ささやかな覚悟‐弐
車内は快適としか言いようのない完璧な内装だった。
シートは家のソファよりふかふかだし、気温は暑くもなく寒くもなくて丁度良いし、微かにステレオから聞こえてくる品の良いジャズは耳を癒してくれるし、おまけに車内には冷蔵庫とか大きなホログラフィーのTVとかが取り付けられている。娯楽もばっちりだね!
…なんだかぶっちゃけ凄過ぎてなにがなんだかよくわかんないのだが、そんなことよりもこれからがタイヘン気になる私にとっては高級車スゲーとか思う余裕がなかった。
「うええええ…なんか吐きそう…。主に心臓とか」
「そんなに緊張するな。別に取って食おうってわけじゃない」
「取って食われた方がどんなにいいか…!」
私のあまりのビビりようを見兼ねたのか二ロバニアさんが背中を優しく叩いてくれる。
しかしそれも生憎とあんまり効果はないみたいで、私の心臓は相変わらず激しくタップを踏んだままだ。心配してくれる気持ちは凄くありがたいのですがね…。うう、申し訳ない。
「列車の中じゃそんなに緊張してなかっただろうに。どうした?」
「や、なんかあの時は意識してなかったと言うか…覚悟が足りなかったと言うか……。まあどう考えても自業自得なんですけどねあははは、は、ははー…」
情けないから笑いが車内に木霊する。
笑うしかないと言うのはこういう状況を言うに違いないとか思いながら緊張で冷え切った手を膝の上で組んだ。あっためられるかなこんなんで…。
「レリア…」
「えっ?なんですか?」
冷えた手を温めようとするそんな私の返答を聞いた二ロバニアさんが、何故か困ったように眉を下げて私の顔を覗き込んできた。…どっちかと言うと厳つい感じの顔をしている彼がそんな表情をすると、失礼だけどなんだか違和感がある気がする。
どうかしたのかと首を傾げた私を見て、二ロバニアさんは突然こう言った。
悪い、と。
「…え?は?……えっ?」
「いや、俺のせいだと思ってな」
「な、なにがですか?」
なんで二ロバニアさんが謝るのかわからなくて頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
さっきの会話で彼が謝らなければいけないところがあっただろうか?…残念ながら私にはわからない。どっちかと言うと迷惑かけてるの私じゃないの…?
困惑して今度は私が眉を下げる。
「ここまでお前を連れて来たのは俺だろう。きちんと説明して、お前を納得させてやれなかった」
「………へ」
眉を下げて情けない顔をしたばかりの私の表情が二ロバニアさんの台詞で驚きの表情に変わった。
つまり二ロバニアさんは今、私がドギマギ緊張をしているのは自分のせいだと、そう言いたいのだろうか…?頭の中でその憶測を噛み締めて、それから私は悪いと言った言葉通りはなんだか申し訳なさそうな顔をしている二ロバニアさんに向かってぶるんぶるんと顔を振って見せた。
「いやいや、でも決めたのは結局私ですし!」
「流されたんじゃないのか」
「お、………………………………いやでもけっきょくきめたのはわたしですし」
確かに少しばかり流されたかもしれないが、それでも決めたのはきっと私であることに変わりはない。てゆーか自分の言葉で改めて気付いた。うん。…結局決めたのは私じゃんね?
決めたのは私ですよー、という目で二ロバニアさんを見詰めると、彼は渋い顔をしてでもと言い募った。
「…棒読みだぞ、レリア」
「…気のせいってことにしといて下さい。でもほんとに、二ロバニアさんのせいとかじゃないですから」
私は自分でも吃驚するくらいマイナス思考でいつも肝心な所で失敗ばかりで情けない性格だけど、でも、せめてだからこそ、そう言ったダメな部分とか出来事とかを人のせいにするのは嫌だった。今も然り、これからも然り。偉そうなことを言えるほど自分でそれが出来ているかと問われれば即NOだけど、でも出来るかどうかは別として、努力くらいはしなければ…とか、また偉そうなことを言ってみる。
「私は、実の所まだ自分が《竜騎士》になれるっていう実感が湧いてなくて、流されてしまってるようにも見え…って言うよりもしかしたら流されたのかもしれないですけど、でもやっぱりここにいるのは私の意志だと思うんです。…そう思いたいです」
この私が天下の《竜騎士》なんて、夢じゃないのか、ってそう考えてしまう。そう考えるのが当たり前さえとも思える。
でも、うだうだうじうじばっかりしていられないのだ。
覚悟を、今更だけれど決めなければ。まだライダーになった訳でないが、なれる覚悟を。
「…レリア」
「だ、だいじょぶですよ。緊張、するけど。腹も括りますし、…今からだけど」
大丈夫だから平気だからと自分に言い聞かせないとホントは怖くて仕方ないのが残念過ぎる現在の現状だが、やっぱり今のこの状況は彼のせいではないのだ。
これ以上迷惑や心配はかけたくない。
「しかしだな…」
「平気ですって。だって、二ロバニアさんも一緒に来てくれるんでしょう?」
いくら大丈夫だと言っても納得してくれない二ロバニアさんにそう笑いかける。
多分、頬とか口許が引き攣ったみっともない笑顔だったはずだ。
でもきっと、おそらくだけど私は大丈夫なのだ。
だって母が笑顔で送り出してくれた。卑屈な私とは正反対な明るくて前向きなお母さん。
きっと私を信じてくれているに違いない。私以上に、母は私を信じている。
あなたは父さんの子供だから、きっと立派な軍人になるわ。大丈夫、頑張って。
お母さんが別れ際に言ってくれた台詞を思い出す。
大丈夫。
ドラゴンライダーが危ない職業だと知った上で、あんなことがあった手前なのに、お母さんは私を笑顔で送り出してくれた。
大丈夫。きっと、大丈夫だから。
「ああ、そうだな。もちろんだとも」
私の引き攣った笑みに二ロバニアさんが悪戯っ子みたいな悪そうな笑顔を返してくる。
その無駄に頼もしい笑顔に緊張が少しだけ吹っ飛んだ。