ささいな日常ではあるが
大雅はいつもより早足で帰路についた。
「あ、ポスト……また入ってる」
大雅はポストから白い紙を抜き取ると、それをじっと見つめた。この資料を読むことで、自分は一体どうなるのか。好奇心と不安が絶妙に入り混じった感覚だ。
「魔法少女ミヤビ、か」
大雅はぽつりと呟く。恐らく彼女は、大雅の知らない未来で現れるのだろう。そしてとてつもない努力を重ね、やがて怪人へと変わっていく。それが不憫でたまらない。
「大雅くん」
大雅は驚いて振り返った。カイだ。以前と比べてかなり早い。昨日のことを気にしているのだろうか。
「ごめんね、昨日は来れなくて……」
「いえ、全然大丈夫です。気にしないでください」
大雅は紙を持った手を後ろで組んだ。
「ん、あれ? その紙どうしたの?」
「あ、えっと……」
大雅は言葉に詰まる。
「……工事のお知らせとかじゃないですか? まだ見ていないので分かりませんが……」
「そっか」
誤魔化せたかと大雅はカイの顔色を伺う。しかし、カイは悩むように額に手を当てた。そして、意を決するように口を開いた。
「それ、魔法少女ミヤビに関する資料……?」
大雅は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「あ、え、そうです……なんで分かるんですか」
「実は僕のところにも、その資料が届いているんだ」
大雅は驚愕した。まさか自分以外のところにもこの資料が届いているとは思っていなかった。
大雅とカイは一度部屋に入ることにした。夕食をとりながらそれについて話す。
「大雅くんのところにも届いてたのか……何かあったらすぐ相談してね」
「はい」
大雅はカイに、白い服の女とボイスレコーダーについて話さなかった。まだ、そんな勇気はなかったのかもしれない。
◆◆☆◆◆
カイが大雅の家を出て、数十分がたった。大雅はそわそわとしながら、ボイスレコーダーを探り当てる。そして再生ボタンを押した。
ざざ、とノイズが走る。
『(ザーッ……という激しいノイズ)
……だよ。 雨が降ってるけど、今日は、……の絵本を読もうか。うん。……大丈夫。
ちいさな星の話。
昔々、夜空にとても綺麗な星が住んでいました。
その星は、遠い森の奥にある、ずっと凍えている一輪の花を見つけました。
「どうして、そんなに震えているの?」
星が聞くと、花は泣きながら答えました。
「私には光がないから、咲くことができないの。このまま枯れてしまうのを待っているだけなのよ」
星は思いました。
僕の光を全部、あの花にあげよう。そうすれば、花は咲けるはずだ
星は夜空から降りていきました。
近づくほどに、星の光はどんどん弱くなっていきます。でも、星は止まりません。空から消えてしまうことは怖かったけれど、それ以上に、花が咲くところを見たいという願いが強かったからです。
星は花のすぐそばまで行くと、優しく包み込むように言いました。
「僕の全部をあげるね。君が咲くための、力になって」
星は、自分の命の光を全部、花に分け与えました。
光を吸い込んだ花は、見たこともないほど美しく、力強く咲き誇りました。
それでも、星はどうなったでしょうか。
星は空に戻る力を失い、ただの欠片になって、花の足元で静かに光って消えてしまいました。
けれど、星は最後、こう思ったのです。
『花が笑っている。それだけで、僕は十分だ』と。
空を見上げても、もうそこにあの星はいません。
でも、森の奥で咲くその花は、夜の闇を明るく照らす、世界で一番綺麗な光を放ち続けていたのです。
(ノイズが一段と大きくなり、子供の泣き声のような音が混じる)悲しいね。そうだね。でも、とっても ……な話だと思わない? お兄ちゃんはこの話、好きだな。 …………うん。眠い? 良かった。(激しいノイズ)が笑顔になってくれるなら、俺は、……なんだって、……………』
◆◆☆◆◆
「……なんだよ、これ」
大雅はしばらくその場から動けなかった。
語り手は男だ。時折高い声が聞こえてくることから、兄が妹に絵本の読み聞かせをしているらしい。
大雅はどこか違和感を感じた。その男について何か知っている気がしたのだ。それでも心当たりは全くない。このボイスレコーダーはいつのものかさえ分からない。
それでも大雅は、あたたかい気持ちになった。懐かしいような、いや少し違う、こんなささいな日常を愛おしいと思う気持ちだ。もう自分には手に入らないもの。
大雅はボイスレコーダーを机の上に置いた。そして、今日ポストに入っていた紙を広げた。




