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アキバに大天使、降臨す 前篇

 

 時間は、遡って。

 蘭子達がヨシオに出会うより、少し前の事――

 

 

 

 

 

 俺が《天使》になった日。

 あれから五年が経っていた。

 異世界・次元毎に時の流れは決して一様ではない。隣接する異世界は、隣の世界で一日が過ぎる間に一ヶ月、一年と過ぎている事もよくある。


 だが俺自身の体感として五年の月日を過ごした、という事だ。

 俺は現代の地球にいた。

 日本の東京である。服装は『生前』のように私服で、普通の人間の姿を取っていた。翼は格納し魔法で最小化して隠している。


 手には先ほど購入したタブレット等電化製品の入った袋がある。仕事で使う物品だ。俺は雑踏の中を、何食わぬ顔で歩いていく。

 なんだかんだで地球の文明は、他の異世界よりも進んでいる。以前何か本でも読んだが文明とは不足と必要、そして実現可能性があってはじめて進歩するものらしい。

 魔法が使える世界は大抵、地球よりも進んでいる事が少ない。必要に駆られなければ人間は動かず、発明も為されないものである。


 魔法で簡単に問題を解決できるのなら、知恵を絞って新しい物を考える意味は薄いのだ。

 労力とは存外大きなコストである。労力を超える強い欲望こそが、最も人間も文明も進歩させるというわけだ。

 地球よりも遥かに文明が進んだ世界もある……が、そこの製品は俺の仕事には使いにくい所があった。


 高度な機能の代償には、繊細に過ぎる耐久性、完璧に構築されたネットワークで管理された環境でなければ使用も難しく、つまりよく壊れる。

 汚れた環境下の多い異世界では、当然だが使用が想定されていないのだ。そのちょうど機能と耐久性の要求を適えられる製品やその選択肢となると、俺としてはやはり現代の地球の日本で買い物するのが一番適していた。

 AVやエロ漫画を買う上でも。


 なんだかんだで、やはり和製が一番落ち着くものである。メイドインジャパンエロスなのである。

 エロはどんな世界にも存在する。この五年、全く褒められる話ではないが、俺は色んな異世界のエロを見てきたものだ。

 だが馴染んだものが結局は一番良かった、というわけである。


 ……というか、未来世界のエロはあまりに高度すぎて、俺には理解できなかった。

 進歩しすぎた人類は、非常に高度な知性の発達によって、その精神性もまた現生人類の遥か先まで進化していた。

 あらゆる哲学をもって到達した新たな魂の極致では、エロもまた、新たな局面を迎えつつあったのだ。


 俺が未来世界で購入したAVの例を紹介しよう。

 例えば『スペースシャトル姦』(誤解されないよう注釈すると、登場するのは廃棄寸前のスペースシャトルと、義骸と呼ばれる遠隔操作できる男性の肉体だけ。大気圏に突入し今まさに燃え尽きていくスペースシャトルの後ろで、全裸の男がスペースシャトル相手に卑猥な罵倒を浴びせつつ腰を振って、またこいつも燃えていくという圧巻の内容となっている)。

