神様のいるところ
落ち着きを取り戻したアマルは、ベットに仰向けで寝転がる俺の上に身体を乗せて抱きついていた。俺の首元に頬をすり付けて、甘えてくる。なんだかマーキングされているような気分だ。むずむずする。
「アマル、くすぐったいんだが」
「……ずるいアンディ様が悪いのです」
「はいはい、悪い悪い」
艶やかな銀糸の髪を子どもをなだめるように撫でる。アマルはすんっと、鼻を鳴らし顔を上げた。潤んだ瞳で俺を見詰めてくる。
「アンディ様、あしらわないで下さい。アマルは寂しいです」
「あしらってないよ。まったくどうしたんだ今日は、ずいぶん甘えたじゃないか」
「私はいつだってアンディ様に甘えていたいんです」
「はいはい。分かった分かった」
「もうっ、またそうやってあしらう……」
頬を膨らますアマル。
こりゃ、リスだな。頬にドングリでも詰め込んだか? 俺は笑ってその頬に、両手を添えた。軽く揉んで、柔らかさを堪能する。そうしてると、アマルの顔が紅潮し、風船の空気が抜けるように頬が萎んだ。
その様子を怪訝に思い、どうしたんだと俺は顔を近づける。アマルは恍惚とした表情を浮かべ、そんな俺を見詰めていた。至近距離まで顔を近付けてから、はっと自身の状態に気づいた。
アマルを胸に抱いて、頬を掴み顔を寄せている。
どう考えても、キスする10秒前でしたありがとうございます。アマルはそっと目を閉じた。完全にその気である。
俺はアマルの鼻をむぎゅっと、摘まんだ。アマルは驚いたように目を見張って、声を出す。
「なぁみふゅんですかぁ!」
「いや、なんか摘まんで欲しそうな顔をしていたから」
鼻から手を離す。
アマルはむくれ顔で、口を尖らせた。
「……アンディ様は、意地悪です」
「そうか。俺は意地悪か」
「それから、ずるい殿方です」
「なるほど、意地悪でずるいか」
「でも――」
俺は、ふむと頷く。
そして、言葉の先を視線で促す。
アマルはそれ見て、俺の胸に顔を擦り付ける。
「――でも、そんなところも……アマルは」
お慕い、しています……と、か細い声が耳まで届く。
俺は赤くなった頬を隠すために、手で顔を覆った。
***
「それで、アンディ様何があったんですか?」
「……何がって?」
「先ほどの話です。表情が変わったと言っていたでしょう」
「ああ、それのことな」
思い返してみたものの、今日一日何か特別なことはなかったように思う。しいて言うなら、ヨハンナと無駄口を叩いてたぐらいだ。
ああ、でも表情が変わったと言うならそれが原因だろうか。ヨハンナと気の置けない会話を繰り広げて、少しすっきりしたから。それが顔にも出ていたのかもしれない。
「ああ。まぁ、そうだな。表情が変わったと言えば、ヨハンナのおかげかな」
おかげと言うのもしゃくだが、それは間違いない気がする。ヨハンナのニヤリとした笑いが頭に浮かんだ。
「……ヨハンナ。ヨハンナ・スコトゥス」
アマルはピクリと眉を動かした。俺はそれを不思議に思いつつも、そのまま続ける。
「ああ、そのヨハンナ。というか、そのヨハンナ以外俺は知らないけど」
ヨハンナとのやり取りを思い出して、思わず吹き出す。そして、天井を見上げる。底抜けの青空を幻視した。
「そう、なのですね……あれが、アンディ様と」
「あいつ喋らなかったら清楚な美人なのに、結構口悪いんだぜ。しかも、ドS。痛いとこを的確についてくる。でも、それ以上に優しいやつだ」
「……そうですか」
「それに、ヨハンナはお前を気遣ってたみたいだけど」
発言の意味を探るように、訝しげに俺を見た。アマルは深紅の瞳を細め、静かに俺の頬に手を添えた。ひどく冷たい手だった。
「ヨハンナ・スコトゥスが、私を……」
「どうしたんだ、アマル?」
いいえ、とアマルは首を振った。それから何かを思案するように彼女は目を伏せた。手を左胸に置き、ふぅ吐息を漏らす。緊張を和らげているようにも、鼓動を確かめている動作のようにも見えた。
「――本当に、困った人」
それは誰に言った言葉だったのか。
ごちゃまぜになった感情を宿した瞳からは、それを伺い知ることができなかった。
アマルは伏せていた顔を上げて、視線を天井の向こう。その最果てに向けた。
彼女は何をそこに幻視したのだろうか。暗く淀んだ瞳の先にあるものは少なくとも、青空ではないのは確かだ。
壊れながらそれでも……それでも必死に音を出し続けているラジオ。いつから壊れているのかも分からない。この世に産まれてからなのか。この世に生まれたからなのか。
不協和音でも、音を鳴らして響かせる。それに何の意味があったのか。その存在に何の意味があったのか。
――その答えを、今も探している。




