5話 ただいま
1
「あの町に私の家があるの」
レイカは遠くに見える町を指さした。
トッシュに行く途中、陽翔はレイカの家に寄ることになっている。
レイカは自分が死んで幽霊になったことを家族に報告するつもりらしい。
町に入ってから脇目も振らず歩いたレイカは家の前で立ち止まった。
「ここが私の家よ。ちょっと待ってて」
そう言ってレイカはドアをすり抜けて家の中に入った。数瞬後、ドアが開く。
「入っていいよ」
「お邪魔します」
言われるまま陽翔はレイカの家に入った。
「ただいま……」
部屋には老婆が1人。椅子に座って本を読んでいる。
「おかえり、早かったわね。帰ってくるのは明日じゃなかった? ……ん、その男は誰だい?」
老婆が陽翔をまじまじと見る。
「えっと紹介するね。この人はハルト・イサブキ。……私と契約してくれた人」
「契約って……もしかしてアンタ!?」
「うん……。ごめんね、おととい魔物に殺されちゃった」
「レイカ……」
老婆の目から涙が出てきた。
ややあって老婆が涙を拭き、レイカに話しかける。
「そこに座って詳しい話をしてちょうだい」
「うん」
「そこの人も座ってください」
「はい」
陽翔とレイカは椅子に座った。
「飲み物を用意するので、ちょっと待ってくださいね」
「あ、じゃあ私の分も持ってきて」
「幽霊なのに飲めるのかい?」
「この人、希少人だから飲めるよ」
「ふふ、そうかい。なら自分で用意しなさい」
「はーい」
イグストにいたヒコやモカ、そしてこの老婆もレイカが幽霊になったことを不思議に思っていない。やはりアーカイスでは『幽霊』が認知されているのだろう、と陽翔は思った。
2
机の上にティーカップが3つ。
レイカは飲み物を飲みながら、これまでの経緯を語りだした。
「依頼を受けて遺跡に行ったんだけど、すごく強い魔物がいたの。何とか倒したけど魔力がなくなって、体も武器もボロボロ。瀕死で動けないところを別の魔物に襲われて殺されちゃった……」
レイカは簡単に説明した。
「戦わないで逃げればよかったのに」
「穴に落ちて逃げ場がなかったから戦うしかなかったんだよ」
「はぁ~そんな所に行くから死ぬんだよ」
「ごめんなさい」
レイカは申し訳なさそうに謝る。
「でも幽霊になったとしても、お前が生きいてよかったよ」
「できれば死にたくなかったけどね。ま、嘆いても仕方ない。希少人と契約できたし運がよかったと思ってるよ」
レイカ曰く幽霊になることは稀、そして『希少人』の存在も珍しい。幽霊になって希少人である陽翔と契約できたレイカは、かなり運がいいといえる。
「イサブキは私が霊魔に追いかけられてるところを助けてくれたの」
「今度は霊魔に襲われたのかい!?」
「うん……。イサブキは命の恩人だよ」
「そうだね。イサブキさん、娘を助けてくれてありがとう」
老婆は丁寧な口調でお礼を言った。
「それで、何故こんな子と契約したんだい?」
「こんな子って……」
レイカは小さい声で突っ込んだ。
「俺は勇者を始めたらしいんです。幽霊と契約してれば霊魔と有利に戦えるってレイカさんに言われたので契約しました」
「始めたらしいって、どういうことだね?」
「イサブキは記憶喪失なの」
「それは本当なのかい?」
「買い物の仕方とか結界装置のこととか、いろいろ知らなかったから本当だと思う。だけど、勇者証を持ってたから勇者を始めたって分かったの」
「……それは大変だねぇ」
老婆が哀れむような目で陽翔を見た。
「当面は勇者として生きていくつもりかね?」
「はい。記憶を思い出すまでは勇者をやります」
「こんな子が傍にいてもいいのかね?」
「む~、どういう意味?」
幽霊は契約している人間の生気を吸って存在できる。しかし人間から離れると生気を吸えないため、必然的に契約している人間の傍にいることになる。
「今のところ問題ありません」
「今のところって……これからも問題ないよ」
レイカが突っ込む。
「……それなら、仕方ないねぇ。イサブキさん、レイカのことを頼むよ」
「はい」
老婆は、レイカを託したが渋々といった感じだった。
「レイカ、イサブキさんに迷惑をかけるんじゃないよ」
「大丈夫だよ~」
レイカは軽い口調で返事をした。
「それで、この先の予定はあるのかね?」
「トッシュに行く予定です。いろいろ便利そうですし俺の記憶を取り戻す手がかりがあるような気がするんです」
このまま、この町に留まるのもいいがトッシュの方がクラスメートに会える可能性が高いと陽翔は考えている。
