↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第2章  プロメテウスの火焔
52/161

月明かりの王冠



  

「……ねぇ、安藤君。忙しいところ申し訳ないけど、一件転送お願いしてもいい?」


 後ろから声をかけられ、俺はパソコンを打つ手を止めて振り返った。黒髪をきっちりアップし、パンツスーツを着こなした女性が申し訳なさそうにこちらを見ている。


「ええ、渋谷さん大丈夫ですよ」

 

 俺はそれに鷹揚に頷く。 

 同僚の女性、渋谷さんはほっとしたように顔を輝かせた。元々とても美人な女性なので、その表情だけで場が華やかになる。


「ありがと! 本当に助かるわ。今急ぎの転院調整をしてて手が離せないの」

「俺も開業医訪問の報告も今終わって、ちょうど手が空いたところなんで」

 

 俺の職場は、急性期病院の地域連携室。地域連携室はざっくり言うと病院の営業部のような部署である。

 とは言っても、仕事は多岐に渡る。他病院への入院調整や予約調整、開業医訪問等々。忙しいがやりがいがある仕事だ。


 診療情報提供書を受け取り、流し読む。

 急性期適応外のため療養型病院へ転送。腰痛か……安静にして経過観察で大丈夫な人だな。なるほど、高齢で独居だから家には帰れないっと。


「仕事を頼んだ私が言うのも何だけど、安藤君ちゃんと休めてる? 最近、夜も遅いでしょ」

「いや、休みを頂いてお盆のお墓参りも行きたくて。その前に色々終わらせておきたいんですよ」

「そっか。……でも、ちゃんと休んで息抜きもしないとダメよ? その、もし良かったら、今度も気分転換に食事でも、どう? 無理なら、良いのよ全然! 良かったらで!」


 渋谷さんは顔を真っ赤にして、すがるような眼差しを向けてくる。必死な姿が、失礼かもしれないけど可愛かった。思わず笑う。


「食事、良いですね。美味しいとこ探しときます」

「ほんと!?」

「ははっ、嘘言ってどうするんですか?」

「そうよね……」


 頬を押さえて、彼女は微笑んだ。それから、約束よっと念を押される。俺はそれに深くて頷いて見せた。

 前から渋谷さんが好意を向けてくれていたのは、気付いていた。俺ももう27歳だし、良い機会だ。


 お盆明けに食事の約束をして、俺は仕事に戻った。お盆明けが、少し楽しみになった。






 ***






 意識が浮上する。

 辺りはまだ薄暗い。夜はまだ明けていないようだった。

 それにしても懐かしい夢を見ていた。


 もう一年半以上前の出来事だ。

 俺はお盆の墓参りの帰りに、このストーンハースト修道院に迷い混んでしまった。だから、ついぞお盆明けに食事に行くという、渋谷さんとの約束を守れなかった。それに対して、申し訳なく思う。

 そもそも向こうでは、俺の扱いはどうなっているんだろう。行方不明とかか。時間だってさだかではない。もしかして、俺が消えてから、時間がそれほどたっていないかもしれない。勿論、何十年もたっている可能性だってある。

 俺はげんなりして、ため息を吐いた。

 

(日本の皆に心配……かけているんだろうな)


 それを差し置いて、俺は何してんだろ。一回りも年下で未成年の女の子と懇ろな関係になって。あっちなら即逮捕ものだ。後悔はしていないが……。


 隣に寝ている少女の甘い匂いを感じながら、ちょっとした自己嫌悪。


(……少し頭冷やすか)


 俺はアマルを起こさないように気を付けて、ベッドから這い出る。手探りで服を着て、そっとアマルの様子を伺う。

 すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえて、頬が緩んだ。今晩もずいぶん激しく何度も身体を合わせたので、疲れから眠りが深いのだろう。

 それを確認してから、部屋を抜け出す。


 真っ暗闇に包まれた廊下を歩く。

 コツコツと、自身の足音が反響する。静寂故に、その音が妙に耳に残った。暫く歩くと、沈黙の回廊に出た。柱を背に、座り込む。

 空を見上げると、丸々とした大きな月が優しい光を振り撒いていた。今日は見事な満月だ。


 ――どれくらいそれに見いっていただろうか。


 急に何かの気配がして、俺は視線を空から外した。

 回廊のちょうど真ん中に、誰かが立っていた。

 どくり、と心臓が跳ねる。

 全く気が付かなかった。

 廊下を歩く音も聞こえなかったし、気配も先程まで全く感じなかった。まるで、急にそこに現れたような……。


 満月の光が、その人物を照らす。

 光に縁取られ、王冠のように輝く銀色の長髪。透き通るほど真っ白な肌。そして、印象的な紅眼。この世のものとは思えない、幻想的な美貌。


「……アマル、どうしたんだ?」


 俺の呼び掛けに少女は答えない。

 ゆっくり、近づいてくる。

 不協和音が聞こえる。

 近づいてくるほど、その音は大きくなっていく。

 

「あ、まる……?」

「ええ、アンディ様」


 小さく掠れる声が聞こえた。

 それは間違いなくアマルの声だった。


 ――でも、本当に?

 

「君は、いったい……」


 アマルは、そこで初めて微笑んだ。泣いているように、微笑んだ。


「アンディ様、私はアマルティアですよ。……それ以外の何者でもありません」

「そうか、そうだよな……」


 俺は自分に言い聞かせるように、呟く。

 どこか漠然とした違和感を覚えながらも、少女の手を引っ張って、存在を確かめるよう抱き締めた。


 

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。