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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第1章 悪夢からの目覚め
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泡沫の夢

 



 修道士たちは朝早く起床し、日暮れと共に就寝する。この時期、日が完全に落ちて、外が真っ暗になる時間帯は18半~19時の間だ。蝋燭は貴重な明かりだ。節約するにことしたことはない。


 蝋燭で申し訳程度に照らされた室内で、俺は寝る準備を整えていた。上着を脱いで、上半身裸になる。それから、下を寝ズボンに履き替える。最初は上着も着ていたが、ここでは服は貴重なので、できるだけ汚さないようにとこのようなスタイルに行き着いた。


 そうこうしているうちに、コンコンと控えめに扉を叩く音がした。俺はすかさず扉を開ける。そこには小さなローブを着てフードを目深にかぶった小柄な人物が立っていた。


「……あ、アンディ様」


「アマルか。さぁ、中に入ってくれ」


 アマルは俺の身体を見て、さっと顔を伏せる。きっと顔を真っ赤にさせているんだろう。


 俺もここに来てから、日々肉体労働をしているため身体が鍛え上げられ腹筋も見事に割れている。筋骨隆々とまではいかないが、細マッチョぐらいは名乗れるのではないだろうか。


(普段あれだけベタベタと引っ付いてくるのに、そういうところは初なんだよな)


 俺は笑って、アマルを部屋へと招き入れた。



 ***



 あの朝の宣言通り、アマルは毎晩俺の部屋を訪ねてくるようになった。


 しかし、元来未婚の男女が何もなくとも閨を共にするなんて、ふしだらだと後ろ指をさされる行為だ。

 比較的性に対して緩やかな農村部はまだしも、都市部では未婚の男女が閨を共にするどころか、同じ部屋に寝るだけでも姦通と見なされ、罰せられることも少なくない。しかも、ここは神のお膝元である修道院、その背徳感はかなりのものだ。


 アマルは見つかってもどうということはない、と言うがやはり毎回気が気でないというのが本音だ。


 俺の部屋に入ると、彼女はいそいそとローブを脱いで亜麻布の丈の長い肌着になる。所謂、シュミーズというものだろうか。

 いつもローブに隠された染みひとつない白い素肌をさらけ出し、アマルは恥ずかしげに身を揺らした。


 このシュミーズは、身体のラインがはっきりと分かるものだ。豊かな胸から、細い腰、そして安産型の臀部の流れがひどく艶めかしい。全体的には華奢なのに、何故こうも色っぽいのか。


 俺は頭の中で「アマルはじゅうよんさい」という言葉を言い聞かせリフレインさせる。いや、分かっている。ここでは立派女性の扱いをするべき年であるということは、分かってるんだ。俺は深くため息を吐いた。


「アマルは先にベットに入っといてくれ」


「はい、アンディ様」


 アマルは俺の指示に嬉々として従う。ベットに入って布団にくるまって、うっとりした表情で見詰めてくる。なんだかむず痒い。その視線から逃れるように、背を向けてゆっくり脱ぎ捨てた服を畳む。それを机の上に置いて、燭台を持ちアマルに声を掛けた。


「アマル、もう蝋燭消すけど大丈夫か」


「はい、よろしくお願いします」


「おう。ふっ……よしっと」


 蝋燭に息を吹き掛けると、辺りは真っ暗になった。俺は手探りでベットまで辿り着き、アマルが待つ布団に身体を滑り込ませる。中はアマルの体温でもうすでに暖かい。


「……暖かいな」


「はい。アンディ様のために暖めておきました」


「ぷっ、あははっ、お前秀吉かよ」


 ヒデヨシ、ですか? と小さな声が聞こえる。キョトンとした雰囲気が伝わってきた。  


「いや、なんでもないよ」


 そう言って、頭を撫でる。嬉しそうに、ふふっと笑う声が聞こえた。それから、アマルは俺の胸に頭を置いて、手で腹筋を確かめるようになぞってくる。その手付きに、一瞬身体が強ばった。


「こら。くすぐったいだろ」


 手を取って止める。

 アマルは不満そうに、ぎゅっとその手を握った。


「アンディ様、駄目ですか? アマルはアンディ様に触れたい。触れていたいのです」


「あのなぁ、アマルにはまだ早いし、あんまりそういうことは感心しないぞ」


 アマルの息を呑む音が聞こえた。身体を起こして、俺に覆い被さる。アマルの吐息が俺の頬にあたる。


「早くなんて、ありません。私はもう立派な女です。アンディ様のお子だって十分孕める身体です。私はアンディ様と―――」


 アマルが全てを言う前に、俺は彼女の肩を掴んで身を離させる。


「あ、アンディ様……」


「そういうのは、困る」


 我慢できなくなるから、困る。


 こちとら、この1年ずっと禁欲生活で溜まりに溜まっているんだ。毎日こんな美少女にべったりくっ付かれて、ムラムラしない方がおかしい。


 でもそれ以上にアマルを大切にしたい、と思う。


「申し訳、ありません……私ごときがおこがましいことを言いました。アマルをお許し下さい。もう斯様なことは、言いません。これ以上望みませんから、ただお側に置いてください」


 アマルは声を震わした。耐えるように身を強張らせた様子が肩を掴んだ手から伝わってくる。それから、少ししてポタリと水滴が俺の頬を濡らした。


 ああ、また泣かせてしまった。なにやってんだ俺。


 現代の価値観を押し付けて、大切にしたいと思った女の子を傷つけた。その上に、こんなことまで言わせてしまった。俺、ほんと学習しないな。


「アマル泣くな。困るってのは、嫌だとかそういうんじゃないんだ。ただ煽ることは言わんでくれ。我慢できなくなるだろ」


「アンディ様……私とそうなるのが、お嫌ではないのですか」

「嫌じゃないから、駄目なんだ。俺はお前にちゃんと答えてないし、そういうの抜きで手は出すのは違うだろ?」


「アマルはそれでも構いません」


「俺が構うの! 近いうちに必ず答えを出すからそれまで待ってくれ」


「……はい。アンディ様がそれを望むなら」


 アマルは力無く答えた。

 叶わないと悲観するような声音だった。

 その声に心がざわつき、衝動的にアマルを引き寄せ強く抱き締める。そして、顔を寄せて頬に唇を落とした。


「アマル、今はこれで勘弁してくれ。俺も頑張るから」


「はい、アンディ様。……もしアンディ様が私のことをお嫌になられたとしても、どうかそれを言わずアマルにずっと夢を見させて下さいね。そうすれば、私は幸せな微睡みの中で生きていけますから」


「なにを言うんだ。嫌いなるなんて、なるもんか」

 

 アマルは無言で、俺の首に手を回ししがみついた。


 夢を見続けることは不可能だ。

 いつか必ず覚めの時が訪れる。



 目覚めを理解しながらも、その泡沫のような夢にすがることしかできないアマルを、俺はただ愛しいと思った。




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