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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第3章 救いは蠢く闇に
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故郷の歌




 巡礼棟を出て、後ろを振り返る。

 先程のソフィアさんの反応は一体何だったのだろう。そして、それに対するフランチェスコの言動も。


 ソフィアさんは、「見る」という単語に反応した。それから、俺には「見えない」床の跡を恐れた。彼女は一体なにを見たのだろうか。

  

 そして、フランチェスコがソフィアさんの反応に、あそこまで驚愕していた理由はなんだ。ソフィアさんが見たものが、修道院の秘密に関わるものだったから?


 俺はそこまで考えて、誓約の内容を思い返してみた。


 誓約は視覚、聴覚、触覚。人間が司る感覚を一様に制限していた。ソフィアさんはそれに影響されたのだろうか。いや、しかしソフィアさんは外から来た来訪者だ。そもそも誓約とはどの範囲で適応されているのか。


 ヨハンナは俺に、これ以上修道院の秘密に手を出すのは止めろと忠告した。見てしまったら、()()()()()()()()()らもう遅いのだと。


 誓約は秘密を守るものだが、それ以上に修道院に関わる者を守るために作られたのかもしれない。


 ―――決して、見るな。聞くな。話すな。


 これが、所謂このストーンハーストでのタブーだ。ヨハンナが言うように、それを犯してしまうと何らかの災難が降りかかるのだとしたら、その前提には、災難を降りかける何かの存在が必要だ。 


 ソフィアさんは、タブーを犯した。だから、正気を失うほど恐ろしい何かを見たんだ。俺には、見えなかった何かを。


 だが、それならソフィアさんはどのタイミングでタブーを犯したのだろう。


 俺が彼女と最近話したことは、そう……竜殺しの伝説だ。まさか、あれが関係しているのか。それを話してしまったから、何かがソフィアさんを襲った?

 

 なら、その話を()()()俺にも同じようなことが起こるのか。


 葡萄畑から、生ぬるい風が吹いてきた。それにあてられるように、俺は前を向いて歩き始めた。




 ***



 部屋に戻るとアマルは目を瞑り、ベットに腰掛けながら歌を歌っていた。高く透き通る声だ。心安らぎ、優しく包み込まれているような気持ちにさせる。


 静かに聞きいる。

 

 数分して、アマルは歌い終えるとゆっくり瞼を開けた。そして、直ぐに俺の存在に気付き、顔を紅潮させる。


「アンディ様っ、いつからそこに居らっしゃったのですか!?」


「途中からだけど。……驚いた。アマル、お前歌が上手いな。思わず聞き入ってしまったぞ」 


「……恥ずかしいです。お声をかけて下さったら良かったのに」


「そんなもったいないことできるか。もっと聞きたいぐらいだ」


 俺はアマルの隣に腰掛ける。


「それって何の歌なんだ?」


「これは……子守唄です」


「……なるほど。だからこんなにも心安らいだんだな。他にも歌える歌はあるのか?」


 アマルは何とも言えない顔をして、俺を見上げた。


「その、申し訳ありません。私はこの歌しか知らないのです」


「そうなのか。なら、俺が他の歌を教えてやろうか?」


「本当ですか!」


「ああ、勿論。でも、期待するなよ。俺あまり上手くはないからな」


「いいえ! アンディ様は、とても色気がある低いお声をお持ちですもの。歌声を聞くだけで、きっとアマルは気をやってしまいます」


 それって、つまりそういう意味だよな。俺は思わず、眉間を押さえた。


「気をやるって、お前なぁ……」


「仕方がないではありませんか。アンディ様が素敵すぎるのが悪いのですっ!」


「開き直るなよ……やっぱり、歌を教えるのやめとくか」


「……ううっ、アンディ様のいけずぅ」


 アマルはリスみたいに頬を膨らませた。


「うそうそ。どんな歌がいいかな。そうだな……「故郷」とか」


「ふる、さと?」


「ああ、俺の国では誰もが知っている歌だな」


 俺はゆっくりと、歌い始めた。懐かしい旋律。

 初めてこの歌を習ったのは小学生の頃だったか。日本での思い出が次々と脳裏に浮かんだ。


「これが故郷って曲で……って、アマル?」


 アマルは顔を伏せ、肩を震わせていた。まさか本当に気をやったのではあるまいな。心配になって肩に手を置く。


「アンディ様は……故郷にお帰りなられたいのですか?」


 母を探す迷子の子どものような声音。アマルの言葉に思わず目を見開いた。


「……そりゃ、まぁ帰りたい気持ちがあるさ」


 アマルはびくりと、身体を揺らした。きっと、俺がこのストーンハーストをで出で行く未来を想像したのだろう。


「でも、帰るとしたらアマルも一緒だな」


「……えっ?」


「いや、俺がお前を置いて行く訳ないだろ。アマルは俺の女だからな。いいか、覚悟しろ。お前が嫌だって言っても連れていくからな」


「……あ、ア゛ンディざまぁ」


 俺の言葉を聞いて、アマルは涙を溢れさせた。手で拭いても拭いても止まらない。雨のような大粒の涙は、彼女の膝へと落ちていく。


「こら、そんなに拭くと目が傷ついちゃうだろ」


 目元を拭うアマルの手を諭しながら優しく掴む。アマルはそれを聞いてしきりに頷く。


「……アンディさまぁ、連れていってください。わたくしも連れていってくださいっ!」


「ああ、勿論だ」


「ううっ、アンディさま、すぎぃ、あ゛いじてますぅーーっ!」


 ぎゅーっと、強く抱き締められる。頭を胸に擦りつけられた。離れまいと必死なアマル。俺もそれに答えるよう強く抱きしめ返した。



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