 例えば人間同士でも義骸の男女を、レールガンで高速で打ち出しつつ空中でアクロバティックに交わるという『亜音速青姦フ○ック』など。


 俺には全く分からなかった……。アダルトビデオの枠すら飛び越えて、彼らはまさに未来に生きていた。

 話が逸れた。

 俺は買い物をして、日本の街を歩いている。


 路地に入ったところで携帯電話を出してダイヤルした。


「俺だ。買い物は済ませた。今は『エデン』の38番にいる――捕捉できるか? よし、ピックアップをくれ」


 電話を切り、俺は目印を探して歩いた。

 すぐに見つけた。一方通行の道、車両進入禁止の標識だ。この標識の逆側には『本来正しい』進入禁止の標識がある。

 工事中の看板がある。そこを通り過ぎ青のポリゴミ箱、数えて二番目の前で立ち止まった。地面に置かれた空き缶を手に取り、ひっくり返して再び置く。


 周囲の目を確認した後、近くの壁に手をつくと――ずっ、と俺の体が壁にめり込んだ。

 目の前を光が踊る。

 この世界に現在起きている様々な光景が、眼前を一気に通り過ぎて――やがて俺は、とある部屋の中に立っていた。


 薄暗い室内には、光を放つ球体が、いくつも壁に沿って並んでいた。

 球体の前には番号が振られている。そうして部屋の奥は、果てが見えないほど遥か彼方まで続いていた。

 その、それぞれが隣の球体に全てよく似た、無数の青いミニチュアの『地球儀』の横を通り過ぎ、俺は出口にあるドアから部屋を後にする。


 部屋の外には一体の『天使』が――机の前の椅子に座って――立って、俺を出迎えてくれた。


「おかえりなさい。大天使長。故郷の空気はいかがでしたか?」


 そう言った彼女・・は、全身が機械じみたフォルム。

 顔は目の位置に青く光る横のライン。鼻も口もなく、天井のライトに照らされて光沢していた。

 頭には猫のものに似たネコミミがついている。彼女に足はなく、上半身がそのまま椅子と一体化したような形をしていた。


 彼女は俺の同僚で、名をマイアラーム=エルという天使だ。

 この姿が彼女の今の体だ。智天使ケルビムである彼女は、ここ『天界』から『エデン』――地球へ通じる次元の回廊を管理している。

 愛称ミーアの彼女に向かって、俺は言った。


「ただいまミーア。助かった。その耳はどうした? 前見た時はついていなかったが」

「あ。気づかれました?」


 そりゃ気づくだろ。

 ミーアは少し照れたような仕草をして、俺に頭の上のネコミミを見せてきた。


「可愛いでしょう? どうです?」

「うん。よく似合ってるぞ。生身じゃないのが惜しいな」

「天使長ったら! 私、オーク趣味はないですよ?」


 ミーアが笑って手を振った。

 そうかい。やかましいわ。

 だが俺もここまでのロボ娘趣味はないから、安心しろ。悪いが今の君に欲情する事はない。口に出しては言わないが……。


「えへへ。今度ウィッグも買おうかなって思ってるんですよ。それで故郷で何を買ったんですか? 新しいゲーム機とか、出てました?」

「俺は仕事に使う物を買いに行ったんだぞ?」


 本当は、いかがわしい物もいくつか買ったが。プライベートな事である。


「それとあそこは俺の故郷じゃない。俺の故郷は、別の地球だ」

「あ、そうなんですか? 私は以前ちょうど38番『エデン』にいたので……」


 ミーアは俺と同じく『一度転生し、死んで天界に戻ってきた』天使だ。

 地球にいた時の名前は、村井むらい 美亜みあ。日本人である。

 俺のように休暇として現代の日本に転生し、人生を謳歌していたのだが、病に倒れ3年前に治療の甲斐なく死んでしまった。


 そうして、ここに天使として帰ってきたのだ。

 以前『生前』の彼女の写真を見た事があった。映っていたのは車椅子に乗る深窓の令嬢といった、儚げな美少女であった。

 全く惜しい話である。


 転生しても天使の記憶が残っていた彼女は、足で歩くという感覚が落ち着かず、はじめから車椅子に乗る体を希望して転生をしたというが……。


「やっぱり人間の体の方が良かったですね。大変ですけど、おしゃれもいっぱいできますし。この体は睡眠も要らないですけど、可愛くないんですよね。

天使生に比べればたった22年の人生でしたけど、一度味わってみると……。はあ、また長期休暇が欲しいです」


 ミーアの場合、俺より10年遅れて『休暇』に入った。それで彼女は俺よりも『若い』わけである。


「人間の体は脆すぎですよう。あんな病気くらいで。若い身空で亡くなって、親や友達を悲しませちゃって。もったいない事をしました……」

「38番『エデン』にいるなら、俺に言えば両親に伝言の一つも渡してやれたぞ?」

「あ、それは大丈夫です。私の両親も天使なので。たまに電話してますよ」


 天使同士が家族や子供、或いは夫婦として転生しているケースは多い。

 その方が生活するのでも、色々と楽だからだ。誰しも家族に隠し事をして生きるのはやはり面倒だし、良心としても少し引っかかるものがある。


「でもそれより体ですよ。私、顔もなくなっちゃったというか、元の顔に戻ってしまいましたから。もうお化粧もできません。

我々天使は、階級が高ければ高いほど、人型からは外れていきますから。しょうがないんですけど……あっ」


 ミーアが俺の方を見て口元を押さえた。

 何かねミーア君。

 失言した、と言わんばかりの仕草をして。


 君は俺のオーク顔が人類からかけ離れていると? 多脚の君よりも、というか顔がないよりもより非人間的な顔面と申すのかね。

 じっと彼女を見つめると、ミーアは焦ってわたわたした。

 その仕草はちょっと可愛い。


