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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第4章罪深い愛の歌
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全てはここから



 一緒にいたかった。


 一緒になりたかった。


 いつかきっと分かってくれる。

 

 そう自身に言い聞かせて、今日もここから外を眺める。あの人が帰って来たら、誰よりも先に会いたいから。

                          

 

 ――――あの人は必ず戻って来てくれる。

 


 だから、あの人の居ない昨日を悲しみ、あの人が居ない今日を憂い、あの人が居ない明日を迎えても。


 

 ……私は、まだ私でいられる。


 


 


 ***

  




 凍えるような冷たさを背中に感じて、意識が覚醒した。


 目を開けると、俺は仰向けになって倒れていた。床に手をつき、身体を支えるようにして、起き上がる。掌に固くざらりとした感触が伝わった。視線だけ床に向けると、湿った石畳が見えた。

 長時間、石畳みの上で寝ていたからだろう。首を捻るだけで、身体が軋む音が聞こえる。


(……ここは、どこだ?)


 俺は墓参りに行き、それが終わって電車に乗った。電車の中で眠気に襲われて、そのまま意識がなくなった。ここまでは覚えている。


(まさか、誘拐されたとかではないだろうな?)


 それはあまりにも非現実すぎる。日本は世界一・二を争う安全性の高い国だ。まして、電車という公共機関の中で居眠りをしている間に、誘拐される可能性はゼロとはいえないが限りなく低い。そこまで考えて、頭を振る。いや、今はまず状況を把握することが先だ。


 辺りを見回す。


 ぼんやりとおびただしい数の蝋燭で照らされた室内。右に目を向ければ、長椅子が整然と並べられている。木の腐った臭いが鼻につく。かなり年期の入った椅子だ。座ったら壊れてしまうのではないだろうか。


 左に目を向けると、大きな大理石の石像が見える。

 両手を空に掲げ、フードを深く被った人物の大理石彫刻。蝋燭の光が彫刻の陰影を深め、言葉にできぬ恐ろしさを感じる。


 視線を外し、立ち上がろうとして、8メートルほど離れたところに、人が立っていることに気づいた。



 ――――息を呑む。



 それは、驚きや恐怖からではない。

 目の前に立つ人物があまりにも……そう、あまりにも、美しかったからだ。

 

 一番始めに目に入ったのは、蝋燭の灯に照らされ浮き出るように煌めく銀色の長髪。


 鮮紅の瞳。

 透き通る雪のような肌。

 高く整った鼻筋に、桃色の瑞々しい唇。


 女神のような絶世の美女がそこに佇んでいた。


 感情のない無機質な彼女の視線が俺を射ぬく。


 何か言わないと。

 気持ちが焦る。

 もごもごと口を動かし、何とか言葉を発した。


「……すこく、綺麗だ」

 

 思わず出た言葉が、それだった。

 いや、初対面の女性に何言っているんだ俺は!

 顔が真っ赤に上気する。


「…………ッ」


 女性は、瞳を揺らした。

 俺に向けられた眼差しが、色を持ったように感じる。


「……いや、その、何か突然すいません」


 とりあえず謝ってみる。

 まあ、悪いことは言っていないはずなので、大丈夫だと思うが。というか、そもそも日本語が通じるのだろうか? 


「えっと、俺の言ってること分かりますか?」


 女性は何かを考えるように目を伏せた。

 やっぱり通じてないぽい。そりゃ、見た目がっつり外国人だもんなぁ。困った。小さくため息を吐いて、頭を掻く。


 それから数分、お互い動かず。沈黙が場を満たした。それを破ったのは、俺ではなく女性の方だった。


「……私が話しかけても、良いのか。良いの、だろうか?」


 小さく呟かれた言葉。

 それは、俺に言っているようにも、自身に問いかけているようにも聞こえた。


 ……というか、話してること分かるのかよ! 


 テンションが一気に上がる。

 

「あの、警戒されるのは当然だと思います。でも、俺もなんと言っていいやら。えっと、まず、ここどこか教えて貰えますか? 何故か気付いたらここで寝てて、俺も状況が何やらさっぱりなんです!」


 矢継ぎ早に、話しかける。

 女性は俺の勢いに戸惑い、目を白黒させた。それでもたどたどしい言葉で、俺に返答する。


「その……ニホンゴというのは、分からない。ここは、ストーンハースト。ストーンハースト修道院」

「ストーンハースト、修道院?」


 こくり、と女性は頷いた。

 混乱する。何故俺は修道院なんかに居るんだ。訳が分からない。


「あー、くそ。ほんと、どうなってるんだ」


 俺の苛ついたら声を聞いて、女性は怖々と肩を震わせた。そして小動物のように、小さくなる。


 その姿を見て、悪態をついてしまったことを後悔した。息を大きく吸って、気持ちを落ち着かせる。


「怖がらせて、すいません。気にしないでください」


 そう言って、優しく笑いかける。そういや、自己紹介もしてなかった。そりゃ、戸惑うよな。挨拶はコミュニケーションの第一歩。すっ飛ばしてはいけなかった。


「あの俺、安藤隆(あんどうりゅう)って言います」


「あん、どりゅー」


「いや、あんどりゅーじゃなくて、安藤隆です」


「あんどりゅー……アンドリュー、さま?」


「いや……違う。俺は、安藤隆で。……まあ、もうアンドリューでいいです」

 

 外国人には発音が難しいのだろう。無理に言わすのも申し訳ない。アンドリューで妥協しよう。


「アンドリュー様」と、女性は何度も俺の名を口ずさんでいる。


「それで、君の名前は?」


「私(わたくし)の、名前?」


「そうです」


「名前、名前……私の、名前は、私の名前は」


 答えを探しているような口調。

 自身の名前なのに、探しているという表現もおかしいが、俺は何故かそう思ってしまった。




 

アマルとの出会い。

これが全ての始まり。


過去の話は暫く続きます。

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