21:港湾都市イルベスタ
目を覚ましたジェリドさんは何事もなかったかのようにスッと立ち上がり、キョロキョロし始めた。
「馬はどこだ…」
「あっちに歩いて行きました」
泣きそうな顔してらっしゃる。俺もバイクが勝手に走って行ったら泣く。
あの丘の向こう側にいるとは思うんだけど。
どうしようと思いながら速水さんを見ると、
「ここで待ってるよ?」
「日本じゃないんですから駄目です」
「じゃあどうするの?」
「その、俺と向い合せに座ってもらってもいいですか?」
「いいよ」
うん、確実に分かってないな。でも仕方ない。
俺の前に対面で座り、両腕を首に回し、両脚で腰をホールドしてもらった。
当たり前だけど密着度が凄まじい。
「これは、めっちゃ恥ずかしい…」
「すみません、我慢してください」
「はい…」
「ジェリドさん、後ろに乗って俺の肩に掴まってください。走りだしたら足はその黒い金属棒の上に。馬と大して変わらないはずです」
「分かった」
ものすごい絵面だろうな。日本ならそこそこの再生回数を稼ぎそうだ。
キュルッ ドルンッ! ドルンドルンッ! ドッドッドッドッ…
「では行きます……ジェリドさん、もう少し力抜いてください痛いです」
「お、おう(体の芯に響く音だ…)」
(ひなたくんの心臓がドクドク鳴ってる…)
猛禽類に両肩を掴まれたらこんな痛みかなと思いつつ丘へと向かう。
思った通り、馬は丘の裏でのんびり草を食んでいた。
馬って枯れた草でも食べるんだね。美味しいの?
無事に馬を捕獲したジェリドさんから、先に行ってイルベスタの東側で待っているよう言われたので出発。そして小一時間後、結構な丘の上へ行くと…
「おぉ!」
「わぁ! アニメみたい!」
アニメの外郭はあんなに汚れてないと思うけど、結構高い壁の向こうに街が広がり、その先には青い海と入港しつつある帆船が見える。
限られた敷地の中に街と港があるため、建物は寄り添うように建っていて、人々も犇めき合うように歩いている。この光景、控え目に言って感動的だ。
イルベスタは南外郭門が大きいのか、大型馬車が南側に列を作っている。
東外郭門には、背負子に荷物を高く積み上げた人たちの姿が。
大したバランス感覚だ。
門に近づくなとジェリドさんに言われているので、エンジンを切って丘の上からイルベスタの街並みを眺めながら待つ。
「馬車って朝のサラリーマンより歩くのが遅いのでは?」
「あはは、ほんとだね。馬をパッパカ走らせる人もいないし」
バイクをフルスロットルで走らせる機会がないのと同じだろう。
そんなアレコレを話しながらかなり長い間待っていると、漸くジェリドさんの姿が街道に現れた。
ここからは、少し距離を置いてジェリドさんを追う形になる。
三〇分程で辿り着いた東外郭門には、槍を持った男性が四人と、作業台みたいなテーブルで帳面に記入している男性が二人。
槍持ちの四人も記入している二人も服装がバラバラなので、兵士や役人という雰囲気じゃない。
先行しているジェリドさんが、槍持ち一人と記入係一人を相手に話を始めた。
後方待機している俺たちを指差している。
「なんかケンカ腰で話してません?」
「そんな感じだね」
一頻り喋ったところで、ジェリドさんが槍持ちの腕をパンパンと叩き、槍持ちもジェリドさんの腕をパンパンと叩いた。
ジェリドさんが大きく掬うように腕を動かしたので、エンジンをかけて門へと向かった。
ドドドドドドドドドドドドドドッ キッ ドッドッドッドッ…
「凄いな…」
「美事な造りですな…」
「東の国が進んでるなんて聞いたことないが…」
「おい、ちょっと変わってくれ。俺にも見せろよ」
「俺も見たいぞ! そこのお前! ちゃんと並べ!」
「ハンスさん! 私だけでは記帳が間に合いませんって!」
「あぁすまんすまん、余りに美事でな」
皆の視線が俺とバイクを行ったり来たりしている。
もしイルベスタに通うことになったら、村の子供たちみたいに集られそうだ。
「そろそろ二人に仮札を渡してやってくれ」
「そうだったな。失くさないよう帰りに帰してくれよ」
「分かりました」
「ありがとう」
槍持ちから渡されたのは、〝来訪者十八〟と〝来訪者十九〟と書かれた木札。
帳面にも番号と俺たちの名前が書かれているんだろう。
「ヒナタ、街の中でそれには乗れないぞ」
「ですよね。どこか置いておく場所ないでしょうか? 馬はどうするんです?」
「馬丁に預ける。なあ、すまんが詰め所の前に置いてもいいか? 帰りは明日だ」
「おう、構わないぞ。木柵で囲っといてやる」
「ということだ」
「ありがとうございます、助かります」
「いいってことさ。お嬢様もイルベスタを楽しんでくださいね」
「(お嬢様!)ありがとうございます♪」
チッ、皆揃ってデレデレしやがって!
