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12話:はじまりの鳴き声‐壱

「ここが、WGSF本部……」


TVで何度も見たことはある。

けれど自分の目で実際に、それもこんな間近で見るとなると感じることとか雰囲気だとか、そう言ったものが全然違うような気がした。

数え切れないほどの人が忙しなく行き来するエントランスホール、とでも言えばいいのか、とにかくWGSF本部に入ってすぐの所にある受付やら各階に繋がる階段やエスカレーターなどが集結してある広間のような場所で私は唖然と佇んでいた。

だってすごいんだよー…。外からこのWGSF本部を見た時は中の様子がまったく窺えなかったのに、いざ本部内に入ってみると壁360度どころか天井までも透け透けで、中からは外の様子が丸見えだった。

試しに高い天井を仰いでみると、青い空と白い雲がクリアに見える。加工硝子みたいなものなんだろうか。生憎と私にそこん所の知識はないのでわからないが、とにかくなんかすごい技術なんだろう。金かかってんな…とか考えながら今度は視線を真下に持っていく。

壁も天井も透けてるのなら床はどうだろうと考えての行動だったが、さすがに地面は透けてない普通の床だった。…ちょっと残念。


「レリアはここに入るのは初めてなんだったか」

「…ですね」


隣にいるニロバニアさんの問いに心ここに在らずな体で答える。

失礼な気がビシバシするが、残念なことに私は今TVでしか見たことのないWGSF本部を生で観賞するのにとてつもなく忙しいのだ。だめだ興奮でどうにかなりそう。

そんな私の思いを察したのか、それとも余りにも私の態度がわかり易かったのか、二ロバニアさんは、俺は手続きをしてくるからその間ならここにいていいから、と言い残して何処かに去って行った。

どうもありがとうございます、心の中で二ロバニアさんに3回くらい感謝を述べる。

それからこの時間を無駄にしてなるものかと私は目を皿のようにして本部のエントランスホールを舐めまわ…あ、いや、見回した。

360度見渡す限り外の様子が見えるので、なんだか室内にいる気がしない。

ストレスを感じさせないような開放感溢れる職場で、しかしざかざかと、そんなに忙しそうにしなくてもと心配になるくらいエントランスホールにいるたくさんの人たちの動きは忙しない。みな一様に携帯を片手になにかしたりホログラム式の資料を見ながら誰かと会話したり大量の機材か何かを抱えて走ったりと仕事に勤しんでいる。その中には制服というか軍服というか、とにかく一目で軍の関係者だとわかる人間もいれば、明らかに私服の一般人、みたいな人もいる。なんの違いだろう?なんて頭を捻ってからああそうだと思い出した。


「……確かWGSF本部及び政府のなんちゃら機関なんとかは一部だけだけど一般人も入れるんだったよね」


説明が不確か過ぎるのはこの際無視だ。

よくよく気を付けて駆けずり回っている人々の間を見ると、私と同じように辺りをきょろきょろしている人もいっぱいいる。多分見学者とか、そういった類の方たちだろう。

見通しが良過ぎるエントランスホール内を存分に堪能して、それからふうと一息吐いた。

さっきまであのWGSFの本部にいるという感激から緊張も何も忘れてひとりで静かに興奮していたが、少し正気に帰るとなんだかとんでもない所に来てしまったという思いが蘇る。

興奮に上塗りされていた緊張もひょろと顔を覗かせた。


「ああああー…うーん……」


相変わらず現金な自分の感情に苦笑を禁じ得ない。己のことながら呆れるなあ…。

しかしリムジンでの二ロバニアさんとの会話や覚悟というか多少なりとも腹を括ったので、手足が震えたりとか気持ち悪くなるとか、そこまではいかないのが唯一の救いか。

緊張はともかく、冷静に周囲を見られるようになったので二ロバニアさんが何処に行ったのか探してみる。

受付にはいないし、働く人々に紛れてもいない。外に行ったわけでもないだろうし、確か手続きがどうとかこうとか言っていた気が…。何処に行ったんだろう。

さっきとは違った意味できょろきょろと豪華なWGSFの本部内に視線を走らせる。

あっちにもいないし、こっちにもいない。…ほんとに何処行ったのあの人。


「二ロバニアさーん…?」

「おう、なんだ?」

「ひょっ…!?」


聞こえるわけないだろうけど、それでも探し人の名前を呼んでみた私の背後からここ何日かで聞き慣れた声がしたものだから、思わず地面から両足が3~4cmほど浮くくらい飛び上がってしまった。慌てて声のした方を振り返ると、ちょっと楽しげに笑っている探し人こと二ロバニアさんの姿が。


「びっ…吃驚したじゃないですか!」

「俺の名前を呼んだのはお前だろう?」

「いやそうなんですけど!そういうんじゃなくてなんて言うか、あのー……ねえ?あるじゃないですか、もっとこう、背後からとかじゃなくて…なんかこう…」


名前を呼んだのは確かに私だからと少し言い淀むと、二ロバニアさんが笑いながら悪かった悪かったと謝ってきた。すごく子供扱いされてるしあのくらい言い返せよ自分、とか思いながらもその謝罪を大人しく受けておく。

私はこう見えてわりと大人なんだからね!


「…で、二ロバニアさんは何処に行ってたんですか?」

「ああ、とりあえず御上にライダー候補を連れて来たって報告と、お前のWGSF本部内での身分証の発行にな」


そう言って二ロバニアさんが私に手渡してくれたのは学生証にそっくりな薄いプラスチック製のカードだった。小難しく長ったらしい文字の羅列の下にレリア・シュープリーという私のフルネームと、それから半端ににやけた不気味な私の顔写真が…ってなにこれ!?


