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25話:足掛かり

「名前?」

「そうです、名前。リチャードさんは、カナタにどうして『カナタ』って付けたんですか?」


フレデリックさんから乞うた教えを実践するために今一番必要なことは、やはり彼に名前を付けることだと思った。

しかし、この一ヶ月ちょい悩んで悩んで悩み続けた私が、いくら次のステップを踏むために必要不可欠なことだと言われたからといって、すぐにじゃあコレ!と決められるはずもなく。うんうん頭を捻っても、彼に合う名前がひとつも思い付かず、これではまた八方塞になるという愚行を犯しかねなかったので…ここは頼れる先輩方がいるのだからほどほどに頼ることにしようと、久しぶりの非番で控室で寛いでいるリチャードさんに突撃した。

久方の休みであるのにばたばたと走り寄った私を嫌な表情ひとつせず迎えてくれたリチャードさんに感謝しつつ、冒頭の質問を投げ掛けたのだ。

グラスに注がれた赤い液体…多分ワインかなにかを傾けながらリチャードさんは目を上方に泳がせる。


「どうして、ねえ。別に意味なんか込めちゃないけど。なんつーの?インスピレーション的なもので、ぱぱぱーっと。思い付いたよしこれ決定!って感じ」

「ぱぱぱーっと、ですか…」

「一々そういうのに拘る性格じゃないから、オレ」

「ああ、そうですよね、そうっぽいですもん」

「呼べる名前があれば、なんでもよかったんだよ」

「そっかぁ…やっぱりインスピレーションか…」

「なんか期待してたっぽいね。なんで?」

「いや……だってほら、ああいう異種族(フリーク)に『カナタ』って綺麗な名前付けるんだから、なんか意味あったのかなって、思っちゃうじゃないですか」

「えー、そうかあ?」


一生の相棒に名前を付けるんだから、親が子に名付けるみたいに大事に大事に、何か意味を持たせてこの子の人生を現し願えるような、そんな名前を考えなければと思っていた私にとってリチャードさんの解答は、予想通りだったが、がっかりもした。

多分そういうものに意味合いなんて求めなくてもいられる人なのだと思っていたから、この答えは別に、いいんだけど…。うん。参考にはなった。インスピレーション命。

それに、なにかしらあってもいいかなあ、なんて考えは甘かったんだろうな。

…けれど言葉通り、ああいう異種族(フリーク)に『カナタ』という名前を付けたのだから、なにかあるはずだとは期待したのに。

なにせ、カナタという麗しい名前に似合わず、リチャードさんの相棒は結構エグイ見た目をしているのだ。失礼だとは思うけれども、やはりあれはエグイとしか言いようがない。

脳内にその全身を思い浮かべて、ぶるっと身震いをした。

私があんまり昆虫類が得意じゃないのも理由ではあるが、それでもあれは万人受けしない。

私の思考が読めたのか、リチャードさんは悪戯っ子っぽい顔でにやっと笑った。


「百足っぽくない?」

「百足っぽくないと言うか…いや、じゃあどんなんだったら百足っぽいんだって話なんですけど…」


ハアム・カイロポッド。多足亜門ムカデ綱に属する節足動物の異種族(フリーク)のことだ。

一口で言うならばやたらとでかい百足。二言目にもやたらとでかい百足としか言いようがない。じめじめした場所に出てくるあのうごうごした小さな虫ではなく、とにかくやたらとでかい百足の異種族(フリーク)が、リチャードさんの相棒である。

測ったことはないが、というかきちんと近付いたこともないが、多分3メートルはあるはずだ。…これが結構、…やっぱりエグイ見た目をしている。なにしろ繰り返すが、無駄にでかい百足なのだ。わさわさした百以上は確実にある節足動物特有の足たち、筋肉質でやや黒光りした自由自在に折れ曲がる関節を持った身体、おまけに表情がない瞳とくればこれはもうえぐいとしか言いようがない。

とにかくデカイし。ほんっとにデカイんだから、あいつ…。


「可愛いんだけどなあ」

「…さすがに同意しかねます」


この人の感性はわからないと、えぐい相棒を持つのに反して優雅にグラスを傾ける整った顔立ちのリチャードさんの横顔を見て痛感した。




*****




「こんにちは。えっと、レリア・シュープリーです。ちゃんと挨拶に行くのが遅れてしまってすみませんでした」


二度目ましてと頭を下げると、向こうもぺこんと下げ返してくれた。

その姿がまた、大きな身体に反して小動物染みていて、ほんわかと胸の辺りが温かくなる。


「別に気にしてないよね、ダン」


ダンさんの隣にいたロヴィーナさんが彼の腰をぽんと叩く。それに応えてまた頷いたダンさんにほんわかと胸の辺りが……いやいや、もうやめよう。ダンさんは確かに癒されるけど、動物セラピーを受けにきたわけではないのだ、私は。

でもダンさんの仕草を見てしまうと胸きゅんして会話が進まないので、目を細めて視界をぼやかした。霞む視界の向こうでふたりが不思議な顔をしているのは予想が付くけど、すみませんがこのままでお願いします、と可笑しな願いを強行突破させた。

さて、一昨日はリチャードさんにパートナーに名前を付けた時のエピソード的なものを聞きに言って参考にするつもりだったのだが、微妙に不発で終わってしまったため、先輩方に聞いて回ることを未だに続行中である。

今日は偶然にもロビーに任務帰りのロヴィーナさんとダンさん見付けて、勢いで突撃した。こんなとこで挫けちゃいられん…!