「えーあのーそのーえっとー、えへっ♪ ……ごめんなさい。天使長」

「いいんだ。慣れてる。この前も救助した転生者に、モンスターと勘違いされたしな……」


 まあ魔物扱いよりも、ミーアの方が実際ましかも知れん。

 少なくとも天使とは理解して貰えるだろうからな……。


「で、話は変わるが。主はどうしている? 俺がオフの間ちゃんと仕事してるか」


 俺はアマテラスのじじいの事を言った。

 奴は一応俺達、天使の創造主である。俺は最初こそ奴は怪しげで、やはり何か恐ろしい陰謀でも企んでいるんじゃ、と考えていたのだが――。

 特にそんな事はなかった。


 奴は普通に神だった。陰謀など、考えてもいなかったらしい。


「あの駄神。俺が目を離すと、すぐゲーム始めやがるからな。大天使以外の天使の前じゃ、わがまま放題しやがるし」

「い、一応主上ですから。天使長と言えど主の悪口は。お気持ちは分かりますが……。

この前も私の事を、ミーアたん、とか呼ばれて、腰部パーツを撫でられた時は正直怖気が走ったですけど。あ、いけない」

「まあな……。あんなのでもうちの社長だ。全く本当に心の底から残念だがな。あれで馬力だけは、異常にあるんだが」


 困ったじじいである。

 お陰で現在仕事の殆どは、俺が差配しているような状況だ。押し付けられたとも言う。

 そんな事を思う俺もこの五年間で、ずいぶんと意識が変わってしまっていた。


 ただの無責任なフリーターだったのが、今やミーア他部下もついて、管理職の真似事みたいな事をしている。

 いや実際に管理職なのだが。妙な話である。


「何かあれば俺に話を通してくれ。この間から、じじいの判子は俺が持っているからな。有給が欲しいなら融通しよう。

だが長期休暇はもうちょっと待って欲しい。さすがに二年務めて、もう数十年転生というわけにはいかん。時間軸の高速な次元ならまだしもな。

それと分かっていると思うが、死亡している以上人間の友人と大っぴらに会うのはまずいが、家族とならいくらでも……」

「て、天使長。実は、その主上の事なんですが」

「? 何かあったか」


 ミーアは何か困惑した様子である。俺が聞くとミーアは口を濁しながら、言った。


「実は……『イールスェト』でトリッパーが発見されたそうです。高校生の一団です。

転移してから現地時間で、既に二ヶ月が経過しているそうです。主上が見つけられたので天使長が帰還次第、それをお伝えして現地へ向かって頂くようにと、お伝えするよう命じられました。

私は天界から出動した天使長のバックアップとサポートをします」

「なに? 今から仕事って。俺は、今日は休日のはずだぞ?」


 突然の話に当惑しながら、俺は言った。

 急な仕事だと? そんな話は一つも聞いていないんだが。言ったミーアもどこか申し訳なさそうな顔(顔はないが……)をしていた。


「どういう事だ? 『イールスェト』に転移してくるトリッパーの監視は、じじいの担当だ。二ヶ月も気づかず放置していたってなんでそんな事が起きる。

というか……ミーア、なぜ君がそんな仕事を命じられているんだ? 君は『エデン』との経路を維持するのが専任業務だぞ。

それは君がやるべき事じゃないし、そもそも他の天使達は何をしている。今日勤務している天使は、十体近くいたはずだが。俺のサポートなんて彼らの仕事だぞ」

「そうなんですが。その……主が直接お命じになられまして。よくご確認なされてなかったらしく。

本日勤務している天使全員が天界の外へ、営業に出てしまっていまして」

「は?」

「皆さん、何度も本当にこのシフトで良いのかと主上に確認したんですが……。『神の命令じゃ。いいから黙って行かんかい!』の一点張りで。仕方なく。

後になってから主上も気づかれたのですが、既に皆さん出払ってしまった後で。それで代わりに私が皆さんの後方管制をせよと……」

「……。な、なんだと?」


 俺は驚いて目を剥いた。ミーアはかわいそうに、恐縮していた。

 バックアップとサポート。つまり天界側で転送門の開閉や、情報の伝達、必要な物品や兵器の送致、場合によっては現地の要請で援軍を送るなどの業務を担う後方人員もなく、全員を出動させたというのか?

 そのワリを『エデン』との経路維持を専門にしているミーアが、何故か食わされてしまっている。


 不慣れな彼女が他の天使全員分のサポートなど、務まるはずもなかった。明らかに無茶だ。


「まさか。あのくそじじい? なんて真似してやがんだ。毎度ふざけてんのか?」

「て、天使長。私は大丈夫ですから! 落ち着いて下さい」


 ミーアが慌てて言う。彼女の顔に、額に血管が走った俺の顔が映りこんでいた。

 許さん。あのじじい……!

 俺は息を吐くと、可能な限り心を平静にさせてミーアに告げた。


「ミーア。俺はやっぱり、今でもあのじじいが創造主と信じられん。特に俺達天使を作ったという点においてだ。俺があいつに創られたという一点において、全く認めがたい。

あれから五年経つが、俺はちっとも過去なんて思い出さないし、本当は全部じじいの嘘で騙されているだけじゃないかって気がするんだ」

「えっと、天使長は事故で記憶を失ってしまいましたけど。まあお気持ちはその」

「命令されたサポートの仕事は、もうしなくていい。本来の仕事に戻ってくれ……。俺は今から直接主に話をしに行く」

「よ、宜しいのですか?」

「いい。何かあれば俺が責任を取るから気にしなくていい。じゃあ、悪いが」


 俺はミーアと別れると、足早に通路を歩き始めた。

 

 

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