「ちょっ、二ロバニアさん!なんで私の顔写真がここに載ってるんですか!?てゆーかいつの間に撮ったんですか!?」


渡されたカードに載っている私のぶさいくな写真に見覚えがなくて、思わず二ロバニアさんに掴みかかった。だってこれ撮られた心当たりがないんだもん…!


「さっきだな」

「さっき…?」


掴みかかった私を物ともせずに二ロバニアさんはついさっきだと呟く。

さっき、さっき、ついさっき…?

二ロバニアさんの言葉を脳内で反復する。それから5秒後、思い当たる節を見付けて私はぎゃあと叫び声を上げた。


「さっきって私が建物観賞していた時ですか!?」

「おお、そうだな、たぶん」

「だからこんな不気味に、にやけてるんだ…!」


確かめるためにカードに目をやって写真を見みると、写真の中の微妙に微笑んでいる私と目が合った。

………自分のあまりにも気持ち悪いにやけ具合に今にも気を失いそうだ。


「な、なんで言ってくれなかったんですか写真撮るって!しかも私撮られたの気付かなかったんですけど今の今まで!」

「写真のことを伝えなかったのは悪かったって。撮られたのに気付かなかったのは…俺のせいか?」

「ことの発端はあなたでしょ!?」

「そう言われると……そうだな。すまん」

「うわああああああん!素直に謝られたあああああ」


ぎゃんぎゃん吠えて噛み付く私の腕を引いて二ロバニアさんが歩き出す。

エントランスホールで働いている方々や一般の人々から騒ぐ私に激しい視線を感じるが、そんなことは今さら知ったことじゃない。だってモザイクかけなきゃいけないくらいぶさいくで不気味な笑みを写真の私は浮かべているのだ。激写されたどころの話ではない。

乙女として生きていく気力と自信を根こそぎ奪われたと言ってもいいくらい、この写真の私は酷いのである。


「撮り直しをっ、撮り直しを要求するっ!」

「また後でいくらでも撮り直させてやるから、今はそれで我慢してくれ」

「うう、生き恥を晒すとはこのことよ…!」


どうどうなんて宥められつつ、私は二ロバニアさんに腕を引かれたままWGSF本部、エントランスホールなどの一般公開されていない、本当の意味での内部に入って行く。

エスカレーターやエレベーターを乗り継いだり薄暗い通路を通ったりしながら二ロバニアさんは迷うことなく進んで行く。後でひとりで帰れとか言われても無理だとか写真ほんとにどうしようとか、下らないことを考えているうちに二ロバニアさんの歩みが止まった。

どうやらここが目的地らしい。


「地下室だ」

「え、ここが?」


引かれていた腕を離してもらって、二ロバニアさんが指差した方を見る。

地下だという彼の言葉通り空気がひんやりしている気はするが、エスカレーターやエレベーターで昇ったり降りたりをたくさんしたものだから“地下”にいるという実感がどうも湧かない。降りるはともかく昇ったりもしたからかな?

二ロバニアさんが示した場所にあるドアもいかにも地下室!といった雰囲気ではないから余計なのかもしれないなあ、なんて思った。


「ここにお前に会わせたいのがいてな」

「あ、駅で言ってた…?」

「ああ。お前がこいつに会わなきゃなにも始まらん」


私の上司になる人…とかですか?首を傾げて一番妥当だと考えられる答えを問えば、しかし二ロバニアさんは私のその質問に曖昧に笑っただけだった。

あ、なんかヤな予感…。

二ロバニアさんの微笑みに背筋が凍る。なんだかんだ言って二ロバニアさんって実は私に不幸を運んでくる宅急便のおっちゃんのような気がしてきたのだ。…笑っちゃないでさくっと教えてくれればいいのに。

二ロバニアさんの微妙過ぎる返答(果たしてあれを返答と呼ぶのだろうか…)に緊張がまたせり上がってきて手足が急速に冷えていくのがわかった。

おおおお、心臓が早鐘を打ち出したぞ…。

そこでふっ、と気が付いた。

写真のショックで緊張など感じる暇がなかった…と言うのはいくらか大袈裟すぎるが、それでも私はさっきここに来るまでは大した緊張を感じていなかったように思える。普通にここに来るよりかは全然マシだったはずだ、緊張度合が。ぎゃあぎゃあ騒いでいたから、いくらか緊張が緩和できたのだろうか。

まさかそこまで計算してあんな写真を撮ったのだろうかと隣にいる二ロバニアさんを見上げると、視線に気が付いたらしい彼は何故かばちこーんと私に向かってウインクをしてくれた。

……なんでウインク…?私は40は確実に過ぎているだろうおっさん、しかもわりと強面気味の人からウインクを貰って喜ぶような特殊な人間ではないぞ…。

でも写真の真相はどうであれ、今の二ロバニアさんのウインクで少しだけ肩の力が抜けた。おじさんのウインクはそれなりに効果があったらしい。


「大丈夫だ。車の中で言っただろう」

「…一緒に来てくれるって?」

「ああ」


ウインクにちょっとだけ噴き出した私に気分を害した様子もなく二ロバニアさんがそう言ってくれる。

それがウインク以上に心強くて、同時にとても嬉しかった。

…たとえ今から私が入ろうとしている地下室から信じられないくらいの大音量で轟音かと思っちゃうほどとてつもない雄叫びが聞こえたとしても頑張ってその中に入ろうとか無謀なことを一瞬でも考えるくらいには、だ。


「…………………………すみません私やっぱり帰る」

「駄目に決まってるだろう」

「…デスヨネー」




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