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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第4章罪深い愛の歌
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呼び止める声



 

 ただひたすら、登る。


 甲信越地方の深い山々に存在する俺の故郷、両胡村。その村へと続く、道無き山道。


 誰も立ち入らなくなったために草木が生い茂り、残り香さえ隠されてしまっている。密かな記憶を辿り、鬱蒼としたの木々の間を潜り抜ける。毎年、墓参りに両胡村へと足を運んでいるのにも関わらず、まるで知らない場所を歩いてるかのような錯覚を覚える。


 長時間歩いて、やっとせせらぎの音が聞こえてきた。


 川というほどの規模はないが、山水が流れ落ちている場所。その奥に一際大きな木が立っている。俺は流れる水を跨いで、その木にそっと近づく。


「……あった」


 木の裏にひっそりと佇む小さな二体の地蔵。長い年月、雨風に晒されていたためかその表情は伺い知れることができない。これが両胡村へと続く目印。村の道祖神である。

 

「ここから先は、村の領域……」


 俺は大きく息を吸って、足を踏み出した。




 ***

 



 落ち葉を踏み鳴らす音。

 静寂の中で、そんな些細な音さえも反響する。


 俺は墓参りのために、故郷へと戻ってきた。


 両胡村。

 いや、正しくは両胡村があった場所と言うべきか。


 今から13年前、この村で大きな火災があった。その火災により、村は焼け落ちてしまったのだ。この村の住人は、全てその火災によって身罷れてしまった。


 ―――その時、村を離れていた、たったひとりを残して。


 俺は実家である安藤家に足を進めた。


 周囲の家々は黒焦げ、崩れ落ち原型を留めていない。火災があったのは、もう10年以上前にも関わらず焼け焦げた臭いが鼻についた。




 村の一番奥、安藤家にたどり着く。


 大きな屋敷だ。

 今はもう廃墟と化しているが、それでも昔と変わらずどこか荘厳とした雰囲気を感じる。

 

 妹―――安藤静代は最後までここにいた。


 静代の亡骸は、安藤家の地下室で見つかったのだ。きっと火の手から逃れようとしたのだろう。しかし、その甲斐無く煙にまかれ命を落とした。たったひとり、暗闇の中でその生を終えたのだ。


 どんなに苦しかっただろう。どんなに辛かっただろう。どんなに寂しかっただろう。


 あのとき、無理矢理にでも静代を連れ出していれば……。

 悔やんでも悔やみ切れない。

 俺は静代を残し、生き残った。生き残ってしまった。


 安藤家の前で、手を合わせ黙祷する。

 炎の中で、消えていった多くの命に祈った。



 ***


 

 俺は村の脇道を通り御柱神社に向かう。

 息を切らしながら、長い階段を登る。

 やっとの思いで、境内に着き階段に座り込む。息を整え、階段から景色を眺めると、山々が連なり日は丁度空の真ん中で輝いていた。


 暫くそうして、俺は立ち上がりズボンについた砂を払う。

 後ろを振り向いて、神社を眺めた。


 幼い頃、静代と良く遊んだ場所。

 村から離れた場所にあったことが幸いし、ここだけは当時の姿を残している。


「……ここでよく、二人で鬼ごっこやかくれんぼをしたな。静代は走ることが苦手で、隠れるのも下手だった。それでも……それでも、嫌な顔なんて一度も見せずに付き合ってくれた」


 優しい娘だった。

 俺を気遣い、自分のことは常に二の次にして「兄さんが嬉しいなら静代も嬉しい」といつも微笑んでいた。本当に、どっちが上なんだか。笑みが漏れる。

 

 神社の横に伸びる石畳を歩くと、村の墓場が見えてくる。ここに、静代を含めた住人全てを弔ったのだ。


 墓場の入り口には鳥居があり、入る前に一礼してから脇を通る。井戸で水を汲んでから、安藤家の墓石に向かう。周囲の墓とは違い立派で大きい墓だ。


 それに水をかけ、丁寧に掃除をする。満足行くまで墓石を磨きあげ、持ってきていた仏花を供える。蝋燭を立てて、ライターで火を灯し、線香の束に火をつけ線香立てに置いた。


 両手を合わせ、静代に対して祈りを捧げる。


(……どうか天国の静代が安らかに過ごせますように。もし静代が悪夢の中にいるなら、そこに安寧が訪れますように。その悪夢から目覚めますように)


 何度も祈る。

 静代が亡くなってから、同じことを繰り返し祈っている。


 自然と泪が頬を伝った。それを拭うこともせず、俺は目を開けた。駄目だな。俺がこんなんじゃ、静代が心配しちまう。

 ふぅ、と息を吐いて気持ちを落ちつかせる。


「なぁ、静代。今、俺は病院で働いているんだ。毎日忙しいけど、とてもやりがいがある仕事だ。それでな、最近同じ職場の人に食事に誘われたんだ。その人がかなりの美人さんでさ。ビックリだろ?」

 

 明るい口調を意識する。


「お盆が終わったら、一緒に食事をしに行くことになってるんだ。静代も応援しといてくれよな。上手くいったら、お前に姉ちゃんができるかもしれないぞ」


 冗談めかしてそう言ってから、墓に向かって笑ってみせる。上手く笑えてたら良いな、と思う。

 

「……お前が見ていて、安心できるように俺、頑張るから。ゆっくりでも、不格好でも真っ直ぐ前を向いて、歩いて行くよ」


 それだけ言って立ち上がる。

 じゃあ、行ってくると、短く別れを告げてリュックを背負う。俺は確かな足取りで、墓地を後にした。


 

 ***



 村の入り口に出た頃には、日差しが傾き始めていた。早く山を降りないと日がくれてしまう。俺は足早に来た道を辿る。


 道祖神がある場所に着く。

 その脇を通ろうとして、キィーーン、と弦を引いたような甲高い音が聞こえた。


 ただの耳鳴りだろう。

 俺は再び歩き出そうと足を踏み出した。




 ――――置いて、行かないで。




 囁くような声が、後ろから聞こえた。

 耳を押さえて、振り向く。


 誰もいない。

 目の前には、風に揺れる木々だけが写っていた。


 恐ろしくなり、俺は駆けるように足を動かす。空耳だ。そうに決まってる。自分にそう言い聞かせた。




 山をやっとの思いで下り、バスを乗り継いで、何とか電車に乗ることができた。


 電車に揺られながら、外の景色を見る。

 今思い返すと、あの空耳はきっと墓参りをして静代のことを思っていたからだろう。何故なら、あのとき聞こえた声は、間違いなく亡くなった静代の声だったからだ。



 そう考えていると、疲れからか急に眠たくなってきた。

 心地よい微睡みが、俺を包み込む。


 ああ、もうこのまま眠ってしまおう。

 

 意識が遠くなる。


 意識がなくなる瞬間、誘うような甲高い弦のなるような音が頭に響いた。




 

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