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    大切なこと‐弐

付き合うって何に?訓練に決まってる。

単細胞丸出しで聞き返した私の首根っこを掴んでずるずると地下室にやってきた、私とフレデリックさんはただいま彼の前に佇んでいる。

とりあえずお前のパートナーに会わせろ、と言い放ったフレデリックさんに従って、傍で見守る私を軸に、フレデリックさんは宣言通り彼と対面中である。

私に対してはほぼ警戒心も敵意も見せなくなった彼であるが、未だに“人”に対しては拭いようのない負の感情を抱いているらしく、定期検査のため週一のペースでやってきてくれる特医さんにはバリバリの反抗を示す。そんな彼がいくら私がいるにしても大丈夫なのかなあ、と対面を申し込まれた時は不安だったけれど、今を見る限りではどうやら杞憂だったようだ。ロヴィーナさんと会った時も、彼は大した警戒心を見せなかった。プロのライダーって、もしかして異種族(フリーク)を手懐ける物質とか雰囲気とか纏ってるんじゃないのだろうか。ふんふんと鼻息を荒く、なんの気負いもなくフレデリックさんの匂いを嗅ぐ彼を見ていると、本当にそんな気がしてきた。まるで始めから友人であったかのように、彼は柑橘色の瞳にあたたかみを乗せて、フレデリックさんに興味を示している。

暴風に煽られてオールバックの髪型が見事に崩れ去ってしまったフレデリックさんを視界の端に、頭を回す。

巡るのは、少し前の会話である。

付き合うって何に?訓練に決まってる。

先ほど交わした会話を反芻する。

付き合うって何に?訓練に決まってる。

繰り返して繰り返して、今さらそうか、付き合ってくれるのか、なんて、言葉の意味が理解出来て、なんだかくすぐったくなった。いや、もうすでに目の前にいるんだけど…なんて言うか今さら、実感、みたいなものが湧き上がって来る。

…付き合って、くれるのか、…くんれん。

鼻息という突風に吹かれて目が乾くのか、しょぼしょぼと瞬きをするフレデリックさんの横顔を眺めて思う。

私の現状がどん詰まり状態だっていうことを誰が教えてくれたのか知らないけど、唐突に、こんな風に来てくれるということは、忙しい中貴重な時間を私のためにわざわざ割いてくれたということなんだろう。…そうだよね?

改めてしみじみと考えてみたら…それがとても嬉しかった。

ほんとうに、どうしようもなく行き詰っていたから、新たな風が吹き込んでくるのは有り難かった。思っていたよりも随分落ちていた自分に苦笑する。

これでなにか、変わるなり進歩するなりすればいいんだけど…。

思う存分匂いを嗅いだので満足したのか、暴風を吐き出していた鼻先を私に向けてきた彼の鱗を撫でる。よしよし、と撫で撫ですれば、幸せそうに瞳を細める彼に、私まで嬉しくなった。…うん、頑張んなきゃね。


「名前は?」

「え?」


突然横から伸びてきた手が、彼の鼻面を私と一緒に撫でる。

驚いて横を振り向くと、フレデリックさんが伸ばした、制服に包まれた腕が見えた。

鱗と鱗の境をなぞるように優しく辿って辿り着いた先、鼻面をぺふんと柔らかく叩く。

手のひらを享受して大人しい彼にも驚いたし、なによりフレデリックさんがそういうことをする人だとは思わなかったからそれにも驚いた。

失礼だとか、そんな常識は何処かに吹っ飛んでしまって、繁々とフレデリックさんの横顔を眺めてしまう。

せっかく整えられていた髪型が無残にも寝癖みたいに荒れているのも気にしないで、そうして彼を撫でてあやすフレデリックさんの眼光は、気のせいかもしれないけど、僅かに緩んでいるように見えた。

…すき、なのかな、異種族(フリーク)

人は一番初めに判断する基準はどうしても外見になってしまうが、やはり人は見た目ではわからないのかもしれない。馬鹿みたいにビビって(人見知り激しいんだよ、私!)…まあ実際いまも緊張してないわけではないけど、怖がり過ぎて馴染めなかった始めて顔を合わせた日のことをちょっと後悔した。…この鶏以下のビビり症、どうにかしなきゃなあ。こんな性格のおかげで損してきたことはまだ20年も生きてないのにいっぱいある。

…なんてことをとりとめもなく、つらつらとフレデリックさんの横顔を眺めながら考えていたから、その彼本人が問うた言葉に気付かなかった。

ぼうっと呆けている私を不審に思ったのか、僅かに怪訝そうな顔をしたフレデリックさんがこちらを向く。


「名前は?」

「え」


そこではじめてフレデリックさんのことを凝視し続けていた事実に気付いて、訳もなく周囲を見渡してしまった。

だ、だって、いや私なにしてるんだろう…!

雑念をぶんぶんと頭を振って振り払う。そんな私を更に怪訝な顔をしたフレデリックさんが見てくるが、気にしちゃいられない。

色々テンパった思考を正常値に戻し、改めて質問の意味を噛み砕いて答えを口にした。


「レリアです。…え?なまえ?」


言ってから気付く。名前って、どういう意味だ…?私のなまえ…か?

でも二ロバニアさんと居た時には、間違いなく私の名前を呼んでくれたと正確に記憶している。だってめちゃくちゃ嬉しかったんだもん。あ、名前覚えててくれたんだー、って。間違いようも、忘れようもない。ということは、覚えて知っていてなおかつ使用した私の名前を聞く可能性は限りなく低いということだ。

じゃあ、私じゃなければ誰の…?

