2話 私と契約しませんか?
陽翔はひとり、森にいた。周囲にクラスメートは誰もいない。
「みんな、どこにいるんだ……。まぁ、いい。とりあえず街に行ってみるか」
探してもクラスメートどころか人が見つからないので陽翔は町を目指すことにした。途中、凶暴な動物に襲われたが難なく倒し、森を出た。
「とりあえず森は抜けられたか……。街はどこだ?」
周囲を見回す陽翔。右手には洞窟の入り口がある。
「ひぃぃぃぃ喰われるぅぅぅぅ」
「なんだ……?」
洞窟から、悲鳴をあげた少女が勢いよく出てきて陽翔にぶつかった。
「いてっ」
「いたっ……あれ……人間にぶつかった?」
「ちゃんと前を見て……魔物!? デカい……」
少女に注意しようとしたが、陽翔は別の生物に驚いた。
洞窟から出てきたのは少女だけではない。
白く、まん丸い顔のようなものから、足が左右に三本ずつ生えた化け物が飛び出してきた。化け物は目がついておらず、大きく開けた口からギッシリと並んだ歯が見える。
少女は陽翔にぶつかった拍子に転んだが、すぐに体勢を立て直して走った。化け物は陽翔に目もくれず少女を追いかけた。
「あの魔物に追われているのか」
陽翔は何も持っていない手から剣と盾を出現させて、少女と化け物を追いかけた。
「はぁぁぁ」
力を溜めるように声を出した陽翔は剣を薙ぎ払い、化け物の右側の足を切断した。間髪を入れず、左側の足も切断する。化け物が動けなくなった。
少女はその様子をポカンと見つめている。
「ふぅ……とりあえず安心」
安心したのも束の間。切断された足が動き出した。
「げっ! もしかして、くっ付くのか?」
「早く止めをさして!」
少女が叫んだ。
「おう!」
陽翔は剣先を化け物に向けてビームを撃った。化け物は跡形もなく消えた。
「助けてくれてありがとうございます」
「これくらい、どうってことないよ。ケガはない?」
「ありません」
「それはよかった」
「ありがとうございます」
少女は再びお礼を言った。
「ちょっと聞きたいんだけど、ここから一番近い町はどこ?」
「町ですか。一番近いのはあっちの方に……」
少女は指をさした。
「ありがとう。俺達はここまでだね。もうあんな魔物に襲われるなよ」
陽翔は少女が指をさした方向に向かって歩き出した。
「ちょっと待って。希少……じゃない命の恩人様!」
少女が陽翔を呼び止めた。
「なに?」
「あなたは勇者ですか?」
「勇者ってなに?」
「……知らないんですか?」
「ごめん。俺、地球っていう異世界から召喚されたから、この世界のことは何も分からない」
「えぇ……その歳で異世界とか……」
少女が怪訝な顔で勇吹を見つめている。ドン引きしている。
地球という異世界のことは認知されていないようだ。
「異世界だよ、異世界召喚。知らない?」
「……異世界なんてありませんよ。大丈夫ですか?」
自分達を召喚したのはアーカイスだ。それなのになぜ、異世界のことを知らない? と陽翔は思った。
「ごめん、嘘。記憶喪失で何も思い出せない。なんでここに居るのかも。ただ、異世界っていうのが頭に浮かんだんだ」
この少女がたまたま異世界のことを知らないだけなのかは分からないが、信じてくれないので陽翔は嘘をついた。
「そうなんですか……。それなら身分証とか持ってませんか?」
「身分証……」
陽翔は女から渡された身分証と勇者証を取り出した。
「やっぱり、勇者ですね。名前はハルト・イサブキ……」
少女が陽翔の隣に立って勇者証を見た。
「勇者って何?」
陽翔が知っている『勇者』は聖剣で魔王を倒す人間のことだ。
「依頼をこなして報酬を貰う仕事です」
「へぇ~、俺そんなことをやってたんだ」
「勇者なら私と契約しませんか?」
「契約……?」
陽翔は首をかしげた。
「私、幽霊なんです」
「幽霊……」
「幽霊と契約すると霊魔……イサブキさんがさっき、倒した化け物と有利に戦えるんです」
「どういうこと?」
「幽霊と契約していないと、霊魔にほとんど攻撃が利かないんです。見たところ、あなたは幽霊と契約してないようですけど……」
少女は陽翔の周りをキョロキョロと見た。
「……どうですか? 私と契約しませんか? 勇者として仕事をしていれば記憶が戻るかもしれませんよ。契約してくれれば、あなたの記憶を取り戻すお手伝いもします」
そう言う少女はセミロングの髪を後ろで束ねている。芯が強そうだが、優しさも感じる。
「分かった。契約するよ」
陽翔は銀髪の女から『手引書』を貰っていない。この世界のことを教えてくれる存在が必要と考えたため契約をすることにした。
「決まりですね。契約しますかって聞くので契約しますって言ってください」
「分かった」
「手を出してください」
陽翔は掌をだした。少女は陽翔の掌に自分の手をのせる。
「汝、レイカ・イレーストと契約しますか?」
「契約します」
陽翔の手が光った。
「契約完了です。よろしくお願いします」
「よろしく」
こうして陽翔のアーカイスでの冒険が始まった。