天使のお仕事Ⅱ 転生勇者篇
ここまでか。
勇者レウケティスは地に伏せ、歯噛みした。
彼の目の前に立つ赤き炎の魔王イドアルが、勝ち誇って哄笑する。
「くはははは……! 手を焼かせてくれたな。だが勝負は決したようだ」
満身創痍のレウケティスは、目だけで魔王を睨んだ。彼の剣は折れ、全身は傷だらけだ。
近くに倒れる法衣の少女ククルが、掠れた声で言った。
「ケティ。逃げて……! 貴方だけでも」
愛しい少女が自分の愛称を呼び、小さな手を伸ばしてくる。
レウケティスは最後の力を振り絞り、ククルを庇った。
「ケティ。だめ」
「お前を置いていけるわけないだろ。最後までお前を守る」
半ばから折れた剣を手に、レウケティスは魔王に抗する。
彼が17年前にこの異世界へ転生し、努力を積み重ねて磨き上げた剣技も、無念だがこの魔王には通用しなかった。
生まれ変わった彼は、特別な力も魔法の才能もなく。与えられたのは頑丈な肉体だけで、それでも彼は前世を悔いて立派に生き直そうと決めた。
日々剣を振り続け。痛みと怠惰心と才能への絶望に耐えてやり遂げた先には、彼がいつの日か望んだものがあった。
確固たる自信。誰かの為に振るえる力。
友と呼べる仲間達。自分を信頼してくれる人々――。
昔は、暗い部屋の中で現実に唾を吐き空想を夢見ては、勇者や英雄と称えられる事を望んだ。
自分を否定するあらゆる現実に対して、目と耳を塞いでやり過ごしていた。誰かに、肥大化した自尊心を満たして欲しい、とにかく自分を認めて欲しいと……思っていた。
俺を見ろ。俺を褒めろ。賞賛しろ。認めろ。愛しろ。
自分、自分、自分を……。
それは自分に自信がない事の裏返しに過ぎない。彼は他人に認められ保障されないと、薄っぺらな自己を保てなかったのだ。
真に傲慢とは、己以外の全てに対して怯えている事と同じだと、発見した。彼は臆病だった、であるが故に傲慢だった。
今までに彼が他人に示した友好的な優しさは全て、愛情の見返りを受ける為の打算だった。故に看破され、望みが報われなかった時に、羞恥と怒りを発した理由だった。
故にこそ、上辺で褒め愛してくれる空想の世界ばかりを好きになり、自分に非があってさえ、自分を嫌い蔑む現実を憎んでいたのだ。
そこに自分はない。他者の反応が鏡のように、彼にとっての好悪の全てだった。
それこそは昔、彼の心に長年巣食い膨れ上がっていた、虚栄心と被愛願望にまみれた主体性のない空っぽのエゴイズムという、醜い怪物の姿だったのだ。
――今は、違う。
彼は変わった。彼は己の中の醜さと、雨の日も風の日も続けた鍛錬の中で向き合い、ついに振り切った。
血豆が潰れに潰れ、指の感覚が失せ、肩に激痛が走っても。一人で剣を振り続けた鍛錬の日々は、誰かに褒められたいなどという浅い理由では乗り越えられなかったからだ。
誰に見られる為でもなく。目指した自分の姿の為に戦い、努力した結果だった。
それは彼が生まれてはじめて、自分の意思で選び取った『本当の自由』だった。
人の中で生きて、認められる為に生きるより、もっと大切な事があると知った。
今、彼の中にはじめて『自分』があった。
誰を信じ、何を選択するか。迎合する為ではなく己が望む故に。自分の行為に責任を負う事も含めて、全て己自身で決める事が出来た。
自分が変われば、世界も変わるものだ。認められ賞賛され褒めて貰う為に媚びる事を止めた時、はじめて世界が、一人ぼっちだった彼に振り向いた。
自分の自我が本当の意味で生まれた時、他人の自我も受け入れ、自然と相手を理解し尊重できるようになれたのだ。
あの日望んだ、揺るがぬ自信というものの正体を知る事が出来て、彼は満足していた。
あとは勇気だけだ。
この世界で出会った、愛する女性……ククル。たとえ自分はここで終わりだとしても、彼女だけは守ってみせる。
「抗するか、勇者よ。敗北してもなお」
「彼女を逃がせば俺の勝ちだ。たとえここで俺が倒れても、必ずお前を倒す者が現れるだろう」
「くく、負け惜しみを。何人も我が崇高なる野望を、止める事など出来ぬ」
断言する。負け惜しみなどではない。
力と醜い野望に呑まれた魔王などには、分かるまい。一人よがりの者などには。
「さあ、死ね!」
魔王が炎を纏い、振りかぶった。
