閑話 アマルティア
アマル視点のお話。
闇が後退し、室内はぼやけような薄青色に染まっていた。朝日はまだ暫く顔を出さないだろうが、それでも十分部屋の中を見渡すことができる明るさであった。
そろそろ、起きないといけない。
頭では分かってはいるが、離れがたい。
私は未練がましくもアンディ様の厚い胸板に頬を擦り付ける。こうすることで私の匂いが一生アンディ様の身に纏わり付けば良いのにと思った。そうすれば、この浅ましい独占欲も満たされるだろうか。
そこまで考えて、思わず失笑してしまった。この強烈な独占欲は決して無くなることはない。私が私であるかぎり、その炎は胸を焦がし、燻る。
それほどまで、私はアンディ様をお慕いしている。
好きで好きで好きで好きで好きで、自分でもどうしようもないくらい。
―――アンディ様と出会って、私は愛を知った。
それはどうしようもなく甘美な想い。
愛とはきっとこの想いを抱き続けることを言うのだろう。
布団から顔を出す。
アンディ様はまだ目覚めていなかった。
起こさないように細心の注意を払って、彼の少し荒れ乾いた唇を吸う。舌を這わせて、その唇を潤してみる。
アンディ様はむずかるように小さく唸って、眉をひそめた。
(……ああ、アンディ様)
なんて、素敵な表情なのだろう。いつも凛々しいのに、寝顔はどこか幼い。頬が緩むのを自覚した。
枕に頭を預け、私はじっとアンディ様の顔を見詰める。彫りの浅いこちらでは見かけない顔立ち。男らしい眉に、真っ直ぐ伸びた鼻筋。相変わらず男前で見惚れてしまう。
まだ身支度をしていないため、少し伸びたお髭が目に入る。アンディ様は毎日きちんと、お髭を剃るのでこのような姿が見れるのは早朝だけ。後で頬を擦り付けて、思う存分じょりじょりを味わおうと心に決めた。
安心しきった無防備な表情。
それだけ私に気を許してくれているのだ。誇らしい気持ちになる。
(……えへへ、早起きした甲斐があった)
この表情を見るために、最近毎日早起きをしている。アンディ様の胸に顔を埋めるのも好きだが、寝顔を眺めるのも捨てがたい。
(ああ、アンディ様。アマルは貴方様を愛しています)
目が覚めて一番最初に目に入るお方がアンディ様であり、眠りにつく時、私を優しく抱いて包んで下さるのもアンディ様だ。それがどんなに尊いことか、それはきっと私にしか分からない。
それで良い。
それが良い。
だって、この立場を私以外の何者にも譲るつもりはないのだから。……決して、誰にも。アンディ様は永遠に私だけの光だ。
私はもう一度アンディ様の唇に自身の唇を重ねた。そうすると、身体が暖かくなる。アンディ様の唇を吸って、そのまま舌を割り入れる。寝ていらっしゃるからか、アンディ様の唾液は少し苦い味がした。
「んんっ……むっ、むぐ、あ、あふぁる?」
流石に起こしてしまった。
少し反省するものの、口吸いをそのまま強行。アンディ様は諦めたとでも言うように、私の好きにさせて下さった。嬉しい。更に激しく舌を絡め、アンディ様の唾液を吸う。
数十秒して唇を離すと、アンディ様にコツンと優しく頭を小突かれた。
「全く……アマルは、吃驚する起こし方をしてくるな」
「はい。ごめんなさい」
「そんな満面の笑みで、謝られても。というか、そもそも悪いって思ってないだろ」
「はい。ごめんなさい」
「はぁ、言ったそばからこれだもんな……」
困ったように眉を下げて、苦笑するアンディ様。
アンディ様は体勢を横向きに変えて、肘枕をつく。その動きで布団がずり下がり、逞しい胸筋と腹筋が露になった。無駄なく鍛えられ、しなやかで美しいお身体。なんて男らしい。素敵すぎて、目が釘付けになる。
「どこ見てんだよ」
そう言われて、頬が熱くなった。舐め回すように見てしまっていた。あまりにも不躾すぎたと自戒する。
「……アマルは変なところで初だよな。それに、俺の裸なんて毎晩見てるのに、まだ慣れないのか」
「ううっ、アンディ様が素敵すぎるのがいけないのですっ!」
「はぁ、俺のせいかよ」
呆れた声。アマルはしょうがない娘だな、という眼差しを向けてくる。しょうがなくありません。むうっ、と頬を膨らませる。
「おお、アマル栗鼠がお出ましだ」
両手で膨らませた頬をむにむにと揉まれた。
「アマルは栗鼠ではありません!」
「そうか? 良いじゃないか、栗鼠。可愛いと思うぞ」
「……なら、栗鼠で良いです」
アンディ様はずるいと思う。簡単に私の心を虜にする。でも……私以外の女人にそんなことをしたらどうしてやろうか。主に相手の女を、だが。
闇に沈みかけた思考を払うように、アンディ様は頭を撫でてくれた。ふふっ、気持ちいい。ずっとそうして欲しい。
「ああ、そういや言い忘れてたな」
一拍置いて、ぐっと手を引かれ抱き締められる。お互いの肌が直接触れあう。身体も心も暖かい。
アンディ様は私の頬に手を当て、日溜まりのように笑った。
「――おはよう、アマル」
ああ。
アンディ様。
貴方様がその笑顔を私に向ける度に、心から幸せだと実感するのです。貴方様の側では、世界が素晴らしく見える。過ぎ去った日々に愛しさすら覚えるのです。それは貴方様が私に与えてくれた祝福。私だけのアガペー。
私は貴方様のために祈り、希望を歌いましょう。
貴方様は私の喜び、私の愛、私の幸福……私の全て。
――私の心には、今もあの青い花が咲いています。
アマルの脳内は大体こんな感じ。




