幸福の讃歌
喉がカラカラに乾いている。息を吸って、気持ちを落ち着かせてから、拳を握ってアマルを見据えた。
「アマル」
「……はい、アンディ様」
名前を呼ぶと、赤く充血した目がこちらを向いた。
少女は忠犬のように、じっと俺の言葉を待っている。
「アマル、もう泣くな」
深紅の瞳、透き通った肌、桃色の唇。
どこをどう見ても綺麗だ。数年したら、絶世の美女になることを約束されている完璧な美貌。こんな女の子が俺を慕ってくれていることがもはや奇跡ではないだろうか。
俺は笑いかけて、目元の涙を指で拭う。
頬を撫でる。
ちゃんと言おう。
ちゃんと言葉にしよう。
救われていたのは、俺の方なんだって。
ここに来て、多くの人が俺を異邦人とハレ物のように扱った。でも、アマルはそんな俺になついてくれて、いつも一緒に居てくれた。
笑顔を向けられ、腕を組んで、抱きつかれるたび俺の気持ちは膨らんだ。甘やかしてやりたい。慰めてやりたい。守ってやりたい。そして……愛してやりたい。
そもそもこんなにも一途に、俺なんかを慕ってくれる女の子を好きにならない訳がない。とっくの昔に、妹分として見れなくなっていた。一人の女として、彼女を見ていた。
でも、俺はヘタレで、心の中ではうだうだと覚悟ができていないでいた。日本に帰りたいから、アマルが一回り年下でまだ子どもだからと、ずっと誤魔化していたんだ。今回のこともあって、やっと腹が決まった。
とても遅くなったけど。待たして、散々泣かしてしまったけど、今こそお前へ。
「……アマル」
「……はい」
もう一度名前を呼んで、静かに顔を近づける。
アマルは息を呑んだ。
「一度しか言わないからよく聞けよ。アマル……俺はお前のことが好きだ」
その言葉を聞いて、目を見開く少女の唇に、俺はそっと口付けを落とした。
ぽろり、と鮮紅の瞳から最後の涙が流れ落ちた。
***
『……俺はお前のことが好きだ』
と、告白した後、アマルはフリーズしてから、ふらりと気を失った。いや、冗談じゃなく本当に。
とりあえず、ベッドに寝かす。こいつ、散々煽って、迫って来るくせに受け入れてもらうことを諦めていた節があったみたいだし。まあ、それに関しては、煮えたぎらなかった俺にそもそも原因があるんだが。どちらにせよ、脳内の情報処理が追い付かなかったのだろう。
寝顔を見る。
幸せそうに、微笑んでいる。
(……睫毛長いな。見れば見るほど、ほんと美人)
無邪気に寝る姿を見て、暖かい気分になった。
ぷにぷにと、頬を人差し指でつついてみる。
眉を潜めてむずかるように、口をもごもごとさせた。
(あー、駄目だくそ可愛い)
顔を押さえて、その可愛さに耐える。
何度か大きく息を吸って、気を取り直す。それからアマルを見やって、微笑んだ。
俺も一緒に寝ちゃうか。
上着を脱いで、ズボンを着替える。脱いだ服は椅子に立て掛けておく。俺は音をたてないように、ベッドに上がってアマルの隣に寝転がった。かけ布団を引っ張って、風邪を引かないよう肩までかけ俺もその中に一緒に入る。
それから、瞳を閉じてアマルの体温を感じながら、ゆっくりと眠りについた。
「アンディ、様」
「ん、あ……あまる?」
呼び掛けに、目が覚める。
辺りは真っ暗で、どうやらもう夜らしい。
かなりの時間眠ってしまっていたようだ。
アマルは上半身を起き上がらせ、俺の上に覆い被さっているようだった。
「アンディ様、私とても幸せな夢を見ました」
「ふぁあ……どんな夢なんだ?」
欠伸をして、聞き返す。
アマルはそのまま俺の胸に身体預けると、首元に顔を埋めた。すんすん、と匂いを嗅いで頬を擦りつける。
「アンディ様が……その、私を……」
頭を撫でて、言い淀むアマルの耳元で囁く。
「……それ、夢じゃないから」
「――――――っ!?」
アマルの息を呑んだ音が聞こえた。
「……嘘です。こんな幸せなこと、夢でないとおかしいもの」
「はぁ、アマル顔を上げろ」
おずおずと、アマルは首元から顔を上げた。俺はアマルの頭を撫でて、輪郭を探る。頭、頬の順で擦って、顎で手を止めた。そして、そのままクイっと顔をこちらに向けさせる。
少し強引に、唇を重ねる。
アマルは驚いたように肩を震わせた。
「んっ、アン、ディさまぁっ、ちゅっ、んん」
彼女は戸惑いながらも、嫌がるどころか俺の首に手を回し、強く抱き付いてくる。矢継ぎ早に、唇を合わせる。角度を変え、吸い付く。唇を噛み、舐めて、擦り合わせる。アマルの唇は柔らかく、甘い。ずっとこうしてられる。
何度もキスを繰り返していたが、アマルが息ができず苦しそうに吐息を漏らすのを感じて、っぷはぁ、と一度唇を離した。それから耳元で掠れ気味に「夢じゃないって、分かったか?」と囁く。
「ん、ふぁ……ん、はい……アンディ様、私嬉しくて。とても幸せです。口付けとは、こんなにも満たされるものだったのですね」
アマルはうっとりとした声で答えた。俺は、笑ってアマルを抱き締める。
「アマル、これからもずっと一緒だ」
「はい、アンディ様っ!」
暗闇の中で嬉しくて嬉しくて仕方がないというような、弾んだ声が聞こえる。
アマルは俺の頬を細く柔らかい両手で掴んだ。少しして、鼻先にしっとりとした唇の感触が伝わった。
ふにゃりと恥ずかしそうに微笑んだアマルの顔が目に浮かぶ。
「……ああっ、アンディ様、私の愛しいお方。私の主。私の光。この先何が起きようとも、永遠の愛を誓って、貴方様に従い、貴方様を守ります」
俺の胸に頬を寄せて、アマルは祈るように呟いた。