レウケティスは自分の腰に下げた晶石に拳を叩きつけ、砕いた。魔法を使えないレウケティスの前に、魔導アイテムが生じさせた強力な魔力障壁が現れる。
予想外の魔力壁の出現に、たじろいだ魔王の隙を撃って、レウケティスの剣が魔王の腕を斬った。
障壁が揺らぎ、拘束の魔法に変わって、魔力が魔王の傷に入り込んで捕えた。
「ぐおおおっ!? 貴様、まだこんなものを!」
「今だ! ククル、立つんだ!」
レウケティスはクルルを立ち上がらせると、背中を押した。
自分はそのまま魔王に対峙する。
「早く行けっ! ここを出て、ギルドの仲間に知らせるんだ。『勇者』は破れたと。各国は魔王への対策を急いで講じろと」
「いや! ケティを見捨てるなんて。出来ない! 一緒に死ぬ!」
「俺の犠牲を無駄にする気か!!」
レウケティスは振り返り、言った。
「君が好きなんだ。だから行ってくれ。頼む……死なないでくれ」
ククルは目に涙を溜め、必死に歯を食いしばり、耐える顔をした。やがてククルは背を向けて走り出した。
レウケティスはそれを見届け、小さく笑った。
「はは。俺も少しは、勇者らしくなれたのかな……」
剣を構え、レウケティスは魔王に斬りかかる。
「――ハアァッ!! 《五天斬》!」
「ぬううっ!?」
剣の軌跡が魔王の全身を切り裂く。
だが致命傷は巧みに外されている。血を噴いた魔王の肌が、すぐに治癒していった。
魔王が、力ずくで魔力の拘束を引き千切る。
「ふん! 《破聖蛇業炎》」
「がはっ!」
燃え盛る黒い炎の蛇が、レウケティスの肉体を焼き、衝撃を伴って吹き飛ばした。
レウケティスが膝をつく。その手から折れた聖剣グリムが落ちた。
「手こずらせおって! 身を挺して女を逃がすとはな」
「はあ、はあ……」
今度こそ、レウケティスに打つ手はない。
魔王がレウケティスの首を落とそうと、炎を剣に変え大上段に構えた。
万事休す、か。
レウケティスは目を瞑った。魔王に挑む前に覚悟はしていた。
17年前。二度目の受験に失敗し、小さな世界の中で絶望して、愚かにも自室で首を吊った時。レウケティスは神の奇跡を願った。生まれ変わって、自分の人生をもう一度やり直したいと。
今は――彼女の無事を、ただ願う。
死は相変わらず恐ろしかったが、再び生きる機会を与えられて、また都合よく転生を望むなんて、うそだと思った。
自分はもういい。もう十分やった。彼女を悲しませてしまうのが残念だが、もう他にやりようはない。
彼女だけは。この魔王の城を抜け出てどうか、無事に生き延びて欲しい。
頼む。神様。代償に俺が、地獄に落とされても構わない。
今ひとたびの奇跡を……
カッ
『ブッブーーーーーー!!!』
「――なっ!?」
突然だった。魔王の背後に光が生まれ、巨大なトラック(・・・・)が出現した。
トラックは不意を撃たれた魔王を思い切り巻き込んで、突っ込んでいく。
ドグシャアッ
「ぐば!」
魔王の体を轢き飛ばし、さらに転がった所をタイヤが踏み潰し、トラックが停止する。
唖然とするレウケティスの前に、見慣れぬ男達がトラックから降りてきた。
黄色いヘルメットに作業着姿の男達だった。
男の一人が光を放った。地面に大きな穴が開き、そこに倒れた魔王を引きずって放り落とした。
「よし、バックしろ。オーライ、オーライ」
トラックが誘導されて止まり、荷台がせり上がって、そこから大量の土砂が穴に降り注ぐ。
ざあーっ
「ご、ごほっ!? な、なんだ! 何が起きた、おいやめろ! ぐわああっ!」
魔王が埋まっていく。最後にアスファルトを流し込んで、押し固められた。
男の一人がレウケティスの前に来て、言った。
「宮守賢治さんですね? 今はレウケティス=エルバードと名乗ってらっしゃると。
はじめまして、私、土木建築のアマテラス組――もといアマテラスの大天使ヨシオと申す者です」
「な……! お、オークだと」
レウケティスは慌てて愛剣に手を伸ばした。しかし、男は首を振る。
「オークではない。無論ハーフオークでも。生まれは日本の千葉だ、同郷人ですよ」
「!? に、日本人? この異世界に?」
若干混乱しつつ、レウケティスはもう一度謎の男達を確認した。
オークによく似た男が着ているのは、転生前に工事現場等で見た作業服だ。
男の背後では、先ほど魔王を落として埋めた穴がドドドド! とタンパで地ならしされていた。