「行くぞ」
ジェリドさんに頷きを返して歩き出す。
とんでもない人混みだ。
荷車を牽く人が「どいてくれ!」と叫び続けてる。
「速水さん、手を繋いでおきましょう」
「う、うん、そうだね」
「(ハヤミさんか…)先に換金でいいな?」
「はい、お願いします」
馬を預けたジェリドさんが向かった先は、南門の近くにある商業者ギルド。
様々な服装の商人がひっきりなしに出入りしている。
ぱっと見て商人だと判るのは髪型のせいだ。
昔の音楽家みたいに毛先を外巻きカールにした髪型で、薄い人は当たり前のようにカツラを乗せ手で押さえている。トレードマークなのだろう。
「すごい行列ですね…」
「いつもこんなもんだ。俺たちが並ぶのはあっちだぞ」
窓口の上には〝売り〟〝買い〟〝預入れ〟〝受取り〟の看板が掲げてある。
俺たちが並ぶ窓口には〝換金・両替〟の看板が。
こっちは比較的に空いている。それでも長蛇の列だけど。
「窓口もっとたくさん作ればいいのに」
「そうもいかん理由がある」
「どんな理由?」
「倉庫の大きさと人夫の数に限りがある。こっちは金庫番の都合だな」
意味が分からないので並びながら尋ねてみる。
売買や預入れ、受取りは、オーダー単位で伝票が回って運搬作業者が物品の出し入れをする。
倉庫の間口や棚と棚の間の空間には限りがあるため、窓口を増やしても物流速度は変わらない。
逆にバックオーダーが溜まりすぎてミスが発生するので、窓口の数を増やすなら、倉庫と人夫も同時に増やさなければならないそうだ。
しかし、イルベスタの敷地は外郭で囲ってあるため、新たに倉庫を立てられるような土地が出る可能性はないに等しいと。
換金と両替については、金庫室の大きさから金庫番は二名と決まっている。
おまけに窓口職員が起こした伝票を自分で金庫室前まで持って行き、金庫番と一緒に入って金品の出し入れをするのだと。
「もっと大きな都市で、外殻がなければ窓口も多いと?」
「そういうことだ。王都のギルドは窓口が三十ほどあるらしい」
「王都って遠いの?」
「今時期なら、ここから乗り合い馬車で十日から十二日だな。夏場なら十五日はみておく必要がある」
(意外と近いのでは? バイクか車なら)
「どうして日数に差があるの?」
「渡し船を待つことになるからだ」
「大河があるんですね」
ジェリドさんが頷いた。
王都の北には大河が流れていて、二十艘くらいの渡し船が往来している。
人が多ければ待たねばならず、夏の雨季には増水で船を出せない日も多いと。
「橋はないんでしょうか」
「渡し場から四日ほど上流へ向かえば大橋がある」
「どんな橋で、幅はどれくらいですか?」
「石橋でかなり広い」
くっ、長さ広さ重さがアバウトな点は異世界テンプレか。
どんな橋かは材質じゃなくて、アーチ形か平坦かって意味なんだけど。
ジェリドさんは車を見てないから、通れるかどうかも聞けないし…
速水さんが立ったまま頭を揺らして居眠りを始めた頃、漸く俺たちの順番が回ってきた。




