10話 助けられた奇跡
最初の手は、お互いの顔を狙った一撃だった。
至近距離のためにフックに近い攻撃、それを二人は一歩下がるだけで躱す。
レティシアは驚く。
躱したことにではない。レティシアの攻撃を目で追えていたことにだ。
死角からのそれは当たる直前しか見えなかったはずなのに、その数舜で認識してから避けていた。それはナーザリルトの身体能力の高さを示している。
(素の身体能力のままでは勝ちずらいですね。しかし動きは素人同然。なら私の勝利条件は簡単です)
そう判断したレティシアは《身体強化》使い、動きを強化する。
ナーザリルトもまた、レティシアの技術力に驚いていた。
素人のナーザリルトだがそれでも自分の力なら先に届くと予測していた。が、結果は同時の回避だった。
驚くべき才能と努力。
しかし――
(レティシア様の技術はすごいですが、地力は私が上。なら私のするべきは決まっています!)
ナーザリルトは片足を半歩引き、初めての格闘術の構えをとった。
(技術が追いつくまでに倒す!!)
(その技術を盗むこと!!)
足りないのは技術。
それを補う見本は目の前にいる。つまり、これはナーザリルトがレティシアの技術に追いつくか、その前に倒されるかの戦いだ。
「っ!?」
「ふっ!!」
先に飛び出したのはレティシアだった。
縮地に近い技術を接近を悟らせず、懐に入る。そのまま左手の掌打を放つが、ナーザリルトはその前に左腕で防御する。しかし攻撃はそれを終わりではない。防御に使った腕をそのまま掴み投げ技にまで繋げる。
「っ!?」
「チッ!」
しかしナーザリルトもやられっぱなしではない。開いている右腕をレティシアに胴体に向けて振るう。その体から放たれる打撃にはレティシアに致命傷を与えられるものだ。安易に受けるわけにはいかない。思わず舌打ちしたのち、仕方なく腕を押し出し、空中に投げだされているナーザリルトを背中から下に落とす。その衝撃により膠着した拍子にがら空きになっている胴体にレティシアは左足で蹴りを放つ。直撃を受けたナーザリルトは吹き飛び、椅子や机を巻き込んで地面に落下した。
「……やはり人形だけあって硬いですね。一体どんな素材が使われているのか」
蹴りつけた足は大岩を蹴った時のように痺れて痛む。そのときは大岩は割れたが、ナーザリルトは罅一つ入っていないことから身体の硬度が鑑みることができた。
「文句は、こっちが言いたい位なのですが……」
「無傷で何を……」
乗っかっていた椅子を片手で持ち上げ、立ち上がるナーザリルトにはその通り、傷はない。
頑丈な身体を持つナーザリルトに、どう攻撃するか思考しながら同時に悪態を口走る。
勿論、それは本音で言う。
「生命力はゴキブリ並みと言ったところですか。ああカナブンをしょうか? どっちしても、煩わしい」
ピキリと幻聴が聞こえる静寂の間。
引き攣った、笑顔ともいえない顔でナーザリルトも言い返す。
「いえいえ、私などまだまだですよ。そちらは小細工ばかりしか脳のない人……いえ、紙魚でしたか? どうしてこんな所にいるのでしょう。ここは文明人がいる場所ですよ? 大人しく土の中に還ったらどうですか?」
バギッ! と床を踏み抜き、割れる音。
レティシアの全身から途方のない黒い魔力が迸ると同時、足元の影は呼応するようにブルリと震えた。
「っ……そもそも、最初からナーザリルトさんが素直に言わないから、こうなっているのは、わかって、いるのですか」
「……レティシア様方に言って、何が変わるのですか!」
ナーザリルトが前傾のままレティシアに接近する。
察知したレティシアは右拳を降り下ろす――が、首を捻り回避。前に進む勢いの利用して左を振り上げる。
交差する腕をレティシアは肘を曲げて軌道を逸らす。勢い余ったナーザリルトは慌てるがそのまま体当たりしようと更に一歩、踏み出す。
「甘いです!」
「ッ!?」
その足を払うレティシア。
その足に全体重を掛けていたナーザリルトは転んでしまう。追撃を警戒して逃げようと仰向けになった時――すでにレティシアは拳を振るっていた。
今からの回避は不可能。そう判断したナーザリルトは床に背を付けながらも、レティシアの拳を左手で止めて、反対で拳を振るう。しかし、同様に止められてしまった。
拮抗した状態を保ったまま、話し合いは続く。
「……っ。レティシア様だって、わかるでしょう!? 己しか信じてない、いいえ! 何も信じてない私たちに!! 他人への期待は、無駄だって!」
「……ええ、そうですね。その通りです。……私は、信じてない」
拮抗していたレティシアの腕が少しだけ曲がる。
「……でも、出会ったんです。期待が無駄じゃないと思える人に!」
レティシアは思い出す。
『魔法庫』の最下層で初めて誰かに助けを求めたことを。
あの時も、期待してなかった。
誰も辿り着いてなかった場所に、他人なんて来ない事をよく知っていたから。
でも、来てくれたのだ。
たとえ、レティシアの為にその場にいたのではないとしても、救われたのだ。
だから――
「――だから信じているんです!! 恩人を! 助けてくれた奇跡を! その先の幸福の為に!!」
その言葉にナーザリルトは目を見開く。しかし小さな隙を見逃さず身体を丸めて押し出すようにレティシアを突き放した。
立ち上がり埃を払う。
要は、レティシアはこう言っているのだろう。と苦笑しながら口にした。
「……随分と、無茶をいいますね。救ってくれるなんて」
「救うわけではありません。ナーザリルトさんが幸せになるかどうかは本人次第なのですから。私にするのは私が思う幸福の押しつけですから」
「そこまで分かっているでしたら、少しぐらい引いてくれてもよかったんじゃないですか?」
「言ったでしょう? これは押しつけです。だから、引く理由はありませんよ」
「我が儘ですね。ルネ様に嫌われても知りませんよ?」
「大丈夫です。ルネさんは私を嫌いになんてなりませんよ」
「……そうですね。私がレティシア様の立場なら同じ事を言いますから、間違いじゃないと思います」
ナーザリルトは背筋を正し、構える。
「――それはそれとして、私はレティシア様がムカつくので、絶対に殴ります」
それに応じ、レティシアも重心を下げて構える。
「奇遇ですね。私もナーザリルトさんを苛ついた気分のままに殴りたいです」
2人は同時に飛び出し接近する。
再び戦いが始まるが、もうそこには先程の険悪な雰囲気はなく。どことなく楽しそうに、戦いは続く。
「…………えっ、なんだこれ?」
数十分後、帰ってきたルネの疑問は、今だ続く戦いの音に消えて溶けていったのだった。
次回
3月19日
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