↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第4章罪深い愛の歌
85/161

初めて知ったもの




 祈りは、赦しを求める。

 しかして、赦しは祈りを求めない。

 ただ、償いを求めるのみ。




 ***




 司祭室を出て、歩く。


 先程のベネディクト司祭の言葉は何だったのだろう。あの表情と行動にどこかうすら寒いものを感じるのは、俺の考えすぎだろうか。更に言うと、経歴や状況の詳細を十分に伝えていないのにも関わらず、早々と滞在することを許可してくれたことも気になる。

 あれだけの会話で、良くこんな身元も分からない人間を受け入れようと思ったものだ。


 数分、頭を捻る。

 しかし、何一つ思い付かなかった。そもそも情報量が少なすぎる。確固たる判断材料もない。

 

(……これ以上、考えてもどうしようもないな)


 自身をはぐらかすように心の中で吐き捨てる。答えがないなら、悩むこと自体無駄なことだ。それに、何より人の好意は疑いたくない。頭を振って気持ちを切り替える。


(散策して時間を潰せ、か…)


 礼拝堂に近づくなと釘を刺されてしまったから、それ以外の場所を見てみよう。そう呟いてみた。でも、心に引っ掛かりを覚える。……理由なんて分かりきっている。


 俺はアマルに約束したのだ。

 司祭様と話したら、また会いに行くって。


 でも、この修道院の責任者であるベネディクト司祭に、「礼拝堂には近寄らないように」そう言われてしまった。だから、しょうがないじゃないか。そう自分に言い聞かせる。アマルには、後で会いに行けなくなった理由を説明すれば良い。


(……本当にそれで良いのか)


 何となく。

 本当に何となく、そう思ってしまった。

 

 アマルの微笑んだ顔が脳裏に浮かんだ。祈るように合わされて両手。俺に赦しを願った声。


 頭を乱暴にかく。

 決まっていた。最初から、自分の中でどうしたいかなんて、決まっていたのだ。その気持ちは、誰にも変えられない。ならば、それに従うべきなのだ。


 何より、ここでアマルに会いに行かなければいけない気がした。そうしないと大切な何かを取り零してしまう、そんな気がしたのだ。


「……少し声をかけに行くだけだから」

 

 言い訳がましく、呟く。

 誰も聞いてはいない。俺の行動は、俺しか知らない。だからこそ、弾劾されることもない。それを良いことに、俺は礼拝堂へと足を進めた。

 


 ***

 

 

 礼拝堂の扉を開けると、アマルが石床に膝をつき祈りを捧げている姿が目に入った。声をかけて良いものか分からず、俺はただその姿を眺めていた。


 暫くして、彼女は俺の気配を感じたのか、首だけ後ろに振り返った。そして、俺と目が合うとうろたえるように瞳を揺らした。


 アマルは何か言葉を紡ぎだそうと口を開いて閉じてを繰り返す。その必死な様子をかんがみて、俺は思わず目を和らげる。静かに彼女の言葉を待つことにした。


 数十秒時間を置いて、アマルは恐る恐るといった風に言葉を発した。


「……本当に」


「ん、なんだ?」


 首を傾げる。

 彼女は、それを見て目を細めた。


「本当に、来て下さったのですね」


「言っただろ。司祭様に会いに行ったら、また戻って来るって。……それに、アマルに司祭室までの順路を教えてもらわなかったら、絶対迷ってた。……だから、ありがとう。それも言いたかったんだ」


 駄目だったか? 柔くそう言って、微笑む。


「……アンディ様」


 アマルは俺の名前を呼んだ。それから、左胸を押さえる……強く押さえつける仕草。心臓を宥めるような姿に、ささやかな違和感を感じながらも、彼女の言葉を邪魔しないよう続きを待った。


「アンディ、様」


「おう、アマル。どうした?」


「……苦しい」


 空気を求めて、浅い呼吸を繰り返す。これは尋常じゃない。俺は慌てて、アマルに駆け寄る。


「アマル、だ、大丈夫か!?」


「っ、違うのです」


 アマルは弱々しく頚を振った。何が違うんだ。意識して、優しく声をかける。


「こんなの知らない。胸が震えて、痛い。こんなにも苦しいのに、不思議と嫌じゃない」


 自身に問いかけるように呟くアマル。心配になって彼女の顔を覗き込み、驚いて思わず目を見開く。


 アマルは、笑っていた。

 花が咲くと表現するぐらいの満面の笑みだった。あまりにも綺麗で無垢な笑み。どうしようもなく、見惚れてしまう。


 これは物理的な胸痛というより、むしろ心の問題。そして、それは苦しみや悲しみから来るものではなく、もっと別の要因なのではないか。


「なぁ、アマル。違ったら言ってくれ。もしかしてお前……嬉しいのか?」


「……嬉しい? 私は、嬉しいの? ……ああ。ああ、そうか。そう、そうだったのですね。ふふっ。私たちは……いいえ、私(アマル)は嬉しい。とても、とてもとてもとても嬉しい。だから、痛い。だから、こんなにも苦しい」


「……アマル?」


「きっと、ああ、これが――」



 ――幸せと、言うものなのですね。



 初めてそれを知った、そんな口調。

 その言葉があまりにも悲しくて、俺はただアマルを見詰めることしかてきなかった。

 

 俺のちょっとした言葉に何故アマルが幸せを感じたのか。今までどういう生き方をしていたのか。

 俺はアマルという人間をほとんど知らない。なんせ今日初めて彼女に会ったんだから、仕方ない。


 それなのに、いや、それだからこそ、彼女を放って置けなかった。守ってやりたいとさえ思っている自分が、そこにはいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。