「あなた。今、神に祈りましたね?」
「え」
「では早速、各種コースをご案内しましょう。こちらのパンフレットをどうぞ。Aコースの帰還では、自殺からの転生そのものを時間軸を遡って消失させ因果を改竄し、元の自分の人生を続けて再開するαプラン。自分を出生最初から、もしくは新たな他人として人生をやり直すβプランがあります。オプションはこの表をご参照下さい。
Bの転生続行コースでは、救済から援助まで幅広いサービスをご用意しております。信仰エネルギーの定期・逐次お支払いからの取引も可です。当社では冠婚葬祭での、本物の神の祝福も取り扱っています。良き良人がいらっしゃるようですので、結婚式ではお勧めですよ。
さしあたっては、目の前の危機を排除し無事にホームベースへ戻る『天使救援&自宅お帰り お試しお得セットキャンペーン! プラン』をお勧めしますが?」
謎の男はパンフレットを手に、レウケティスに説明をはじめる。狼狽したレウケティスが言った。
「待ってくれ。一体何が起こったんだ? あんたらは」
「祈ったから来たんだろ? 地獄に落ちても助けて欲しいと、願っただろう」
「まさかそんな。馬鹿な」
二の句が継げないレウケティスの視界の端に、法衣を着た少女の姿が映った。
逃がしたはずのククルが、広大な間の入り口に立ってじっとレウケティスを見つめていた。
彼女の後ろには、白い翼を生やした、金髪の美しい女天使が控えている。
「ククル!」
「ケティ。無事。なの?」
ぱっとククルが駆け出して、レウケティスの大柄な体に飛びついた。
「良かった。ケティ……!」
「逃げろって言ったのに。戻ってきたら危険だ」
ククルは、ハーフリングとエルフのハーフである小さな体を目一杯広げて抱きつき、ぼろぼろと泣き出してしまった。
「天使が来て。私を導いたの。やっぱり出来ない! ケティを置いてけないよ! 一人じゃ私。生きていけないよぉ…!」
「ククル……」
レウケティスは血と埃で汚れた自分の手も構わず、ククルを抱き締めた。
「ぐすっ、ひっく…。すん、ケティの手。傷だらけ……。こんなになるまで。私を守ってくれて。ケティはいつも、かっこいいよ」
ククルが顔を上げ、男達に言った。
「ありがとう。ございます。ケティを救ってくれて」
「気にしなくていい。祈って、代金はきっちり支払ってもらうからな」
その時、魔王を生き埋めにした地面が炎で爆ぜた。
タンパを使っていた男が吹き飛ばされ、地面を転がって悪態をつく。
「痛ってぇ! ちくしょ。やっぱまだ死んでねえ」
「き、貴様らぁ……! 全員、焼き殺してくれるわ!」
「天使長! ヘルプっす!」
両腕が金属になったキツネ顔の男が叫ぶ。
「《烈日》。二人で処理しろ」
「はい」
天使長と呼ばれたオーク似の男の声で、女天使が腰の剣を引き抜く。
剣が光を放ち、輝く槍に形を変えた。
天使が槍を掲げて飛び込み、二人がかりで魔王と切り結びはじめる。
「こ、この力はッ!? なんたる魔力の結晶! 馬鹿な!」
「はああーーっ!!」
「ぶっ殺せ《烈日》! フクロだフクロ!」
光の槍と、同じくキツネ男の出した鎖鎌が、魔王を撃つ。
光が生み出した稲妻が震え、赤黒い炎が室内を乱舞した。
「とりあえずあの魔王はうちで倒しておく。それでよろしいかな? 契約を結んでいただいても」
「あ、ああ。よく分からないが、奴を倒せるなら……」
「では契約成立だ。帰還ポイントはあなた方の出てきた街でいいだろう。今後お二人はうちの信者として扱われる。ひとまずBコースという形で。
便利なアイテムやサービスの購入は、祈って溜めた信仰の量に応じて注文できる。カタログを渡しておこう。それからこれは、無料のサービスだが、現在蓄積している信仰エネルギーを確認できる装置だ」
オーク顔の男は分厚いカタログと、なにやら腕時計のような機械を渡してくる。
レウケティスがそれを見ると、表面の数字が『0』になっていた。
ククルは首を傾げてカタログを眺め、ぱらぱらと中をめくってみて、仰天する。
「これ。パピルス紙!? 本。色がすごく綺麗。羊皮紙じゃないのに、こんな……!」
「あ、ククル。そうだな、こっちの紙はこんなじゃないから」
「じゃあ。これ。ケティは昔いたっていう異世界の本!?」
