22:換金
売り買いなのど窓口で大声が飛び交っているのとは対照的に、換金・両替の窓口は静かだ。なぜなら、大半が筆談をしているから。考えずとも、理由は用心のためだと判る。
ジェリドさんの手元を覗きこむと、
錬金済みの金三〇〇万ゴルド分を銀で買いたい
銀は錬金していない
と書いてある。
既にこんなもんだと思ってるけど、普通に読めて、書こうと思えば書けてしまうのは正しくファンタジー。
こっちの文字は基本的に稲妻が走ったような形で、ひらがなのような曲線は少ない。誤記や誤読が多発しそうな文字だ。
今度は窓口の男性職員が端紙をカウンターに置いた。
二階の七号室へ行ってください。
錬金術師はアベル、担当職員はジェシカです。
ギルド手数料は二万ゴルド、錬金代は十万ゴルドになります。
と書いてある。
手数料が二万なら、コンロの三万を安いと言うのも頷ける話だ。
錬金代の十万は高いのか安いのか判らない。
頷いたジェリドさんが俺たちに向け顎をしゃくり、右側の階段へと向かう。
二階には個室がずらずらっと並んでいて、扉に番号札が貼られている。
七号室で長いこと待っていると、若い女性と老年男性が入室してきた。
速水さんの目がお爺ちゃん錬金術師に釘付けだ。俺の目も同じく釘付けだ。
錬金術師のアベルさんは、お爺ちゃんなのに魔女みたいな恰好をしている。
黒いトンガリ帽子に黒いローブ、皺だらけの指には色んな指輪を填め、ネックレスやイヤリングまでつけている。
「確認します。純金三〇〇万ゴルド分を未精錬の銀で。間違いないですか?」
「間違いない」
「手数料と錬金代の合計は十二万ゴルドになります」
「問題ない」
「ありがとうございます。では銀を出してください」
言ったジェシカさんが布張りのトレイをテーブルに置き、ジェリドさんは革カバンから革袋を取り出し、トレイに銀をジャラジャラ落とした。
「ふむ、自前の製錬かね?」
「そうだ」
「ラウネ銀と見た」
「目利きだな」
「昔は多くのラウネ銀を精錬したもんだ。どれ」
アベルさんがローブの袖口から巻き紙…違う。たぶん羊皮紙だ。
出した羊皮紙をテーブルの上で広げた。
「スクロール!」
「詠唱じゃないんですね!」
アベルさんが速水さんと俺を見遣ってから、ジェリドさんへ目を向けた。
ジェリドさんが苦笑しながら肩を萎める。
どういう意味合いなのか全く判りません。
「まぁよかろう。さて、三一二万ならこんなもんか」
アベルさんが両手でごっそり掬った銀をスクロールの上に三度盛った。
徐に右手の人差し指と中指の二指をスクロールに当てると、スクロールに描かれた幾何学模様と記号が仄かな赤紫色の光を帯びた。
「うわぁあ~」
「これは…凄いですね…」
鉛と見間違えた鈍色が、下の方から輝く白銀に変わっていく。
と同時に、不純物なのだろう黒や赤の粒子が、スクロールの余白を汚していく。
「どうだい嬢ちゃん、綺麗だろう?」
「すっごく綺麗だわ!」
どこへ行っても速水さんはモテると。
まあ、俺がアベル氏でも同じようなことを言いそうだけど。
錬金術による精錬が終わると、ジェシカさんが退室し、暫くするとワゴンを押して戻って来た。
ワゴンに被せてあった布を取れば、金色を反射する三十枚の大きなコインが。
ちょっと大きすぎるような気がする。
((三十枚で何グラムになるんだろう…))
「では重さを量りますので確認してください」
ジェシカさんがワゴンの下段から…
(棒はかり! 爺ちゃん家で見たことある!)
