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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第1章 悪夢からの目覚め
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修道女の懺悔

 


 意外と思われるかもしれないが、修道院で生活する修道士たちには、一人一人個室が与えられている。これは、沈黙尊ぶ修道院ならではの考えからきている。


 神の声を正しく聞くためには、沈黙を守らなければならない。沈黙こそ、神の思いで満たされる唯一の道である。


 それには共同寝室では得られない、孤独が必要だ。それ故の個室である。プライバシーを守るためと言うよりもむしろ、戒律に則り沈黙のうちにあることを遵守するためなのである。

 

 このストーンハースト修道院にも、沈黙の戒律が存在する。終日沈黙を保つというほど厳しいものではなく、祈りや聖なる読書、また食事等ある一定の時間のみ沈黙を守る。

 集団生活の中に居ながらにして、孤独。沈黙。そして、清貧。それこそ、修道院で生きていく上で最も必要な要素なのだ。



 つまり、そんな孤独と沈黙のための個室(しかも女性の)に問答無用で押し掛ける俺は、とんだ不埒ものという訳である。


 ……うん、知ってた。


 ヨハンナの部屋は質素な内装で、ベッドや机、椅子、タンスしか家具がなのは、俺の自室と同じだ。椅子に腰掛けながら、話をする。

 

 帰れと言った割に、何だかんだ付き合いが良いのは彼女が元来真面目な性格だからだろう。ドSだが、根が真面目。まぁ、気遣いもそれなりにしてくれるし、優しいところもある。あと、口が悪い。


 容姿はシニヨンに編み込んだ濃い金髪に、透き通るような青い瞳。堀が深く、鼻筋が通ったゲルマン系のはっきりとした顔立ち。可愛げのない冷やかな面持ちだが、はっとするほどの美人である。

 すらりとした無駄のない体格で、姿勢も良い。凛とした雰囲気から、隙のなさを伺い知ることができる。


 常に冷静で淡々とし、機械的な印象を受けるが、たまに見せる微笑みは女性らしく柔らかい。自身の感情を押さえて、努めて無機質に振る舞おうとしているようにも見えた。


「なんですか、人をジロジロと見て。顔に何かついいますか?」


「目と鼻と口」


「……黒殿は本当に私を苛立たせるのがお上手だ」


「いやあ、それほどでも」


 照れて見せると、呆れたようにため息をつかれた。


「全く貴殿は、ふざけすぎるというのも考えものだぞ」


「―――でも、お前はそれを許してくれるだろう?」


「……その自信が一体どこから湧いてくるのか知りたいものだが、まあいいでしょう」

 

 決まり悪そうに、ヨハンナは顔背けた。攻めるのは得意だが、攻められることには耐性があまりないらしい。何だ、可愛いところもあるじゃないか。


「さて、罵って欲しいなどという無駄話はもう良いだろう? 本当の要件をそろそろ言って頂けるか」


「……良く分かったな」


「当然だ。言ったでしょう? 黒殿はとても分かりやすい。素直で、飾り気がない殿方だ。単純で馬鹿正直とも言えるが」


「お前も俺を苛立たせるのが上手いのな」


「それほどでも」


 言葉の応酬をしながら、覚悟を決める。俺はヨハンナの瞳をじっと見詰めた。意を決して言葉を発する。


「単刀直入に言う。お前とアマルの関係を知りたい」


「……それを聞いてどうするおつもりか」


「分からん。聞いてから考える」


「黒殿は本当に正直なお方だ」


 ヨハンナは困ったように眉を下げると、目を伏せる。数分そうしてから、静かに顔を上げた。


「ひとつだけいいだろうか。何故、私にそれを聞こうと?」


「その、お前だけアマルを見る目が違うような気がするんだ。他の修道士は、アマルに対して良い感情を持ってないようだし、そもそも存在を認知すらしていないように思う。でも、ヨハンナはそれに当てはまらない、と感じる」


 なるほど、とヨハンナは頷く。


「……良く見ていらっしゃる。確かに、私はあの方に対してそのような思いを抱いていません。あえて言うなら、それは憐憫の情でしょう」


「憐憫の……情?」


「ええ、あの方の生まれに。あの方の運命に、どうしようもなく哀れみを感じている。それは、間違いありません。また、それを否定するつもりもありません」


「だったら、ちゃんと話しかけてそう言えばいい! アマルはずっと孤独だった。きっと、誰かに目を見て話しかけてもらうことを待っていたはずだ!」


 ヨハンナは寂しげに首を振り、驚くほど穏やかな口調で答えた。


「それは、できません。私たちには誓約がある。それに縛られる限り、あの方に干渉することは許されない」


「……教えてくれ、その誓約ってなんだ?」


「この修道院に入るものは、すべからくこの誓約を守らねばなりません。そして、その内容を外に漏らすことは決して許されない」


 だから、これはあくまても独り言だ、とヨハンナは微笑んだ。柔らかい笑みだった。それは諦めた何かを、遠くから見るような憧憬の眼差しだった。


「誓約とは秘密を隠すためのもの。いいですか、この修道院の成り立ちを調べることです。決して他の修道院の者に知られないように、内密にことを運びなさい」


 ありがとう、言おうとして人差し指を唇に当てられた。スッと顔を近づけ、耳元で囁かれる。


「礼は不要です。ただの独り言ですから。……黒殿、ひとつだけ言っておきます。私はあの方に哀れみを感じていますが、必ずしも味方という訳ではありません。なぜなら―――」




 

 ***





 気付けば自室に戻って来ていた。


 ベッドに腰掛け、深いため息をつく。どっと、疲れた。肉体的ではなく、精神的に。でも、ここで休んでられない。

 合間を見計らって、図書室に行こう。手がかりがきっとあるはずだ。腰を上げようとしたところで、扉が叩かれた。


 扉に向かって、どうぞと動揺を隠し声をかける。


 ぎぃっと、頼りない音を立てて扉が開かれた。

 そこには、小柄な艶消しされた黒いローブを羽織った少女、アマルが立っていた。アマルは部屋に入り、直ぐに扉を閉めるとフードを脱ぐ。銀糸の髪をかきあげると、艶のあるしなやかな髪が腰まで広がった。


 彼女は部屋を見渡して、俺の姿を認めると幼さを残した美しい容貌を輝かせた。子犬のように嬉々として、こちらに駆け寄ってくる。ブンブンと限界まで振られる尻尾を幻視した。

 目の前まで来ると正面から俺に抱きつき、寂しかったと呟いた。


 朝まで一緒にいただろう、と笑って返す。

 朝しか一緒にいてません、と拗ねられた。


 この甘えん坊め。

 日に日に、アマルの甘えっぷりに拍車がかかっているように思う。それだけ、信頼されているということだろう。


 アマルは俺に対してのみ、その貪欲さを発揮する。俺にだけ、ありとあらゆる感情を向ける。それは、依存といって差し支えない。アマルにとって、俺が唯一の味方なのだ。唯一の人間なのだ。

 

 俺はアマルを抱きしめ頭を撫でると、ヨハンナから囁かれた言葉の続きを思い返した。



 



「―――私は、あの方を殺すためにここにいるのですから」






 ……その言葉は懺悔にも似て。





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