんなことを考えながらそっとグラスに口をつけた、その時だった。
「――場をわきまえなさい」
広間の中央から、凛とした声が響いた。
楽団の演奏が乱れ、ざわめきが波のように引いていく。
「あれは……ヴィクトリア嬢?」
殿下が小さく呟いた。
騒ぎの中心を見ると、深い紫のドレスに艶やかな黒髪の美しい女性。
第一王子マクシミリアン殿下の婚約者、公爵令嬢ヴィクトリア様がいた。
その正面には、淡い桃色のドレスの小柄な少女が身を縮めている。
ふわふわと柔らかな栗色の巻き毛に、涙をいっぱいに溜めたサファイアの瞳。
「兄上がこのところよく連れている、男爵家の令嬢だ」
「紹介も受けずに、マクシミリアン殿下へ近づくなど、どういうおつもり? ここは王家の夜会です。男爵家のご令嬢がご存じないはずはないでしょう」
「わ、私、そんなつもりじゃ……ただ、殿下にお祝いを申し上げたくて……」
少女の声が震え、周囲の貴族たちがひそひそと囁き交わす。
(……ヴィクトリア様が正しいわ)
紹介を経ずに王族へ声をかけるのは、明確な作法違反だ。
ましてや、今夜の主役の婚約者ヴィクトリア様を差し置いて話しかけるなど。
妃教育でずっとご一緒してきたから知っている。
あの方ほど自分に厳しく、努力してきた人はいない。そのヴィクトリア様が人前で声を上げるのは、よほどのことだ。
「やめないか、ヴィクトリア!」
人垣を割って現れたのは、今夜の主役のマクシミリアン殿下だった。
完璧に整えたプラチナブロンドに、深紅と金糸の礼装。
胸に勲章を連ねた、誰もが見惚れる正統派の王子様。
彼はためらいなく桃色のドレスの少女の前に立って、その細い肩を庇うように腕を伸ばしている。
「マリーが怯えているじゃないか。祝いの言葉をくれただけで、なぜそこまで責められなければならない?」
「殿下……! ですが、これは作法の――」
「作法、作法と。君はいつもそうだ!」
ヴィクトリア様の顔から、すっと血の気が引く。
その瞬間、私の視界がぐらりと揺れた。
(……え?)
怯えて王子の背に隠れる、桃色のドレスの少女。
少女を庇い、婚約者を冷たく見下ろす金髪の王子。
ひとり取り残され、それでも背筋を伸ばして立つ、紫のドレスの令嬢。
(この光景を――私は、知っている)
見たことがあるはずがないのに……夢とも違う。
もっとはっきりと、何度も何度も繰り返し眺めた、鮮やかな一枚の絵のように。
こめかみの奥が、ずきりと痛む。
――スチル!
――断罪イベント!!
聞いたこともない言葉が、次々と勝手に頭の中に浮かぶ。
意味はわからないのに、なぜか知っている。
この後王子が何を言うのか。
「シャルロッテ?」
すぐそばで、フリードリヒ殿下の声がした。
気づけばグラスを持つ私の手は、細かく震えている。
殿下がそっと私からグラスを取り上げると、反対の手で私の手をやわらかく包み込んだ。
「顔色が悪い。やはり外の空気を――」
「いえ……いいえ、殿下。大丈夫……です」
大丈夫などではない。けれど、目が離せなかった。
広間の中央で、マクシミリアン殿下が大きく息を吸う。
誰もが固唾を呑んで、次の言葉を待っている。
(だめ!この続きは――)
「ヴィクトリア」
高らかに、王子の声が響き渡った。
「今この場をもって、君との婚約を――」
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更新頑張ります!
最後まで書きあがっていますので、最後まで必ず投稿します。
ぜひラストまでお付き合いください。




