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18話:三度の対面

――騎手の方が尻込みしてどうする。

二ロバニアさんが教えてくれた言葉を心の中で繰り返すと、幾分気持ちが前向きになった。うんそうだ、私が動かなきゃなにもはじまらないじゃないか。


「……………」


心の中で繰り返した合言葉は、しかし“彼”とちらりと視線を合わせた瞬間に木端微塵に砕かれてさらさらと消えてしまった。

騎手の方が尻込みしてどうする、…だって?そう割り切れて動けたらどんなに楽か。出来るんだったら最初からやってるんですけど!

この場にいない二ロバニアさんに八つ当たり半分に逆ギレして、あまりの緊迫に可笑しな方向に作動した怒りの気持ちが地団太を踏みそうになるのをぐっと堪えた。

…そんなことして生きていられる自信が私にはない。


「…あの、ですね……」


二ロバニアさんがそろそろ会って来ーい!とダイナミックに私と“彼”とのデート(仮)を決めてしまってから、結局名前も決まらないまま時間は無常にも過ぎ去り、いやだいやだと胃を痛める私を無視して、…そして会いに来てしまっているという今の状況に至る。

ここでもまた、何も出来ないまま時間は無常にも過ぎ去って行くばかりだ。


「………そ……その…」


…見られている。それも凄く。かなり真剣に。まるで視線の糸でぐるっぐるの雁字搦めにしようと企んでいるかの如く、見詰められている。

そこには打算等の邪な感情は一切なく、ただ本当に純粋なる本能のままに私を直視してくるものだから、余計どうしていいのかわからなくなるのだ。

私が胸を動かして呼吸をするだとか、緊張でいつもの倍はしている瞼の動きだとか、そういった小さな一挙一動全てを見逃すまいと、目玉を動かすどころか瞬きさえ極力しないその姿勢には、可笑しな話かもしれないけれど感服する。静かに、なんの音も立てずただ私に神経の全てを集中させているのが肌を通して伝わってくる、それがまた負担となって私を押し潰そうとする。

ひっひふー、となにを生み出そうとしているのかわからないラマーズ法で息を整えながら騎手の方が尻込みしてどうする騎手の方が尻込みしてどうすると、とにかく心の中で繰り返すが、そんなことをしているうちに自分でもなにを唱えているのかわからなくなった。


「きしゅのほうがしりごみしてどうするきしゅのほうがしりごみしてどうするきしゅのほうがしりごみしてどうするきしゅがしりごみどうするしてしり…」


…冗談じゃなく威圧感に殺されそうだ。

未だ確認出来ていない異種族(フリーク)が世界中にまだごまんといると言われている中、それでも揺るぎなく頂点に君臨するとされている竜が目の前にいると考えるだけで、もうどうしようもない。

そんな竜の背中目掛けて石を投げてしまったという事実が、今更になって威圧感と共に圧し掛かって来る。おまけに、投げ付けて当ててしまった当人とご対面中とくれば、これはもうこうやって生きているだけで丸儲けと考えるべきだろうか。

どうすればいい?どうしたらこの状況を打破出来るのだろう。

大体そもそも、どうしてそんなに刺すような視線を私に送り続けているのだろうか。

己の内に湧き上がった疑問は、けれどさして悩むまでもなくすぐに答えが見つかった。

…なんとなく、ほんとうになんとなくだけど、たぶん、…“私”だからなのだろう。

可笑しな自意識過剰ではない。と思う。

私の中にもぼんやりとある、見ず知らずの竜を目にするのと今目の前にいる“彼”を見るのとでは何か違う感情が働く不思議な感覚が、きっと“彼”の中にもあるのだろう。

なにが、と問われても明確な説明は出来ないけれど、ほんとうに微かで微弱ではあるが、それでも一度だけ、“彼”と私が《干渉(コネクション)》をしたことがあると胸の内で知らせてくれる、ナニか。