物珍しそうにページをめくるククルの姿に、レウケティスは呆れ気味に頭を掻いた。
「こんな時でも本となると目の色変えるんだからな……。だが、本当にそんな場合じゃない。助けてもらって有難いが、奴は」
レウケティスが魔王に振り返った時、戦っていた天使の男が叫んだ。
「げっ! 聖剣が効かねえぞ、こいつ! 死にやがらねえ!?」
「グヌウウ……! 無駄だぁ! 強大な力であろうが、我が無限の再生力の前には敵わぬ!」
魔王が腕を渾身の力で叩きつけ、爆炎が床に広がる。男は吹き飛ばされ、地面を転がった。
魔王の失った左手が、瞬く間に再生していく。
「何者かは知らぬが、私を倒すにはいまだ足りぬ。……だが、その武器は気に入ったぞ。使用者の意に応じて形と機能を変え、破滅的な威力を誇るとは。
殺して奪い取ってくれよう。偉大な私にこそふさわしい神器だ」
「や、やべえ。こいつまじで強い系の魔王じゃねーか? 負けるかも」
「《薄暮》、泣き言を吐く前に努力しろ! おい、逃げるな、マルキャヴィーク!」
「無理だって! 助けて天使長ー!」
逃げ回りこちらに向かって両手を振るキツネ男。
オーク顔の男が、困ったようにため息をついた。
「だらしねえ奴だな……。しょうがねえ。どけ、マル」
オーク男が手を翳した。
光が生まれ、膨大な光が瞬いた。熱光線が男の手から放たれ、地面を抉りながら魔王に襲いかかる。
カッ
「グオオオオ!?」
光線は魔王ごと背後の壁を貫いた。ぽっかりと綺麗に開いた穴から、外の世界が見えた。
だが、両腕を交差させて受けた魔王の姿は、全身から黒い煙を吐きつつも、いまだ健在だった。
「ほう。本当に頑丈だな」
「ふん……! なかなかの攻撃だが、まだまだよ。今のが最大か?」
「別に最大って訳じゃねえが。まあ、俺は頭脳労働派でな。ちょいと工夫して戦う方が好みだ」
「面白い。ならばあがいてみせろ! 我が偉大な炎を前に、貴様の戦い方とやら、見せてもらおうか」
「ほい来た」
――ゴン!
「なが!?」
いきなり背後から殴打された衝撃に、魔王が地面に倒れた。
魔王の後ろに姿が現れる。いつの間にか、オーク男が棍棒を持って立っていた。目の前にいたはずの男が陽炎のように揺れて、ふっと消えた。
オーク男は魔王を見下ろして、にやりと笑った。
「ぐっふっふ。ご紹介しよう、これが俺流の戦い方だ。光線を操作し、陽炎のように幻覚を生み出して、相手に現在位置を誤らせる。後ろから一発だ」
「ヒャッハー! 天使長の48の卑怯技、イカスっす!」
「卑怯とは心外だなマル。立派な戦術だとも」
歓声を上げる天使達に、魔王は怒りに顔を染めて睨みつけた。
だが。
「おのれ……! む、な、なんだ!? 我が魔力が」
「俺の愛用の棍棒だ。銘は《ブンナグール君壱号》。効果は『強制昏倒付与』――こいつで殴られると、身体操作が非常に鈍重になり、魔法を含むあらゆる能力がごく一時的にだが完全喪失する。
抵抗は、構造上気絶する事がある生物である以上、不可能」
「馬鹿な!? 我が身体に力が入らぬ!」
「鈍器の素晴らしさを知って頂けたようで何よりだ」
立ち上がろうともがく魔王に、オーク顔の男が棍棒を腰に差しなおして言った。
「まあ、あまり長くは効果が保たないがな。防御力が落ちる訳でもない。だが、これだけ隙があれば、十分だな」
そして足を上げ、どん! と強く地面を踏み締めた。
その瞬間。魔王の体の下に、青白い魔法陣が現れた。
――キィィーン――
壁の穴から強い陽光が差し込み魔王を照らす。
「な、なんだこの呪法は……!? う、ぐあああーーっ!!」
魔法陣が力を解き放つ。
魔王の視界が、全て白く明滅し――
魔王が倒れていた。
地面の魔法陣はすでに効力を失い、消滅している。
魔王はピクリとも動かない。
瞳は半ば開いたまま、壁の穴から吹き込んだ風が魔王の白髪を揺らした。
――そして。
倒れた魔王の前に、一匹の子鬼が呆然と座りこんでいた。
「それがお前か。すいぶんと、栄転していたようだな?」
オーク顔の男が言った。
その言葉に子鬼はそろそろと男を見上げた。
「……なんだ、これは。私に何が起きた? 私が私を見つめている。この体は」
「そこにあるのは空の器。お前の体は『前世の姿』だ。まさかコボルドから、魔王に生まれ変わっていたとはな?