「レイカはいいのか?」
「うん」
「そうかい。はぁ~また家が狭くなるねぇ」
老婆は寂しそうな顔をした。『また』ということは他に住んでいた人がいたのだろうか。
「すみません」
「謝る必要ないよ」
「希少人と一定期間、契約した幽霊は自由に生きられるようになるらしいので、そうなったら契約を解除します」
クラスメートに会えるのが先か、レイカが契約者なしでも生きられるようになるのが先か。この時の陽翔は、クラスメートに会うのが後になってもレイカとの契約を解除するつもりでいた。
「そうしてくれるなら、私は嬉しいよ」
老婆が嬉しそうな顔になった。
「しばらくトッシュに滞在するつもりだよね?」
レイカが陽翔に質問する。
「うん」
「じゃあ、急いでなければ今日はここに泊まってほしい。おばあちゃん、イサブキを泊めていいよね?」
「好きになさい」
しばらく老婆と会えなくなるので、今日は一緒に過ごしたいのだろう。
陽翔はクラスメートのことが気になるが焦っても仕方ないと思っている。
「別に急いるわけじゃないから、いいよ」
陽翔はレイカの家に泊まることになった。
3
「本か……」
陽翔は部屋にある本棚を眺める。
「読みたかったら読んでいいよ」
泊まることになったが、やることがない。読んでいいと言われたので陽翔は本を読んで時間を潰すことにした。
陽翔が最初に読んだのは魔法に関する本。アーカイスには、地・水・火・風・電・氷・光・闇の属性を持つ魔法が存在するが、普通の人は3種類程度の魔法しか使えないといらしい。
魔物図鑑もあったが内容を覚えられそうにないのでパラパラめくって見るだけにした。
また、古代に封印された妖魔王の本があったので、陽翔は読んでみた。その本は、アーカースを支配しようとした妖魔王を『レグニ族』の力を借りて封印したことが、伝説上の話として書かれている。
レグニ族とは人間より高度な魔法を使える種族。しかし、伝説の存在なのでアーカイスに存在しないとされている。
現在の妖魔に関する本はなかった。
「こういうのも読んで見る? イサブキが好きそうな本を持ってきたよ」
陽翔が本を読んでいる間、レイカは別の本を持ってきた。
「これは……」
本のタイトルを読んだ陽翔は複雑な気持ちになった。
レイカが持ってきた本のタイトル日本語に訳すと「魔法が使える俺は魔力が存在しない異世界で無双する」となる。アーカイスに住んでいる少年が魔法が存在しない異世界に召喚される話だ。
レイカは、その他にも魔法が使えない異世界人がアーカイスを侵略するストーリーや、アーカイス人が異世界に転生するストーリーの本を持ってきた。
「これって創作だよな?」
「当たり前じゃん」
レイカは笑いながら言った。
異世界は存在しないとされているようだが、異世界に関するファンタジーは存在する。日本で「俺は異世界から来た」と言えば白い目で見られるのと同様に、地球から来たと言った陽翔をレイカは痛い人と思っただろう。そう考えると陽翔は恥ずかしくなった。
「ありがとう。読んでみるよ」
4
レイカが持っている本は思いのほか面白く、読みふけってしまい気づけば夕方になっていた。
「その本、面白い?」
「面白いよ」
「その本に書いてあるような異世界は存在しないよ。たまに異世界から来たとか言っちゃう子もいるけど……」
「うっ」
「最初に会った時、すごく痛い人だと思っちゃったよ。まぁ、記憶喪失だから仕方ないね」
「はは……」
この様子では地球から来たということを信じてくれそうにない。しばらくは記憶喪失という設定のままでいよう、と陽翔は思った。
「読んでるところ悪いんだけど、これから行きたい場所があるから一緒に来てくれる……?」
「いいよ。行こうか」
レイカは陽翔を別の家に案内した。
「いるかなぁ?」
そう言ってレイカは呼び鈴を鳴らした。すると、家から女が出てきた。短い髪は青く、清楚で儚げそうな女だ。
「レイカ……帰って来たんだ。なんか用?」
「……ごめんね。私、死んで幽霊になっちゃったから、しばらく一緒に行動できない」
レイカは言うのを少し躊躇った後、自分が死んで幽霊になったことを告げた。
「はぁ~? 嘘でしょ!?」
「こんな嘘ついたって意味ないじゃん」
「確かに……。なんで死んだの!?」
女はレイカが幽霊になったことを信じたようだ。
「すごく強い魔物に殺されたんだよ」
「レイカを殺す魔物って……どれだけ強かったのよ」