それが私同様、“彼”の中で燻っているに違いない。


「き、きしゅのほうがしりごみしてどうする…きしゅ、しりごみきしゅ…」


だからきっと“彼”は、生来感じたことのない感情を私のことを見極めることで理解しようとしているのだと思うし、私の出方も窺っているはずだ。

“彼”が何十、何百を生きているかは知らないが、明らかに私なんかより長い人生で、取るに足りない人間の小娘如きに感じたこともない感情を抱くのは彼等竜にとって耐えがたい屈辱ではないことを祈りつつ、詰めていた息をか細く吐き出した。

…仕方ないとは思う。やっぱり襲いかかってこないだけかなりいいとも思う。

でもね、そうは言ってもね……いくらなんでも、見過ぎじゃない…?

全身隈無く余すとこなく視界に入れられているものだから、どこに目線をやっていいのかいまいちわからなくて視線が馬鹿みたいに泳ぐ。

わかる。気持ちはとてもよくわかる。見極めたいのも、私だってなんとなくしか原理を理解していないし、理解していてもこの気持ちは不思議で仕方ないのだから、これっぽっちも原理なんか知らない“彼”したら不明瞭過ぎてもう気持ち悪いだろう。

それでもさすがに、限度というものがありはしませんか…?

竜という種族は、もう少し己が下位の者たちに及ぼす影響力を自覚すべきだ。

ぎらぎらと輝く瞳はいくら知能が高いと言われていようが結局は動物の本能で鋭く爬虫類的で感情が読み取れない、時折覗く一本一本が私の腕より太い牙は恐怖しか煽らないし、なにより威風堂々傲岸不遜、纏うオーラが冷たく痛いのは、たったそれだけで、でも一番の凶器になる。まさに王者の風格だ。無条件で平伏したくなる。

…無理だ、考えなくったって私より遥か彼方ランクが上な“彼”と分かり合うだなんて、まして名前を付けて騎乗しろ?

遠回しに自殺しろって言ってるのと同じだ!

突き付けられた条件が高い壁となって行く手を塞ぐ。緊張からか背中なんか冷や汗でびっちょりで、足だってそこだけ局部的寒さに襲われたみたくがたがたと震えている。

どうしたものかと半ば諦めかけた思考でそれでもなお、一生懸命に考えるが、良い案なんてひとつも思い浮かばなかった。

ぎらりと輝く竜の大きな瞳が私の頬に流れる汗を見詰めるそれに、背筋が凍る。

確か、ここに連れて来てもらう時にリチャードさんがよっぽどのことがなければ襲われることはないんじゃない、とかなんとか言って下さったが、そのよっぽどがなんなのかを聞いてくればよかったかもしれない…。


「あの…」


定まらない視線で相手をどうにか見ながらか細く声を上げてみるが、無論そんなことでどうにかなる相手ではないのか十も承知だ。

回遊魚のように泳ぐ視線と千鳥足のように覚束ない声音で、あのとかそのとかえーととか、意味を成さない単語しか吐き出せない自分を心の中で呪った。

知能が高い竜に話しかけるのは可笑しなことではない。

けれど、大して親しくもない人間に唸るにも近い単語の数々を発せられたくらいでは、いくら竜の知能が高くとも意味を汲むことは不可能に近い…とわかっていながらも、結局は短い母音程度しか口からは出てこない。

むしろなにを話せばいいのか、それ自体が不明だ。

竜と会話って、なにをどうすればいいのだろう?犬猫に話しかけるノリでいいの…?