今かけた魔法陣は《強制逆転生》の秘術と言う。要は、超ザオリクだ。蘇らせすぎる、くらいのな。
厄介な連中も大抵は、こいつを食らえば終わる。逆転生術への抵抗・耐性は、強大な魔王でも、前世の記憶を持つ転生型魔王ですらつけている奴は稀だ。
意外な落とし穴というやつだ……。偉大な力も、魂と肉体という基本構造に変化がなければ、そこを突いてやるだけで脆く崩れる。結局、今の生が強いというだけに過ぎん」
オーク男は肩をすくめ、付け加えた。
「まあ、自分の蘇生に耐性なんてつけても、この術や転生の発想を知らなければ、蘇りにくくなるだけで一見デメリット以外の何物でもないしな。
それに特殊なアンデッドには効かないし、藪を突いて蛇が出る場合もあるぞ。とある魔王に食らわせたら、もっと強い魔神になって逆にパワーアップしたなんて事もある。
もう一回逆転生させた挙句、超々巨大な爆弾岩になって、惑星ごと全部吹っ飛んだ事もあったな……。どっちが間抜けだか、分からんな。
その時の爆破映像は編集し、盆回りのBGMをつけて、天界の書庫に保存してあるが」
「……。ま、待て。私をどうする気だ?」
「さて、どうしてくれようか? なあ」
オーク男がくるりと、キツネ顔の天使に振り向いた。
そいつは光る鎖鎌を手に、元魔王に近づいてくる。
「ウヒッ、ウヒッ、ウヒヒヒ。天使長が出るまでもありませんぜ! この俺が」
「ひっ……!?」
外道な笑みを浮かべる男天使の足を、金髪の女天使が払った。頭から瓦礫に突っ込む。
「マルキャヴィーク。貴様、先ほどは無様に逃げていた癖に、敵が弱ったと見たらそれか。少しは恥を知れ!」
「いってー。うっせーブス! ブース!」
「幼子か貴様……。天使長、お見事です。お手を煩わせ申し訳ありません」
「構わん。マルはマルだからな」
オーク顔の男が手を振ると、女天使は頷いた。
「はっ。ところで、不遜ながら意見具申致します。このコボルドは逃がしてやれませんか? 私は、弱き者を撃つは気が進みません。もはや勝負が決まったならば、一握の慈悲を」
「そりゃ、ずいぶん甘い意見だな。生かして逃がすとは」
「天使とは、あらゆる正義の守護者にして、遍く慈悲の擁護者たるべきかと」
女天使が一礼する。オーク顔の男が言った。
「そうは言っても、禍根のある敵を逃がすのはうちのやり方じゃない。洗脳では不安が残るし、どうするかな?」
天使がちらりと子鬼を見る。
青ざめた子鬼は這いずって距離を取ると、脱兎の如く逃げ出した。
だが、レウケティスは素早く剣を拾い上げると、子鬼に向かって投擲した。折れた刃が子鬼の胸に突き立ち、ギッ……! と悲鳴を上げて倒れた。
「あっ」
「……そいつを逃がす訳にはいかない。魔王として大勢の人間を殺したんだ。報いを受けて貰う」
「そうか。現地の人間がそう言うなら、うちが介入すべき話ではないな。勇者が自らの手で魔王を倒した。分かったな《烈日》」
「く……。仕方ありません」
金髪の女天使が悲しげに俯いた。
「よし、じゃああの二人を自宅まで送ってやってくれ。お二人は、分からない事は詳細がパンフレットに書かれているから後でゆっくり読み返すなり、その天使に説明を受けるなりして頂きたい。
マル。そこの『器』だ。どうだ?」
「へい。いいっすね、A級の素材です。中身を入れて調整すれば、いい戦略兵器になりますよ」
「今回一番欲しかった奴だからな。丁重に扱え」
天使達は、魂が抜けてもう動かない魔王の体を棺桶に入れて回収しはじめた。
レウケティスにはよく事情は分からなかったが、推測するに魔王の死体を戦闘用途に再利用する気なのだろうか?
