44話 後悔
各々のタイミングで、支給された戦闘用活性剤を撃ち込む。
フードの中で蠢く獣耳。揺らめく尻尾。興奮に任せた低いうめき声。
「状況を説明する。昨夜の偵察により、南西地点に敵包囲網の隙間を確認した。我々はここから侵入、北へ三キロを強行突破。目標は地下シェルター内の敵指令室だ。制圧完了後、全速で離脱。行動開始から三時間以内にこのポイントへ帰還する。帰還後は即撤収だ。最も『マシ』な状態の者が甲車を転がせ。馬、および自走可能な者はそのまま走れ。目標、明正午までに後方拠点へ。――質問は」
ジュリアンは一度皆を集めて、今回の作戦を説明する。
しばし周りを見渡しても、獣たちから質問は出ない。
隊の長は自身の中の石が活性剤で熱くなり、全身にふつふつと破壊衝動が満ちていくのを理性で何とか押さえつけた。
「――我々は捨て駒ではない。王国の鋭い牙だ。この闇を駆け、夜明けを勝ち取るぞ」
この言葉は前任の大尉から引き継がれた、ゲン担ぎのようなもの。
自分でさえ、白々しい嘘だと思っていた。
目の前で頭を震わせ、尾を低く垂らして「狼」や「馬」としての本能を昂ぶらせている男たち。
彼らを繋ぎ止めているのは、鎖骨の石と軍規だけだ。
――そして、作戦は成功した。
今はテントで眠る豹の偵察は正しく、鉢合わせた敵兵の数人は音もなく殺すことが出来た。――けれど。
護衛と通信士と副官の頭を割り、喉を掻き切り、すみやかに制圧した地下室は正しく指令室で、一般兵とは違う隊服の皇国将校がいた。
ジュリアン達の異形を見て状況を察し「グェル・バァト!!」と叫び……。
キン、と小さな金属音。
狼の本能か、超加速した思考か。
ピンが抜かれた音だと察するより早く、ジュリアンはカイルの襟首を掴み、後方へ放り投げていた。
「下がれッ!!」
叫びは、閃光と爆音に塗り潰される。
ドォン!! 地下の密閉を震わせる重たい破裂。――ガンッ。獣の耳を潰しながら、頭から後方の壁へと激突した。
全身が熱湯に放り込まれたみたいな灼熱に包まれ――酷い耳鳴りがなかなか終わらない。
体の中の血という血が騒ぎ立てる。それなのに感覚がどこか遠かった。
「た――大尉!! 何故ですか!!」
「運びだせッ!! 今のでバレたッ。寄ってくるぞ! 撤収だ!」
庇われたカイルの叫びを聞きながら、誰かに担がれる。
閃光を見たからか、目を開けているはずなのに何も見えない。
「し、しんだか、かくに、を……だれでもい、」
「馬鹿ですか?! 確認する死体すら残ってないですよ!!」
ここまでやられて、作戦が失敗したら元も子もない。
ちゃんと仕留めたのか誰か確認してくれ。と呻くジュリアンは、けれど彼を担ぐオスカーにそう耳元で怒鳴られて「うう」と焦げた息を吐く。
馬の全力疾走は、馬で運ばれるよりも絶望的に乗り心地が悪い。
熱と痛み、それに吐き気。
体を動かそうとするたびにぬるりとするから、どこかで盛大に出血している。
――ああ。「眠れない」「頭が痛い」なんて、あんな格好悪いことを書かなければよかった。
赤黒い脳裏に映るのは、北の雪嶺と小さな村。
手紙を握り締める、顔の見えない、愛する人――。




