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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第3章 救いは蠢く闇に
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夢の跡





 今日の俺とフランチェスコの担当は、巡礼棟の掃除であった。箒や布巾を持って、巡礼棟に入る。


 居間には誰も居ない。ソフィアさんは、まだ眠っているのだろうか。もう昼間なのに、しっかり者のソフィアさんにしては珍しいことだ。

 居間の掃除をフランチェスコに任せ、俺は2階の共同寝室に向かった。扉を叩いて、声をかける。


「ソフィアさん? いらっしゃいますか? アンドリューです」


 返事はない。

 ただ、微かに声が聞こえる。

 中にいるのは間違いないようだ。


「ソフィアさん、聞こえていますか? 掃除をしに来たました。開けても大丈夫ですか?」


 また、返事がない。

 これは本格的におかしい。


「すいません。ソフィアさん、入りますよ!」 


 寝室の扉を開くと、部屋の奥でソフィアさんが踞っているが見えた。慌てて駆け寄る。


「ソフィアさん!? 大丈夫ですか!」


 肩を揺すって、声をかけるが反応はない。ただ、じんわりと手に体温が伝わり少しほっとする。しかし、正常な状態ではないのは確かだ。

 

「ソフィアさん……?」


 ソフィアさんは、一心不乱に何かを呟いているようだ。耳をすませる。


「エ……レ、タニ……。リ……マ、サ……。ああ、エリ……ク……!」


 これは、座り込んでいるのではなく、祈りを捧げているのだろうか? ただ内容は切れと切れで、意味までは分からない。


「ソフィアさん、俺だ。アンドリューだ。大丈夫だから、こっちを見て」


 ソフィアさんは、身体を震わした。


「見る……見る? ああああっ、いや、いやっ、離して、来ないで!!!」

 

 ソフィアさんはいきなり叫び出す。慌てて身体を抑える。完全に錯乱状態に陥っている。


「ソフィアさんっ、おち、落ち着いて! フランチェスコーっ! フランチェスコ、来てくれっ! ソフィアさんが、ソフィアさんが!」


 大声でフランチェスコを呼ぶ。

 少しして、ドタバタと階段を上がる音が聞こえ、フランチェスコが部屋に飛び込んできた。


「黒の旦那っ! これは一体どうしたんですかい!?」


「分からない! ソフィアさんが、突然こうなったんだ。さっきから様子がおかしくて……」


 暴れるソフィアさんを抱き締める。俺は背中を撫でながら、声をかける。


「大丈夫……大丈夫だから。ソフィアさん、落ち着いて。ゆっくり、息を吸って」


 何度も背中を撫でいると、次第に呼吸も落ち着いくる。ソフィアさんは身体を震わせて、温もりを求めるように俺に必死にすがり付いきた。


「ああ、っ、ふぅ……見て、近づいて……うっ、跡が、床に跡が……」


 ソフィアさんの言葉を聞き、床に目を向けるが特に何か変わった様子はない。一体何の跡のことを言っているのだろう?


「まさか……そんな、ありえない」


「……フランチェスコ?」

 

 ひきっつたフランチェスコの声に思わず振り向く。フランチェスコは顔を真っ青にして、目を見開いていた。

 

「ソフィアさん、アンタ……まさか」


「フランチェスコ、お前まで一体どうしたんだ?」


 いや、とフランチェスコは頭を振った。


「……黒の旦那、今日のお勤めはこれて終わりにしやしょう。それと、ソフィアさんはあっしが預かります。きっと夢見が悪かったのでしょう。ここは……そう、少し息が詰まりますから」


 フランチェスコは早口で俺にそう言い聞かせた。反論を許さないような口調だった。


「さぁ、今日のところは大丈夫ですので、お部屋に戻ってゆっくりして下せぃ」


「でも……いや、分かったよ。ここはフランチェスコに任せる」


 強く促され、ソフィアさんをフランチェスコに託す。俺は立ち上がって扉へと歩いて行く。


「黒の旦那」


 フランチェスコに呼び止められ、顔だけ後ろを振り返った。


「……どうか、お気をつけて」


「修道院に戻るだけだぞ。大袈裟だな」


「……だからこそ、ですよ。黒の旦那は抜けていますからね。帰る途中で転ばないように気をつけてつかぁさい」


「俺は子どもか!」


 すいやせん、とフランチェスコは困ったように笑った。

 



 

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