恐ろしい天使達である。何と言うか、死体を侮辱されてもあの残虐な魔王に同情心など湧かないが。徹底的で容赦がなかった。
どちらかと言えば天使というよりは、悪魔の所業に属するのでは……?
魔王の入った棺桶に紐が括りつけられ、上の空間が切り開かれて、ウインチのように持ち上げられて消えていった。
「不肖この私《烈日》のソーラが、お二人を送還します。お二人は我が主・太陽神アマテラスの信徒として、敬虔な信仰を誓って頂きたい。
此度の救出の見返り……と言っては、あまり気が乗りませんが」
「ああ、いや……死ぬはずのところで命を助けて貰ったんだ。それぐらい俺は構わないけど」
レウケティスがククルを見ると、ククルは小さく頷いた。
この世界では元々、複数の神が信仰されている。ククルにとって見れば、天使に神を信じろと言われても大した抵抗感もないようだ。
「太陽神なんて、今まで聞いた事なかったけどな? 異界の神か」
「あの。私、森の神も信じてます。けど、それでもいいの?」
「推奨は出来ませんが、望むならば。我が主は寛大な御方にして、信仰の大幅な自由を認めておられます。
あなた方が我が主に祈りを捧げた分だけ、神は恩恵をお授けになられます。我が神はどこの神よりも公平にして、約束を違えぬ偉大な御方です。
先ほどのカウンターとカタログを見て、欲しい奇跡を太陽へ向かって語るとよいでしょう」
女天使の語り口に、レウケティスは妙な顔をした。まるで商売みたいだ。
女天使もまた自分の言葉に少々納得できないような、若干含む物がある表情をしている。
レウケティスはカタログを開いてみた。
いくつかの品が美しい印刷のカラーページに並んでいる。
聖剣サラザック(量産型) 8000pt。ディラックの魔槍(レプリカ品) 12000pt。名工ダルマークの鎧、完全注文制オリジナル品 80000pt。など。
地球産40型TV 49800pt。大型冷蔵庫 105000pt。発電機・外付け魔力燃料回路付き320000ptと、そんなものまで載せられていた。
試しに、レウケティスは軽く祈ってみる。すると両手から光が生まれ、空に飛んでいった。
カウンターを見ると0ptから、100ptに増えている。
なるほど。こうして祈ってポイントを溜めて、購入する事が出来るらしい。レウケティスは納得して頷いた。
うん。完全に商売だ。これ。
「ケティ。ここに描いてあるもの。貰えるの?」
「みたいだな……。ちょっと変だけど、冷蔵庫と発電機とかあればすごく便利になるよ。冷たい室に食料を保存して、新鮮な生肉がしばらく腐らなくなる。
こっちのエアコンなんかは、部屋を冷やしたり暖めたり出来るな。氷魔法みたいに手間をかけなくても、スイッチ一つで室内を快適な気温に出来るんだ」
「! 欲しい。ケティ。それ欲しい!」
ククルがさっそく家電に食いついた。
「私。改宗します。森の神。祈っても何もくれないから。くれる方の神を信じます」
現金なククルである。目は$マークだ。
レウケティスばかりか天使まで微妙な顔をする中、女天使はこほんと咳をして言った。
「それではこちらへ……。送還用の魔法陣に乗って下さい」
女天使が床に魔法陣を描き、二人を手招いた。
レウケティスは先ほどの魔王の末路を思い出して一瞬躊躇したが、これは違います。と言われ、促されて中へ入る。
オーク顔の天使が、向こうで軽く合図した。
レウケティス達が光に包まれ――
気が付くと、レウケティスとククルは、良く知る街の前にいた。
魔王を倒す前に二人が旅立った街だ。
手にはパンフレットとカタログ、例のカウンターを持って。同行した女天使がほっと微笑み、「お疲れ様でした」と言った。
帰って来たのだ。




