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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第4章罪深い愛の歌
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忘れられた夢





 修道院の中をぶらぶらと歩いてみて分かったことは、やはりこの修道院はかなり大きいということだ。アマルと別れた後、色々と巡ってみたが写本室や書庫、談話室や食堂など他にも様々な部屋があった。修道院がどのような造りになっているのか、今まで知る機会も無かったので新鮮だ。


 ……とは言っても、礼拝堂に続く通路程ではないが薄暗い廊下はあまり気分のいいものではない。独特の重々しい雰囲気を終始感じる。それに、時折すれ違う修道士が怪訝そうにこちらを見詰めてくるのがとても気まずい。


 俺の服装は登山に合わせて、速乾性の黒いTシャツに、バーブサマールパンツ。体温調節のために、鞄にはストームクルーザーを一着入れている。修道士たちは皆、質素な茶色のローブのようなものを着ているため俺の服装はかなりの目立ってしまうのだ。


 俺はそれから逃れるため、回廊へと戻ってきた。

 空は高く、透き通った青色。ほっとして、ため息が漏れる。


「あー、疲れたな。色んなことがありすぎて。頭がついていかん」


 中庭に入って、手頃な木を背にして座り込む。木漏れ日が優しく降り注ぎ、風で枝が揺れる音がする。頭が段々ぼやけてきた。心地よい微睡みに包まれ俺はゆっくり意識を手放した。




 ***




 青いドレスを着た女性が俺に背を向けて、空を見上げている。顔は見えないのに、何故かその人が言葉で言い表せないほど美しいことは分かった。腰まで伸びた銀髪がふわりと靡く。その幻想的な姿に見惚れる。


 ……これは夢なのだろう。


 夢を見ながら、それが夢だと俺は理解していた。明晰夢、というやつだろうか。


「――――ああ、其方(あなた)


 恋人に向けるような優しい声音。どくり、心臓が強く脈打つ。

 

「……良く参られました。(わたくし)は其方をお待ち申し上げていました。それこそ気の遠くなるほど長い長い間。もう少しで、自分が自分であることすら忘れはててしまうところでした」


 そう言いながらも彼女は一向に振り向かない。不思議に思い、思わず眉をひそめる。

 

「ふふっ。……ああ、そう構えることはありません。どうせ、起きる頃にはここで見聞きしたことは覚えていないでしょう。それはある意味幸運なこと」


 その言葉に違和感を覚える。そんなことを何故言いきれるのだろうか。


「……何故そのようなことが分かるか? 簡単なことです。其方は知っているでしょう? これが夢であるということを。まあ、夢は夢でも悪夢ではありますが、現実も夢もそう違いはありません。だからこそ、何一つ心配することはないのです。これは其方を守るため。本当の妾に合間見えることは其方にはまだ()()()()()()でしょう。人であるならば、それは当然のことでございます」


 寂しげに宥められる。彼女は俺をひどく心配してくれているようだった。


「原初の夢はその白痴故に其方を欲するでしょう。良いですか。目覚めは、かならずしも救いとなり得ない。だからこそ、用心することです」


 視界が歪む。空が落ちてくる。境界線が曖昧だ。目覚めの時が近い。


 ふふっ、と彼女は笑った。それは悲しみを孕んだ笑みだった。



「―――さようなら、愛しい其方」


 

 

 ***




「―――ああ、お目覚めですか?」


 その言葉に俺は慌てて意識を覚醒させた。寝ぼけ眼で、声がした方向を見る。


 質素な黒いドレスに、ベールを被った女性が静かにこちらを眺めていた。修道女だろうか。思わずまじまじと彼女を見詰めてしまう。


 金色の長い睫毛に縁取られた蒼い瞳。堀が深く、高く整った鼻筋。そして、凛とした立ち姿。ハリウッド女優が霞むくらい美しい女性だった。年の頃は、20代前半といったところだろうか。


 俺は立ち上がって、頭を下げる。


「……ええっと、こんなところで寝てしまってすいません」


 彼女は目を細め、緩やかに首を振った。


「いえ。こちらこそ、お待たせしてしまいました。ベネディクト司祭からお伺いしております。お部屋の用意ができましたので呼びに参りました」


「ああ、ありがとうございます。俺は、安藤隆と言います。よろしくお願いします」


「私はヨハンナ。ヨハンナ・スコトゥス。ヨハンナとお呼びください。……黒殿」


「はい、ヨハンナさん。……えっ、黒、殿?」


「お髪が黒いので、そう呼ばせて頂きます。反論は受け付けません。さあ、参りましょう」


「ええー」


 何て強引な人なんだ。反論は認められないそうなので、黙って後ろについて行く。何だか妙に不安になってきた。


 黙々とヨハンナさんに付いて行きながら、ふと思った。


(……そういや、何か夢を見ていた気がしたけど。どんな内容だっただろうか)


 いくら思い出そうとしても、何一つ浮かんでこなかった。


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