はるか彼方で誰かが死んだ
連れて行かれた先には、魔法少女がいた。
しかし、彼女たちの瞳には光がない。誰もが暗い表情をしている。湿った曇りの日のような雰囲気だ。磨り減った鏡のような、空虚な輝きだけがそこにあった。
「じゃあ、大雅くん。魔法を使ってみてください」
男性の無機質な声が、その静寂を切り裂く。
魔法少女たちが、一斉にこちらを向いた。期待などではない。ただ、見世物を眺めるような、あるいは無理やり連れてこられた家畜を見るような冷めた視線だ。
大雅はごくりと唾を飲む。掌が脂汗でじっとりとしているのが分かった。
「わ、分かりました……」
意識を一点に集中させる。
大雅は、火を思い浮かべた。
指先を突き出す。かつて妹を救おうと必死に願ったときのような、あのような力強い意志は、今の彼にはなかった。ただ、男性の命令に従うためだけの、希薄な願いだ。
ボッ、と赤い光がふくらむ。しかしそれは一瞬で、ガスコンロと同じくらいの大きさになった。
指先から、頼りない火種が零れ落ちる。
床に落ち、音も立てずに炭となって消えていく。
不意に、ソファーの端に座っていた少女が立ち上がった。
彼女の目は赤く腫れ上がっている。その瞳には、行き場のない怒りと、底なしの悲しみが渦巻いていた。
「……何よ」
少女の声は、ひどく掠れていた。彼女は大雅ではなく、傍らに立つ男性を睨みつける。
「この前ルカが死んだっていうのに。ルカがどれだけ傷ついて、どれだけ苦しんで、最後はボロボロになって消えたか、あんたたちは知っているはずでしょ? それなのに、もう代役を連れてくるの?」
「おい」
男性が咎めるような声を出すが、少女の言葉は止まらない。
「魔法少年なんて聞いたこともないわ。そんな、ルカの足元にも及ばないようなのを代わりにするなんて」
「ルカはもう死んだ」
男性の言葉は、氷のように冷たかった。
「彼女は死んだんだ。君たちも、いつそうなるかは分からない。それが魔法少女だ。この世界の理だ」
大雅は、足元から冷たい水が這い上がってくるような錯覚を覚えた。
代役。
役立たず。
そして、魔法少女ルカ。
少女の涙は止まらない。彼女は、大雅を恨んでいるのではない。ただ、あまりに理不尽なこの世界そのものを憎んでいるのだと、大雅には分かった。
「大雅くん、こちらへ」
男性に肩を掴まれ、大雅は無理やり部屋から引きずり出された。
隣の部屋に連れ込まれる。
そこには、妙に顔の整った別の男性が座っていた。
「その人は枢木。説明は彼から聞いてください」
男性は部屋を出ていく。枢木はにこにこと笑っていた。
「こんにちは~! そこに座ってください」
大雅は優しそうな彼の姿に安心する。そして冷たい椅子の上に座った。
「魔法少女は正義である」
枢木は未だに笑顔だ。
「そして、魔法少女と同じ役割に、男はいらない。この世界で魔法少女は、可憐で、儚く、そして美しくなくてはならない。君のような野暮ったい男の姿は、必要とされないんだよ~」
大雅の喉から、ひゅっと空気が通る音がする。
「だから、君は魔法少年じゃなくて、魔法少女になるんだ」
「何を、言っているんですか」
大雅はぎゅっと手を握った。この場所が怖くてたまらないということを、先ほどの魔法少女の叫びを、思い出した。
枢木は慣れた手つきで、椅子の横にあるキーボードを叩く。
「さあ、アップデートの時間だ」
「やめ……」
大雅が反応するよりも早く、椅子の拘束具がガシャリと音を立てて手足を固定した。
……脳が、体全体が、焼かれる。
「あああああああああああああああ!!」
大雅の体が、ぐにゃりと歪む。それは美しい変身ではなく、物理法則を無視した書き換えだった。
細胞の一つ一つが強制的に引き剥がされ、再構築されるような激痛。骨が軋み、肉が変質し、激痛が体中を駆け巡る。
視界の端が赤く染まる。
人間としての形を保とうとする自我を、冷酷に削ぎ落とされていく。
黒い霧のようなものが全身を包み込み、引き締まったまだ幼い男の肉体が、しなやかで線の細い少女のものへと変貌を遂げていく。
悲鳴を上げようとした喉からは、少し高くなった声しか出てこない。
数秒後、そこにはあどけない少女がいた。
真っ赤なフリルと、夜闇をそのまま切り取ったような黒いドレス。肩まで届く髪は黒いツインテールに束ねられ、手にはステッキが握られていた。
「素晴らしい」
枢木が満足げに呟く。
大雅は、自分の腕を見る。細く、白く、自分のものではない指先。鏡に映るその姿は、残酷なほど美しい、誰もが憧れる魔法少女そのものだった。
「名前を決めようか~」
枢木が、大雅の顎を掴んで顔を覗き込む。
「妹の名前は、―――だったね~」
その名を聞いた瞬間、大雅の心臓が冷たく収縮した。
「いい名前だ。じゃあ、君の魔法少女としての名前は…………ミヤビだ」
その瞬間、大雅の目の前が、真っ白に、そして真っ黒に塗りつぶされた。
ミヤビ。
もとの世界で出てきた、愛されない魔法少女の名前。
自分が大切にすると誓った、妹の名前。
それを、自分が名乗る?
そしてそのまま、怪人に殺されるか、自分が怪人に変化して朽ちていく。
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
大雅は、必死に記憶を縋る。
自分の能力は、なんだった?
ウインドウが目の前に浮かぶ。
戻れ。過去に戻れ。シミュレーション空間まで、戻るんだ。
必死に念じる。あの日々へ。妹が死ぬことのない、あの穏やかな日々へ。
しかし、何も変わらない。
ウィンドウは、じわじわと変わっていった。『魔法少年』が、『魔法少女』に変わっていく。
やがてそこには、魔法少女ミヤビ、と記載された。
大雅という少年の居場所など、どこにもない。
ただ、冷たい部屋の中に、黒いドレスを纏った一人の少女が、声を殺して震えているだけだった。




