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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第1章 悪夢からの目覚め
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闇の足音

 


 暗い暗い闇の中。


 目的もなく、さまよい歩く。


 どこへいくかも分からない。


 どこにいるかも分からない。


 それでも、歩みを止めないのは、


 いつか見た日溜まりを、忘れられないからだろう。



 ――忘れたくはないからだろう。




 ***




 深夜。


 密かな尿意から、目が覚める。

 まだ暗闇に包まれる静寂な部屋の中、自分以外の吐息をが聞こえた。胸に暖かく華奢な身体が絡み付き、甘い香りが鼻を擽る。


 少女の髪にそっと顔を寄せて、その匂いを吸い込む。果実の熟れた香り、花が虫を誘うような蠱惑的な匂い。香水の刺激臭ではなく、仄かに香る体臭が心地いい。


 満足するまで匂いを嗅いで、そっと身体を離す。起こさないように起き上がり、ベッドに腰かけた。


 手探りで何とか上着を来て、俺はそっと自室を後する。

 厠は外にある。毎回外に出るのも面倒だが、仕方がない。夜に修道院の中を彷徨くのも怖くて、蝋燭を片手にびくびくしながら歩いていた1年前の自分が懐かしい。


 今では、道順を覚え暗くとも歩けるまでになった。蝋燭は貴重だ。使わないにこしたことはない。

 それに、今日は満月だ。それがあるから、光には困らないだろう。


 静かに廊下を歩いていると、微かに話し声が聞こえた。その声を辿るように視線を向ける。そうすると、図書室と扉の隙間から明かりがこぼれているのを見つけた。


 誰かが図書室の中にいるのか。起床時間でもないこの時間に何だろう。扉の前まで行き、無作法だとは思ったが好奇心に負け耳を澄ませる。


「どうかご決断を……いつまで放置するおつもりか!」 


「しかし……我々には誓約がある。それを破ることはできまい」


「その誓約なぞ、いかほどのものか! 王が崩御された今、何の効力もないでしょう。……貴方は一体何を恐れるのです」


(……この声はサルスとベネディクト修道司祭か?)


 何の話だろうか。少なくとも不穏な話題であろうことは分かるが。重々しい雰囲気が伝わってくる。


「だが、秘密は隠さねばなるまい。それを分かって言っているのか」


「もちろんですとも。確かに、秘密は甘美なものだ。……でも、お気づきでしょう? その甘美さは人を惑わし滅びへと誘う悪腫でもある。だからこそ、暴き鉄槌を下さねばならぬ。恐ろしい、死を植え付けねばならぬ」


 誓約に、秘密。それと、王の崩御がどのような関係あるのだろうか。


「王の庇護を失った今でないとなし得ないことだ。カエサルのものはカエサルに、神のものは神に。我々は、ただそう動けばよいのです」


 ベネディクト修道司祭は、それを聞いて黙り込んだ。サルスはそのまま言葉を続ける。


「好奇は、自身を傷つけるやもしれません。それが、どうというのです。秘密を白日の元ににさらすことができれば、教会の威信を強めることにも繋がります。主もそれを望んでいらっしゃる。これは、正しい行いなのです」


「……少し、考えさせてくれぬか」


 いいでしょうと、憎たらしいサルスの声が聞こえた。ならば、またお答えを聞かせもらいます。それと同時にこちらに向かう足音か響いた。


 ――まずい、こっちに来る。


 慌てて、俺は音を立てないように廊下を移動した。廊下の角に身体を潜め、図書室の扉を伺う。ぎぃ、と悲鳴のような音が鳴って、扉が開けられた。サルスは燭台を持って、ゆっくりと自室の方に向かって歩いていった。


 図書室からはベネディクト修道司祭の祈りが微かに聞こえた。



 ***



 トイレを済ませて、俺は自室に戻ってきた。


 先程のサルスとベネディクト修道司祭のやり取りを思い出して、背筋がぞくりとする。あのサルスの言葉。まさか、アマルに関係あることなのだろうか。


 俺は布団に入り、冷めた身体を暖める。するりと、細い腕が首に回された。


「あんでぃさまぁ、どこにいってたんですか。わたくしをひとりにしないでぇ」


「アマル、起こしたか。悪かった。ちゃんと戻ってきたから」


「はい、でももうどこにもいかないで。わたくしといっしょ。ずっといっしょ。あまるはあんでぃさまと、いっしょがいい」


 寝ぼけているのか、呂律が回らない口調で話しかけられる。可愛い。ほっとする。


「アマル、お前こそ俺の側にいろ。離れるなよ」


 頭を撫でて、細い腰に手を回す。アマルの存在を確かめるように、引き寄せた。


 俺が守ってやらないと。この嫉妬深く甘えん坊で寂しがり屋の上打たれ弱い……ただひとりの女の子を、俺は守ってやらないと。


 アマルを強く抱きしめて、頭に顔を埋める。

 甘い匂いに誘われて、俺は瞼をゆっくりと閉じた。 

 




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