11:説明です
暗くなる前に寝たため、目が覚めて暗幕のようなカーテンを開けてみたら、外はまだ暗かった。
二度寝のチャンスだと思ってベッドに潜り込み、どれくらい寝たのか判らないけど、腹の虫が鳴いた音で目が覚めた。
卵粥しか食べてなかったもんなと思って部屋を出ると、一階からいい匂いが漂ってくる。
この匂いは缶詰の焼き鳥だと確信して下へ行くと、速水さんからめちゃくちゃジトっとした目を向けられた。
「え…っと、おはようございます?」
プイっと顔を背けられた。なぜだ、なぜご機嫌斜めなんだろう…
それさえ可愛いと思う俺は首を吊るべきか。
無言のまま缶詰とパックご飯の温めを手伝い、続けてカップ味噌汁のお湯を沸かしてダイニングへ。
全ての用意が整ったところで、流石に我慢できなくなった。
「あの、どうしたんですか? 俺なにかしました?」
「…鬱陶しいって言った」
五秒くらい考えて思い出した。ヤバい、言った。
「あれはだってほら! 速水さん逃げてくれなかったから!」
「私のことが鬱陶しいって言ったあ!」
あ、これは言い訳が通用しないやつだ。
父さんと母さんがケンカして、父さんが謝り倒すまで終わらないやつだ。
「心にもないことを言いました! ごめんなさい!」
「……鬱陶しくない?」
「俺が速水さんのことを鬱陶しく思うはずがありません」(キリッ)
「…もう言わない?」
「もう二度と言いません。絶対に言いません」(キリッ)
心の底から安心したような顔になった速水さんが立ち上がり、俺の横に来て…
(へっ、えぇっ!?)
頭を抱きしめられた。
少し汗臭い。とても柔らかくて、すごく暖かい。
「私を抱いて逃げてくれた時ね、すごく嬉しくて頼もしかった」
「は、はい(私を抱いて、で終わってたら心臓麻痺だった…)」
「でもね、私もひなたくんのために頑張りたいんだよ。ちゃんと協力したいの」
「あ、ありがとう、ございます…」
顔が、全身が熱い…心臓が破裂しそう…速水さんの鼓動も…速い。
「約束して。もう独りでどうにかしようとか考えないって」
約束…してしまっていいんだろうか…
ディアリィさんが魔物じゃなく、お稲荷さんを知ってたから無事だった。
でも、今回みたいなことが起きたら、またやってしまう自信がある。
「約束してくれないんだ…」
「正直、もうやらないとは断言できません」
「そう。じゃあ私も同じことする」
「それは駄目です! 何が何でも駄目です! 許しません!」
「私も同じ気落ちなのに、ひなたくんだけズルイよ」
同じ気持ちじゃない。これは平行線になってしまう。交わる気がしない。
「私って、頼りになる相方じゃなかったの? 嘘だったの?」
「嘘なんかじゃありません」
「じゃあどうして? やっぱりひなたくんズルイ」
「営業と技術に役割があるのと同じです」
「職種差別」
「区別です」
側頭を鷲掴みにされ、ガバッと頭を放された。
速水さん、目が座ってらっしゃる。
相当怒ってらっしゃる。
「決めた。帰るよひなたくん。私お稲荷さんのお社壊すから」
「も、ものすごい力技…」
「そうだよ。私って負けず嫌いなの。女は男に守られてればいいっていう考え方も嫌い。ひなたくんがどんな屁理屈を捏ねたって、今のは明確な性差別だよ」
二の句が継げない正論だ。ぐうの音も出ない。
その真っ直ぐな眼差しが、うわべや建て前じゃないと強烈に主張している。
ここで四の五の言うようじゃ、俺には異世界へ来る資格がない。
「分かりました、約束します。速水さんと二人で頑張ると約束します。見下した考え方をしてごめんなさい。俺は、速水さんを誰よりも頼りにしています」
「ならヨシ! 許してあげる!」
決めた。言う。告白じゃなく説明だ。俺がどんな気持ちなのか。
「速水さん…速水愛琉さん!」
「な、なに?」
「前から憧れてました。今は大好きです。明日はもっと大好きです」
「え…えぇっ!?」
速水さんの顔が真っ赤になった。俺の方が真っ赤に違いない。
「自分を犠牲にしてでも速水さんを守りたい。そう考えてしまう理由です。返事が欲しい訳じゃありません。理由と動機を説明しただけです。さあ食べましょう。いただきます」
もう無理だ。顔なんて見れやしない。
焼き鳥なのに焼き鳥の味がしない。
味噌汁も味がしない。
(うそ、やだ、えっ? 告られたんだよね? 只の説明? えっ? え?)
