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29話:予感の足音

「………ん?」


聞き間違いかなあと思って眉間にしわを寄せ、首を傾ける。

なんのことだかわからないと目で訴える私に、リチャードさんは聞き分けのない子供を相手にしている顔になった。


「だから、明日、レリアは、オレと、任務なの。わかった?」


わざとらしく区切られた言葉たちが私の脳内に否応なしに入り込む。

明日…私…リチャードさんと……にんむ…?

私…明日……にん…任務…?

私が……任務?


「えええええええええええ…っ!?」

「うるさい」




「人手不足…」

「そ。WGSFは常に、その立場上から慢性的な人手不足。使えるものは使っとけ精神が蔓延る機関で、曲がりなりにもそれなりに使用可の認識がされたお前を、上層部が放っとくわけがない。ま、任務って言っても子供のお使いとそんなに変わらない内容だから、構えることはないよ」


驚きに目を剥いた私の頭上に見事な手刀を落として、騒ぎたてる寸前だった私を見事阻止したリチャードさんの説明によれば、要は使えるものは使っとけ精神が発動したから私なぞが前線に駆り出されることになったんだそうで。

…世界政府直下の組織がそんなんでいいのか!と言いそうになったが、たぶん人手不足の上には深刻な、がくっ付いて、おまけに私に雑用を回すことで手が空いた正真正銘の《竜騎士(ドラゴンライダー)》たちが世界中を駆け回ることが出来るってことだろう。

ただの憶測にしか過ぎないが、…恐らく当たっているはずである。

この組織に一応とはいえ組み込まれてから、私が学んできたのは何も実技だけではない。

座学…軍事学や少々の心理学、異種族(フリーク)の生態系や化学など、ライダーになるための素養は忙しい実技の合間を縫ってちまちまと積み重ねてきている。

その『座学』の中には、きっと所属組織の意志を汲み取るための訓練も含まれている…はずで。なんだか希望的観測が抜けきれない上に、まあ高々、二、三ヶ月懸命にやったところでそうそう培われるわけもないよねという自分自身からの指摘を置いておくことにする。

ひとりで納得がいったところで、リチャードさんに顔を向ける。


「どうすればいいんですか?」

「おや、珍しく諦めが早いな、レリア。もっと無理だのなんだの、ぎゃあぎゃあ騒ぐかと思ったのに」

「…いや、さすがにもうね…そんなこと言っていられる立場でもなくなったかなあと思いまして…。諦めが早くなったっていうより、腹括るのが早くなったんです、きっと。うん」

「ふうん?どっちでもいいけど。オレは面倒くさくなかったら、それで」


本当にどうでも良さそうにそう言い切ったリチャードさんは、書類を見せるから着いて来てと踵を返した。置いてかれないように慌てて背中を追い掛ける。

自分で腹括るのが早くなったとか大口叩いておきながら、心臓の高鳴りはやはり押さえられない。それはもちろん、初任務を待ち侘びていたとか武者震いだとか、そんな高尚なものではなく純粋な緊張からくるものである。

それでもやはり、進むしかない。

騒いでも現状は変わらず、動かない。

私がWGSFに来てから一番学んだことは、実技でも座学でもなく、これなのかもしれないな。

相変わらず小さな心臓と鶏さん顔負けの根性はナリを潜めないけれど、それでも今の私が今出来ることをするのだと心に言い聞かせ、コンパスの違いで引き離されつつあるリチャードさんの背中に追い付くため地を蹴った。


「任務って、何処行くんですか?」

「ケレ・ボネ」

「…え゛」




*****




任務内容は至って簡潔かつ単純。

指定された区間に指定された荷を運び届け、かつ循環パトロールを行い区間内の状況・現状を記した報告書を作成、WGSFに提出すればそれで任務は完了である。

フリークの討伐や人との争いに割って入る、または要人の護衛などの難易度の高い、普段ライダーたちがこなしている任務内容から比べれば、なるほどリチャードさんの言う通り子供のお使いレベルの仕事だ。

私にだって集中して、おまけに頼りになる先輩のサポートがあればきっと出来る。

…だがしかし、問題はその指定された区間にあった。


「ケレ・ボネ…」

「うじうじする暇があるんだったらさっさと支度しな、レリア。置いてくよ」


支配者(ルーラー)》の制服に身を包んだリチャードさんが颯爽と私の横を通り過ぎて行く。

配付された紺の隊服を着用した私も、半ば呆然としながらふらふらとその後を追った。


「ケレ・ボネ…」

「さっきから煩いよ。御上が決定を下したものに、オレたち公務員は逆らえないんだから大人しく神妙にお縄に付け」

「リチャードさん、それちょっと違う…」


すこんっ、とキレのある手刀が頭に落とされる。

…気持ち的にはお縄に付いて収容機関に輸送される犯罪者と同じだけど。

これから起こり得るかもしれない後ろ向きな想像に囚われてふらふらする。

それからやはりふらふらと荷を纏めて、着々と地獄の任務への準備を進める私の肩を、リチャードさんが優しく叩いた。

顔を上げると、そこには慈愛の眼差しと称しても過言ではないほど優しさに満ち溢れた瞳で私を見詰める先輩の姿が。

なんだか感極まって、リチャードさん…!と思わず彼に飛び付きたくなった。

だって落ち込む私を励まそうとしてくれてるんでしょう?…とか考えた私はやはり甘い。

この人相手に、そんな生温いものは望めないのだ…。


「立場上はオレが先輩だけど、名義上はお前が指揮官だからね」

「……はい?」


飛び掛かろうと両手を盛大に広げた体勢で本気であんぐりと口を開け放った私に、リチャードさんが先ほどの慈愛の眼差しとは正反対の、野性味溢れる双眸をギラギラと光らせる。

それはまるで、獲物を見付けたどこぞの異種族(フリーク)のようで……ということは狙われてるのは…私か!

ひい、と嫌な予感に身を縮ませて広げた両手で自分の身体を守るように抱く。

そうだね、リチャードさんと言えばやっぱりそういう顔してた方が似合うよね、などと冷静に考える暇もない。

吐き出された台詞は任務地の名前と同じくらいの衝撃を私に与えた。


「まだ新米ライダー候補でしかない私が!候補でしかない私が!?指揮官!?」

「候補でしかないお前が、だよ。知ってるだろ、即席即興のつぎはぎ部隊でもそこに竜を駆るものがいればそいつが必然的に隊の頭になる。WGSF(うち)の決まりだろ」

「それは…もちろん知ってますけど!でも私、確かにシトラスに乗れはしますけどそれはほんとに乗れるだけで!しかもライダーじゃないし!」

「“ライダー”候補がなに言ってんの」


それだけ言い残して、意地悪い笑顔を残像にリチャードさんはさっさと自分の相棒の元へ戻ってしまった。

残された私はと言えば、突然のダブルパンチにただ呆然とするばかりだ。


「うっそだあ…」


固まる私を余所に職員たちは急がしそうにあちらこちらを歩き回り、私とリチャードさんが任務へと赴く準備が着々となされていく。

指揮官…ケレ・ボネ…。

ぐるぐると脳内がふたつの言葉で満たされるのを感じながら、焦った様子の職員に背中を押されて私もシトラスの元へ送り出された。

どうやら名義上は私が指揮官(たいちょう)である、私のライダー候補としての初任務。

目指す場所は、北の辺境【ケレ・ボネ】。

俗に“亜人”と呼ばれるものたちの集落である。




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