今日はいい天気ですね?…生憎とここは地下だ。

私、レリア・シュープリーといいます?…だからなんだ。それがどうした。

気分は如何?…どう考えたって麗しくない答えが返って来るとしか思えない。

元気ですか?…そんなもの見ればわかる。…たぶん、元気だ。

初めて会ったあの日と、WGSFに訪れた日以来、私は“彼”と会っていなかった。

かなりインパクト大の出会い方をしちゃったものだから、私が“彼”に対して小さなトラウマを抱えてしまっていたのも理由のひとつだが、それよりも“彼”自身が負っていた傷の方が問題だったのだと思う。

初対面の時、“彼”が人間とフリークの、双方どちらにも何ひとつ利益にもならないような首都への侵入を犯してまで、人の街に逃れなければならなった原因のひとつが、多分その怪我だった。

空の王者と称される竜である“彼”は、あの時とんでもない大怪我を負っていた。

滅多なことでは傷付かない鱗に覆われた巨体は血に濡れ、折れてしまったらしい各所の骨が皮膚を突き破って顔を覗かせ、口から洩れるのは荒い息と大量の血液、ほんとにどうして今生きているのか不思議になるくらい、“彼”は重症だった。

そんな風に瀕死の状態で、どうにかこうにか正気を取り戻したらしい“彼”はライダーとの衝突を避けるために痛む身体に鞭打ってその場を飛び立ち、そうして再びこのWGSFで再会した時も初対面の時とさして変わらぬ状態だったにも関わらず、…今ここにいる “彼”の身体は、あの時の重体の見る影もなく完璧に、本来の誇るべき逞しく強靭な元の四体に戻っていた。

死にかけだったというのに、人間には考えられないほどとんでもない回復力である。

まあ、生命力の強さと寿命の長さは他の生物の類を見ないほど飛び抜けて凄いらしいから、私と別れた日から約一ヶ月は経っているし、納得と言えば納得なのだけど。

更にここは政府機関であって、ライダーの本部でもあるのだから竜の怪我の面倒などお茶の子さいさいであるだろう。普通に考えれば滅多なことがない限り、最悪の事態などそうそうないはずだ。

…と、いうわけで、“彼”はたぶん元気だ。

頭の中で作成したいくつかの会話の取っ掛かりに、全部自分で数秒とせずに全部却下マークの判子を押してしまって落ち込む。

いや、自業自得なんだけど…ここまでなにも出来ないとね…。


「……話題がないです二ロバニアさん…」


ヘタレだ、チキンだ。救えないほどのビビりだ、私は。

でも、へたに大きな言動で刺激して襲われたりしたら笑い話にもならないじゃないか。

“彼”の巨体に巻き付く拘束具が目に入らないわけではない。万が一なにかあったら、あの拘束具が締め付けてくれるし、場合によっては微弱な電気が流れて失神させることも可能らしい、まさに私にとっては心の拠り所だ。

でも、もしかしたら大丈夫なんじゃないかと思う気持ちが頭の何処かにあるのも事実だった。なにが大丈夫って、そんなに怖がらなくとも、“彼”は私に危害なんか加えないんじゃないかって意味の、ダイジョウブ。

恐怖よりも、どちらかと言えば緊張の方が断然勝って私の身体を固くしているのは自分のことだから自分がいちばんわかっているし、なにより会いに来てからの数十分間、“彼”はほんとうにただ私のことを見詰めるだけだ。

食べてやろうとか、殺してやろうとか、悪意に似たものの欠片も感じない。

…《竜騎士(ドラゴンライダー)》どころか《支配者(ルーラー)》としての資格すらない私が言ったところでなんの確証もないが、…きっと、平気なんじゃないかと思う気持ちは確実にある。


「……うんよし」


ぐるぐる内臓辺りを回る負の感情を振り払うようにして、私はなんとか顔を上げた。

大きな鰐のような蜥蜴のような爬虫系統の顔付きの、“彼”と目が合う。

ここに来てからの数十分で、ようやっと正面から視線を交わらせることが出来た。

煌々とした輝きを放つ“彼”の瞳を半ば意地になって見詰め返して…。


「先輩に相談だ」


ここまでが私の限界だ。

…やっぱり私はビビりなのである。





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