くそ、頭が爆発しそうだ。もっと味が濃い物が欲しい。醤油はどこだ!
あ゛ーーー死ぬほど恥ずかしい! いっそ死んどくか? いや違うだろ!
「早く座って食べてください。焼き鳥美味しいですよ(味しないけど)」
「は、はい!」
(う、生まれて初めて好きって言われた…ど、どうしよう。
お母さんに電話する? 私なに言ってんの?
え、どうしよう。どうすればいいのか分かんない。
とにかく焼き鳥を…あれ? 味がしない。
ひなたくんが私のこと…や、やだ、大好きって言われた!
明日はもっと大好きって言われたっ!!)
流れに乗っただけなのに、なんかこうスッキリした気がしなくもない。
卒業式の日に、ずっと好きでしたって言ってくれた下川さんも、こんな気持ちだったのかな。
ごめんとしか答えなかったけど、もっと言葉を考えて答えればよかった。
そもそも俺はなぜ断ったんだろう。今でも判らない。
下川さんの泣き笑いの顔、今でも憶えてる。
「ごちそうさまでした。紅茶とコーヒーどっちがいいですか?」
「え、えっと、紅茶をお願いします…」
「お願いしますって(笑)」
「うぅ…」
「村長さんたちに昨日の説明をしたら帰りましょうか」
「そっか、何も話してないんだったね。何て説明する?」
「そこですよねぇ」
お稲荷さんの部分を割愛して、どう辻褄を合わせるか。
ディアリィさんが口裏を合わせてくれるならどうとでもなる。
いや、気に入られて縁を結ばせてもらった、で通用しそうだ。
問題は、チェーンソーがお幾ら万円するのかと、コンロ四十台とボンベ二百本を納品しつつ、こっちで五日間を過ごさないと入金がないこと。
「そうだ、速水さんはどうやって金を売るつもりなんです?」
「親友の実家が大手の質屋さんなの。ひなたくんも名前くらいは知ってると思う」
聞いたら普通に知ってた。一、二を争う大手なんじゃないだろうか。
ともあれ、速水さんと親友さんは大学の同期だそうだ。
今でもお互いの家にお泊りするくらいの仲良し。
親友さんは既に入り婿さんと結婚していて、跡を継ぐべく三年前から質屋の仕事を覚えている真っ最中らしい。
今どきにしては早婚だけど、盤石な家業があればそんなものかもしれない。
「帰ってお買い物して、また直ぐこっちに来ようよ」
「あっちは十七時半くらいだから余裕ですけど、結構な荷物になりますよ?」
「一緒に頑張る! 大きいスーツケース二つあるし! でもシャワーしてから!」
「そうですね(笑)」
「あとさ、お金入ったら車買お? 私免許持ってるし」
「免許は俺もありますけど、車買えるくらいの利益が出ますかね?」
「村長さんの話を信じるなら、コンロ四十台で二〇〇〇万円近くなるはず」
「は……またまた、冗談ですよね?」
速水さんがカバンから手帳とペンを出して書き始めた。
【前提条件】
・100円玉サイズの金が10,000ゴルド
・100円玉の体積は0.68㎤(だったはず)
【金の買取価格】
・12,000台後半/g ⇒ 仮定:12,500円
【比重】
・ 金 :19と少し(ちゃんと憶えてない)
【換算式】
・19×0.68=12.92g(10,000ゴルド分の金の重さ)
・12.92g×3=38.76g(30,000ゴルド分の金の重さ=コンロの単価)
・38.76g×40台=1550.4g(端数切捨て)
・1550g×12,500円=19,375,000円
ママママジですか!? 俺の予定年収、税込み三八四万円なんですけど…
「ひなたくん、異世界最高だね! かかって来い住宅ローン!」
速水さんが立ち上がって拳を天に突き上げた。