ジェシカさんは棒はかりの皿に金のコインを一枚載せ、反対側の皿に四角い重りを置いていく。
重さが釣り合い棒が水平になったところでジェリドさんに目を向け、ジェリドさんは頷いた。
残り二十九個のコインを次々と置いていき、全てが同じ重さだと確認した。
次にコインを載せた皿に銀粒を置いていき、釣り合ったところで銀をトレイに入れる。それを二十九回繰り返し、三〇〇万ゴルド分の銀をより分けた。
「次に、これが一万ゴルド分の金です」
ジェシカさんがポケットから出した小さなコインを皿に載せ、十個載せていた四角い重りを九個取り除いたところで棒が水平になった。
コインをポケットに戻すと、残りの銀粒を一つずつ皿に載せ、釣り合ったところでトレイの隅に置く。
それを十一回繰り返して十二万ゴルド分の銀を取ると、アベルさんが精錬した銀粒がきっちりなくなった。凄い職人技だ。
「お見事ですアベルさん、ぴったり三一二万ゴルド分でした」
「うむ、久々にラウネ銀を触れて楽しかった」
「アベル殿、感謝する」
「なんの、仕事だよ。ではな」
立ち上がったアベルさんが颯爽と退室し、銀粒の山をワゴンに載せたジェシカさんも退室して行った。
「地味だけどしっかりした仕事でしたね」
「うん、日本も昔はああやってたんだろうね。久しぶりに棒はかり見たよ」
「俺もです。速水さんはどこで見たんです?」
「実家にあったの。子供の頃に色んな物を量って遊んでた。ひなたくんは?」
「九州の爺ちゃん家で。昔は豆腐も量り売りをしてたそうです」
そんな話をしていると、金のコインを入れた革袋をジェリドさんが差し出した。
「ヒナタ、こんろの代金だ。もう全部渡したんだろ?」
「渡しましたけど、そんな大金持つの怖いですよ」
「お前なら大丈夫だ。野盗の五人や十人に襲われても勝てる。いや、野盗じゃあ鉄の馬に追いつけないな。鞄に入れておけ」
「ひなたくんなら大丈夫だよ。走っても追いつけない(笑)」
「分かりました。ではありがたく頂戴します。うわ、重いですね…」
「やっぱり? あの大きさなら重いよねぇ」
「傭兵ギルドへ行く前に宿を押さえるぞ」
宿と聞いた速水さんがすごく嬉しそうだ。俺も興味がないと言ったら嘘になる。
宿代を出してくれると言うジェリドさんの言葉に甘え、ジェリドさん御用達の宿屋へ向かった。
大通りから路地に入って右へ左へ曲がりながら歩いて行くと、小ぢんまりした宿に着いた。軒先には〝波音〟と浮き彫りにされた木看板が吊るしてある。
扉を引き開けたジェリドさんに続いて入るも、番台には誰もいない。
カンカンカン!
番台に置いてあった木版を木槌で叩くと、女将さんだろう中年女性が奥から出て来た。
「あらジェリドさんじゃない。今時期に来るなんて珍しいわね」
「野暮用でな、明日には帰る。二部屋頼む」
「も、もしかしてそちら、お貴族様?」
「心配するな、東の果てから来た村の客分で平民だ」
「そうなのね、肝が冷えたわ。それにしても綺麗な人ね。ご夫婦?」
「姉と弟だ、と本人らは言っている」
「「……((バレてる?))」」
「ふ~ん、いつもの部屋と隣でいい?」
ジェリドさんが「いいのか?」という目を向けてくる。
何を言いたいのか判るけど、変な気を回さないでください。
「もちろんいいです」
「どういう意味?」
「さあ? 単なる確認じゃないですかね」
薄く笑うジェリドさんが、カウンターに銀貨を置いた。
金のコインとは違って、通貨らしい鳥の模様がある。
すると、女将さんは四枚の銅貨をポケットから出して返した。
気になるけど、ここで尋ねるのはマナー違反だろうか。
「それゴルド硬貨よね?」
普通に尋ねてらっしゃる…
「小銀貨が一万ゴルド、大銅貨は千ゴルドだ」
「一部屋三〇〇〇ゴルドね。朝食は付いてるの?」
「いや、斜向かいに食堂がある」
「一通り説明しましょうか?」
「ええ、お願いするわ」
ここは素泊まり専門の宿屋で、無料なのは裏の井戸水と洗濯場だけ。
お湯で体を拭きたいなら一桶三〇〇ゴルド。
灯りが必要なら、油代込みのランタンが一晩一〇〇〇ゴルドとお高い。
チェックインは午後で、今時期のチェックアウトは二つ目の鐘。
夏場なら三つ目の鐘でもいい。
そんな説明を受け、部屋へは行かずそのまま傭兵ギルドへ向かった。