任務帰りで疲れているだろうふたりを足止めするのは気がひけたけど、快く聞いてくれた彼等に胸の内の燃える闘士(ただパートナーの名前の由来を聞きたいだけという気持ち)をぶつけてみた。


「名前?って言うと…」

「ロヴィーナさんは、ディセルネちゃんですね」


一度だけ会ったことがある、ロヴィーナさんのパートナーのディセルネちゃん。確かソラビアックという種族の飛竜だった気がする。

主人に似たのか優しく聡明な瞳で、私が恐る恐る伸ばした指先を受け入れてくれた。

ロヴィーナさんが彼女に何故『ディセルネ』と名付けたのか、参考にするしないに関係なく興味があった。ロヴィーナさんなら、なにか理由がありそうだとも思う。


「聞いても楽しくはないと思うんだけどなあ。第一参考になるかどうか…」

「いえ!是非!お聞かせ下さい!」

「あはは、レリアちゃんがそこまで言うなら。あのね、『ディセルネ』って見分けるって意味なの。確かこの国よりずっと遠い国の言葉だったと思うんだけど…」

「ほうほう」

「で、僕のディセルネの能力がね、色々なものを『見分ける』んだよね。…そう、単純に『見分けられる』からディセルネにしちゃったんだけど…。我ながら安直だなあ。…詳しいことはまた今度、実際に見せて説明でもするね。じゃないとわかり難いよね」


苦笑を漏らして頬を掻くロヴィーナさんはなんだか恥ずかしそうだった。

もしかしたらパートナーの名前の由来を聞かれることが初めてで、話したのも初めてなのかもしれない。だったら悪いことしたかな、なんて思いつつも、ロヴィーナさんの提案に齧り付かずにはいられなかった。

だって、見せてくれるって!《竜騎士(ドラゴンライダー)》の真骨頂、ライダーと相棒のタッグ(正式名称を忘れてしまった…)を!私に!

わあーいと子供みたいに喜んで諸手を挙げる。


「えっ、いいんですか!」

「うん、もちろん。でも、ごめんね、なんか安直で。自分で言っててちょっと今さらながら吃驚したかも。…役に立ちそうかな?」

「はいっ、リチャードさんより数倍も!」

「リチャードにも聞いたの?あの人、インスピレーションって言ってたでしょ」

「言ってました。別に直感が悪いわけじゃないんですけど、私はなんか、折角だし凝った名前ってどうしても思っちゃって…」

「うん、わかるよ。でも、レリアちゃんが考えてくれたものだったら、直感であろうとなかろうと、あの子は喜ぶんじゃないのかなあ」

「…そうだと、いいんですけど」

「大丈夫だよ。あ、ちなみに隊長もインスピレーションらしいよ?」

「…ええっ!?えええええ!?」

「え、そんなに意外だった?」

「は、いや、ちがう、そうじゃなくて…ただ吃驚したって言うか…なんと言うか…。そうか、フレデリックさんも直感なのか…。…ちなみに、フレデリックさんの相棒さんはなんてお名前ですか…?」

「ラシパル」

「………」


それからは滔々と、そんな感じの会話をした。ちなみにダンさんは、今度直に自分の相棒を見せながら教えてくれるらしい。嬉しいなー、と単純に思ったが、口だと説明し難いの子なだとロヴィーナさんが言っていたことを思い出して、背筋が凍った。一体どんな子なんだ…?リチャードさんの子みたく、えぐくないといいな…。

疲れているふたりをこれ以上引き止めるのは嫌だったので、大量の感謝とちょっとの謝罪を述べてその場を後にする。


「うーん…」


色々な人に聞けたはいいが、どうもしっくりくる名前というのが浮かんでこない。

様々なことが浮かんでは溶けて定まらない思考を携えふらふらとWGSF内部を歩き回っていた私は…ふと気付いたら地下室にいた。しかも、どの部屋のドアよりも見慣れてしまった場所のまん前。

扉を一枚隔てて、彼がこの先にいる。


「……………」


自分のことながら笑ってしまう。

確かにそうだ。己の足取りに深く頷いた。

これは私ひとりの問題ではなく、彼と考えるべきことなのかもしれない。

本能でそう感じたのか、上の空の時に此処に辿り着くとか意外と私も捨てたものじゃないともう一度笑って、そのまま笑顔で扉を開いた。

ガチャン、とロックが開く音と同時に口を開け、室内に招き入れたドアを潜り抜ければ、優しい月をふたつ持つ彼が私を待っている。


「あのね、相談があるんだけど!」




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