「まぁ、いろいろあってね。強い魔物は何とか倒せたんだけど、瀕死のところを別の魔物に殺されちゃった」
「戦わないで逃げなさいよ!」
女は大声でレイカの行動を咎めた。
「逃げ場がなかったんだよ」
「そう……。はぁ~勇者をやってるから覚悟してたつもりだけど実際に死んじゃうとなぁ」
そう言う女の表情は悲しげだ。
「というわけで、しばらくエルネと行動できないの。ごめんね」
レイカに謝罪されたエルネは、手を顎に当てながら陽翔を見た。何か考え事をしているようだ。
「レイカ、この人は契約してくれた人だよね?」
「そうだよ。勇者をやってるから契約をしてもらったの」
「勇者ね……。レイカの知り合い?」
「一昨日、会ったばかりだよ」
「そう……」
エルネは数秒、沈黙したのち口を開いた。
「すみませんが、レイカと契約を解除してくれますか? ただでとは言いません。別に幽霊がいなくても、お金を稼げますよね?」
「それはできない」
「何でですか?」
エルネは即答した陽翔に近づいて、契約を解除できない理由を聞いた。
「会ったばかりの男の人より私と契約した方がいいと思います。幽霊から一方的に契約を解除すると、しばらく契約できないことは知ってますよね?」
「……そうなの?」
陽翔はレイカに質問した。
「うん」
「そんなことも知らないんですか。まぁ、いいです。契約を解除してください」
「ごめんね、エルネ。私はイサブキと契約を続けるよ」
「えっ……」
エルネはショックを受けたようだ。知人である自分ではなく会ったばかりの男を選んだのだから当然だろう。
「この人、希少人なの」
レイカは陽翔の肩を掌で叩きながら言った。
その様子を見たエルネは目を開いて驚いている。
「希少人かぁ。はぁー、それなら仕方ないわね」
「希少人と契約した幽霊は契約者なしでも生きられるようになるらしいから、そうなったら解除するよ」
「本当ですか?」
「ああ」
「約束ですよ」
「おう……」
再度、確認された陽翔は面倒くさそうに返事をした。
「あっ! ちょっと待って。勇者をやってるって言いましたよね?」
「ああ?」
「レイカが一人で生きられるようになるまで依頼を受けないでください。それまでの生活費は私が出します」
「は?」
陽翔はエルネの意図が理解できなかった。
「町の外に出て魔物や盗賊に殺されたら、どうするんですか? レイカが普通の幽霊になっちゃいます」
「そういうことか」
陽翔が死んだら、レイカは『契約者なしでも生きられるようになる』という恩恵を受けられなくなる。そのことを危惧しているのだろう。
「この人、強いから大丈夫だよ。もしかしたら人間だった頃よりの私と同等以上かも」
「そうなの? でもレイカを瀕死に追い込んだ魔物もいるんだし安心できない」
「大丈夫だ。危険な依頼は受けないし、危険な場所にも行かない。それに俺はスボブリン程度なら余裕で倒せる」
「……分かりました。そこまで言うなら、あなたの実力を見せてください。今から訓練所に行きましょう。そこで私と戦ってください」
「は?」
「エルネ……」
レイカが呆れたような目でエルネを見ている。
「……分かったよ。その訓練所って所で俺の実力を見てくれ」
ここで断っても諦めてくれそうにないので陽翔はエルネと戦うことにした。
「決まりですね。早速、訓練所に行きましょう」
その後、互いに名前を名乗り、エルネは陽翔を『訓練所』に連れて行った。
道中、陽翔は戦闘スタイルを聞かれたので「剣と盾、魔法を使う」と答えた。
6
「まずは使える魔法を見せてください」
陽翔達がいるのは『訓練所』と呼ばれる広い場所。お金を払って借りる形式になっている。
「メンドクセェ」
エルネに聞こえないように呟いた陽翔は魔法を使った。
陽翔を召喚した異世界に存在する魔法の属性は地・水・火・風・電・氷・光・闇。偶然にもアーカイスと同じだ。そのうち、陽翔が使えるのは水、火、電、氷、光の5つ。
陽翔は使える魔法を見せた。攻撃魔法はもちろんのこと、身体能力を上げる魔法や傷を治す魔法も使える。しかし身体能力や傷を癒す魔法は自分にしか使うことができない。
「5つも使えるんですね」
エルネは素直に驚いた。
「魔法の実力は分かりました。次は剣の腕を見せてください」
そう言うエルネは木製の剣を2つ持ち、防具を着ている。陽翔も防具を着て木製の剣と盾を持っている。
「魔法を使わないで武器と自分の肉体だけで勝負してください」
「分かったよ」
陽翔は苦戦することなくエルネに勝った。
「どう? イサブキの実力は?」