フレデリックさんの問いと自分の答えにぴた、と動きを止めた私を不思議に思ったのか、彼が湿った鼻先をぐいぐいと左半身に押し付けてくる。うう、こういうスキンシップを自ら進んでしてきてくれるようになったのは凄い進歩だよなああ、と場違いに感動するが、むろんそんなことをしている場合ではない。

御伺い立てるようにそろっとフレデリックさんを覗き見ると、半ば呆れ気味に答えくれた。


「お前のじゃない。こいつのだ」

「あ、この子の…。えっと、まだ考え中で、決まってないんです。ペットにつけるわけじゃないから、どうしても簡単に決められなくて」

「わかっているなら尚更、何故付けてやらない?」

「は…」


問われた言葉の意味がわかって、だから改めて応え直した。今、私が思って感じて出来あがった現状を正直に。だけどそれは不正解で…違う、正解もなにもないのかもしれない。だってフレデリックさんはそれが否とも応とも言っていない。

でも、これだけはわかった。私が感じた問い掛けの真意と、フレデリックさんが発した問い掛けの真意は違う。だから根本がずれているのだ。

だから…違う?やっぱり不正解なのか。


「こいつはお前のペットじゃないんだろう。ならなんだ。他人か?それとも友人か?違うだろ。こいつはお前のパートナーだ」

「…はい」


此処にきてから今まで、ずっと周りから言われ続けた言葉だ。

彼は私の相棒である。わかってる。私だってそのつもりで、そういう心積もりで彼に接してきた。そうしたら少しずつ、心を開いてくれて、仲良くなれて。背中には乗せてくれないけど、でもそれ以外ではちゃんと繋がっているんだって、そう思える程度には仲良く、なれているつもりでいた。…少なくとも、私は。

私にとって彼は相棒だけど、彼にとって私はなんなんだろう。

左半身に感じる湿ったあたたかみをちらりと見る。大きくも鋭い彼の双眸と目が合って、心の中で問い掛けた。君にとっての、私はなんですか、と。


「けど、あくまでもそれはお前にとってなんだろう?」

「…ですね」


応えるように優雅な瞬きを一回、二回。時折見せるなにかを私に伝えようとする眼差しが今まさに此処にあって、フレデリックさんの真意と重なった。

独りよがりで、片付けてはいけないのだ。私は彼と仲良くなることが目標じゃない。

パートナーに、《竜騎士(ドラゴンライダー)》になるための相棒に、彼になってもらわなくてはいけないのだ。私だけの押し付けじゃなく、私の一方通行でなく。

なにかを言いたがってそれを告げようとしているのに、まだまだ非力な私には彼のコトバがわからない。それでも変わらず優しい瞳と、寄り添う冷たくも温かい身体が心に染みた。


「今まで自由気ままに生きてきたのに突然人間の利己的な理由だけで捕えられて、あれをしろこれをしろ、これをするなあれをするな、挙げ句には背に乗せて飛べだなんて偉そうに命令されたらお前だって嫌だろうが」

「……、はい」

「ライダーと竜の関係は、“信頼の上に成り立っている忠誠”でなければならない。…俺の師が残した言葉だ。群れのように強者に着いて行くのは間違いではないが、それでは俺たちライダーには意味がない。人として、彼等と向き合うことを捨てたらお終いだ」

「……はい」

「《竜騎士(ドラゴンライダー)》は所詮、竜がいなけりゃただの人でしかない。俺たちライダーにとって竜は何物にも代え難い相棒だ。…わかるな?」

「…はいっ」


わかった。教えてもらった。彼に、フレデリックさんに。

私はこの子と友達になりたいんじゃない。仲良くお手繋いでめでたしめでたし、目指す場所はそんなところじゃない。それではいけない。

だってこんなにも、彼は言いたいことがあると瞳を言葉に変えているのに。背中に乗せてくれないのも、だと言うのに態度を変えなかったのも、すべて彼なりのメッセージだったのだ。どうして今まで聞いてやれなかったのか。…でも、今さら後悔してもしょうがないじゃないか。結局は過ぎたことだ。…よね。

そういう想いを込めて、彼に指先を伸ばした。

いつもと変わらず何も言うことなく頭を下げて受け入れてくれた鱗に触れて、撫でる。


「ごめん。私もっと、頑張るから。…頑張れるよ。がんば、ろうね」


ふしゅ、と蒸気みたいな鼻息で答えてくれた彼に微笑む。

うん、ありがとう。頑張るから、見ててね。


「フレデリックさん!」


いつの間にか手に馴染むようになった冷たい鱗から手を離して、お腹に溜めた力で声を吐き出した。自分でも吃驚するくらい大きな声が出たけど、気にしない。

少しだけ驚いたような表情で、でもすぐにいつものあのちょっと…結構怖い顔に戻ったフレデリックさんは、なんだと言った。その声が、表情が、ほんの数分前より柔らかく見えるのは目の錯覚じゃないと思いたい。


「ありがとうございました!私、頑張ります!ひとりでじゃなくて、この子と一緒に!この子が一緒に、頑張ってくれるように!」


直角よりさらに深く腰を折る。トレーニングの甲斐あってか、今までの私とは比べ物にならないくらい深く頭が下がった。折ってそのまま十秒キープ、その後がばっと勢い良く顔を上げた先に、緩く微笑むフレデリックさんの顔があって、なんだかちょっと、泣きたくなった。




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