「強いね。彼なら大丈夫かな。でも酷いよねー。女の子を蹴ったり投げ飛ばしたりするなんて。ちょっとは手加減してほしかったよ」
「エルネが戦えって言ったんでしょ!」
「そうだね」
「もう……」
レイカは、文句を言うエルネに少し呆れた。
「依頼を受けるな、なんて言わないでよ」
「言わないよ」
「そう、よかった」
陽翔の実力が認められたのでレイカは安心した。
「ねぇ、イサブキさんってどこに住んでるの?」
「知らない。住所がないから宿暮らしだと思う」
「へぇ……。じゃあ、この町で集合住宅を借りる?」
「ううん。私達はトッシュに行くよ。だから、しばらくお別れだね」
「なんで?」
「ちょっとね……。イサブキ、記憶喪失なんだ。トッシュに記憶を思い出す手掛かりがあるかもしれないから行きたいらしいの」
陽翔が行きたい理由は「クラスメートに会えるかもしれない」ためだが、レイカが異世界のことを信じないので陽翔が適当に嘘をついた。
「そうなんだ。じゃあ、元気でね」
「うん」
レイカは元気に返事をする。
「エルネも元気でね。……死なないでよ」
「気をつけるよ」
エルネは引き締まった顔になった。
7
陽翔は今、何も着ていない。割れた腹筋、硬そうな胸板、筋肉質な体つきだ。
「ふぅ~、疲れた」
風呂に入って疲れを癒している。肉体的には疲れていないが、厄介な女に絡まれたので精神的に疲れている。
「彼の剣や魔法の実力は、どのくらいなんだい? 強い魔物と戦えるのか?」
陽翔が風呂に入っている間、レイカは老婆に質問された。
「勇者階級は3だけど強いよ。エルネも認めたから安心して」
「あのエルネが……。それなら、ちょっとは安心だね。お前も一緒に戦えば、より安心だ」
「それが、今の私は魔法が使えないんだよ」
幽霊は契約者の魔力で魔法を使うことができるが、今のレイカは魔法を使えない。
陽翔はその理由を魔力の性質が違うからではないか、と考えている。
「何でだい? イサブキさんがいるから使えるはずじゃないか」
「何でだろうねぇ。希少人だからかな? 武器さえあれば魔物相手なら無敵だからいいけどね」
レイカは魔法を使えないことを気にしていないようだ。
「お風呂、ありがとうございます」
陽翔が浴室から出てきた。
「私も入ろ!」
そう言ってレイカは浴室の方へ歩いて、脱衣場のドアを開けた。
昨日も一昨日もレイカは風呂に入らなかったが、今日は入るつもりだろうか。
レイカは、幽霊が風呂に入る必要がないと言った。疑問を抱いた陽翔は、脱衣場に入ろうとしているレイカを見つめたが、見ていることに気づかれてしまった。
「何?」
「……幽霊が風呂に入る意味あるの?」
「ないよ。でも今の私は感覚があるから気分的に入りたいだけ。希少人と契約した幽霊の特権だね」
そう言ってレイカは嬉しそうに脱衣所に入った。
レイカは脱衣所にいるが、服を脱ごうとする様子はない。
「服を消すような感じで……」
レイカが着ている服が徐々に消え始め、最終的に彼女は一糸まとわぬ姿となった。体は細く、少し筋肉質だが大きい。
「イサブキさん」
「はい」
「あの子に迷惑をかけられていないかね?」
「そんなことありません。むしろ、助かってます」
「そうかい。それならいい」
老婆は微笑んだ。
「ちょっと、あの子の両親について話をしようか」
老婆は語りだした。
「あの子の両親……私の息子とその嫁は霊魔に殺されたんだ。あの子が15歳の時にね。階級は2人とも30で契約している幽霊はいなかった。私が言うのも何だけど、2人ともすごく強かったよ」
霊魔から逃げるという選択肢はなかったのだろうか、と陽翔は疑問に思った。
「でも、この町に複数の大型霊魔が侵入してきたんだ。兵士や町にいる勇者も戦ったが、あの2人も戦いに参加した……」
「じゃあ、その時に……」
「そうだよ。人間、いつどこで死ぬか分からないね」
それは陽翔も同じだ。異世界を生き抜き、魔王を倒したことがあるとはいえ油断はできない。
「お前さんも強いらしいけど油断するんじゃないよ」
「……はい」
「レイカは魔物や普通の人間に殺されることはないが、霊魔は別だ」
「そうですね」
「今のレイカは魔法が使えないそうじゃないか」
「そうみたいです」
「霊魔に襲われたら、お前さんが守るんだよ」
「分かりました。全力で守ります」
レイカは武器があれば霊魔とも戦えるが、魔法を使えないので全力が出せない。
霊魔が襲ってきたらレイカを守ると陽翔は約束した。
決闘はお約束




