13話 リソース・アウト
戦場で違和感を覚えたら、必ず状況観察を行うべし。積み重ねた訓練を通して得た、マヒロなりの教訓である。今のところ、杞憂で終わった試しは数えるほどしかない。
そして今回も、マヒロの勘は冴えわたった。
「統治者の<キャサード>!? 操化されてる!」
自身の<キャサード>を飛び込ませるような勢いで瓦礫の陰に隠した。直後、マヒロが走っていた位置、そして隠れた場所へ、敵のアサルトライフルによるフルオート射撃が容赦なく浴びせられる。後退した老練者のマーキュリアを深追いしていたら、背後から銃撃されていただろう。
少尉と違い、あの<キャサード>2機は自爆のセットができなかったらしい。実行する勇気が無かったのか、それとも実行の余裕が無かったか。理由は考えない。敵として立ち塞がっている事が重要だ。
「マーキュリアが待ち伏せ……新種? 嘘だろ? ……いや、あり得る……?」
精鋭揃いの軍が壊滅した理由を、マヒロはぼんやりとだが理解した。おそらく人間の戦術を学習した新種なのではないか。壊滅したのは、その対応に追いつかなかったからではないか、と。
その推理が正しいことを、すぐに証明されることになる。複数の金属音が聞こえてきた。
「新手? やっぱり——」
小型マーキュリアたちが、マヒロを追いかけるように押し寄せているのだ。追い込んだ獲物にトドメを刺すような動き。あまりにもタイミングが良すぎる。
「嘘だろ!? マーキュリアが戦術を使うなんて、アリかよ!?」
人間の戦術思考とマーキュリアの耐久力を持った化け物。もちろん『パラドクス・クリエイター』の訓練でも経験の無い相手だ。
「考え方は人間で、戦い方はマーキュリア……いけるか……?」
思わず弱音が漏れる。
だが答えはすでに決まっている。戦って切り抜けるしかない。
(パイロットが取り残されてる……は無いか。人質がいるなら、もうこちらに教えているはず。だったら対人戦だ。やりようはある)
マヒロは相手を人間の敵として仮定しつつ、脳内で戦闘プランを組み立てた。対人戦闘であれば訓練済みだ。
「……よし。行こう」
退路に待つ敵の<キャサード>に向け、発煙手榴弾を放つ。手榴弾は敵の手前で着地すると、白色の煙幕が大量に巻き起こり、周囲の視界を塞いだ。
同時にマヒロは隠れていた瓦礫から<キャサード>を飛び出させた。そして煙幕立ち込める退路に向けて全力疾走を行い、距離を詰める。
ダメージを負っているため、機動戦に持ち込むのは厳しい状況。しかし包囲されて圧殺されるくらいなら、賭けに出たほうが生き延びられることをマヒロは直感していた。
煙幕内とはいえ、マヒロの<キャサード>が走るのは射線の通った危険地帯。しかし敵からの銃撃は飛んでこない。
(やっぱり。人間の考え方なら、立ち回りは対人戦で通じる!)
本来、煙幕を張る目的は『防御』である。視界を遮ることで敵からの照準を定めさせないようにするためだ。敵は無用な弾の消費を抑え、リロードの隙を作らないよう交戦を控える。意識も煙幕外に向きやすい。
しかし、マヒロが行なっているのは、煙幕に紛れて敵へ接近する『攻撃』行動。当然、警戒は薄れる。
「丸見えなんだよ!」
加えて、相手はマーキュリアに操られた『操化』状態だ。煙幕越しでも、『操化』を示す桜色の光芒が目に留まる。つまり、マヒロには見えて、相手には見えない。マヒロも思わず呆れてしまうほど、マヌケな結果である。
<キャサード>の腰部から放電ナイフを抜きつつ、動きの鈍い1機に向けて全速力で突っ込む。煙幕の中から煙を纏いながら飛び出す<キャサード>の奇襲に、相手は反応しきれない。反射的にライフルで応戦するも、マヒロの<キャサード>の装甲を掠めるだけだ。
ナイフの刃は相手の腹部に深々と突き刺さった。次は放電である。だが。
「……っ!」
マヒロは躊躇った。コクピットの中にパイロットが取り残されているかもしれない。自分のナイフが人間を殺すかもしれない。その葛藤で動きが止まる。
だが、その葛藤も一瞬であった。ナイフを突き立てた相手が反撃をするため銃口を向けようとしていたからだ。
マヒロはすぐに迷いを振り切り、放電のスイッチを押した。迷いが自分の死に直結することを、訓練を通して理解しているからだ。
「ごめん……!」
謝りながら、マヒロは攻撃の手を止めない。放電させたままナイフを手放すと、感電している機体を遮蔽物にしながら、背中に懸架したスナイパーライフルを手に取り、2機目へ素早く射撃した。
発射数は5発。うち4発が相手に命中した。相手の両腕の肩部・右脚の膝関節・頭部を撃ち抜いて破壊し、再起不能へ持ち込む。最後に、感電して露出した1機目の脳核をナイフで破壊し、敵の<キャサード>との交戦は完了した。
「よし!」
マヒロは短いながらも勝鬨を上げた。そして、2機目を放電ナイフでトドメをさしながら、ふと考える。
(戦術を使ってきた割に、思ったより呆気なかったな……戦闘慣れしていないのか?)
未知の相手に興味が沸く。データを集めて次に活かしたい気持ちが沸く。
だが、まだ安全じゃない。小型マーキュリアの群れが迫っている。マヒロは気持ちを切り替えた。
残弾数の乏しいスナイパーライフルを背中に担ぎ、放電により熱が籠もったままの放電ナイフを収納する。そして撃破した敵機のアサルトライフルを回収した。弾は十分に装填されている。リロードができない片腕の状況ではありがたい。
伏兵がいないか周囲を確かめつつ、改めて離脱のため数歩、足を動かした。
しかし。
突如、脚部から小さな爆発の衝撃が伝わってきた。そして、ガリガリと異音が走る。整備用カメラで損傷状況を確認すると、左の膝関節部に火花が散っていた。装甲も銃弾で抉れている。被弾が深かったのだ。
「嘘だろ!? こんな時に!?」
予想外の事態に思わず頭が真っ白になる。しかし、その空白はすぐに塗りつぶされた。煙幕の向こうから聞こえる、マーキュリア達の足音によって。
ダメージコントロールで損傷をカバーする時間は無い。脱出に賭けるか、命尽きるまで迎撃するか。マヒロに残された道は2つに1つ。しかし、どちらも待つのは死だ。戦力差がありすぎる。
だったら。
「……少尉さんに叱られるかな、やっぱり」
マヒロは決意を込めた表情でコンソールを操作し、自爆モードを再度オンにした。マーキュリアによる侵食が進行すると、自動で循環式電励機関を暴走させる状態だ。もちろん、暴走させればパイロットのマヒロも感電して死ぬ。
(それでも、やれることはやる!)
逃げられないなら、殲滅する。そう決心した。自爆は、失敗したときの保険と、自分を追い込む発破のためだ。
今のマヒロが取れる、最大の抵抗であった。
敵の足音の方向へカメラを向け、モニターを睨む。その視界に映ったのは、煙をかき分けてなだれ込む小型マーキュリアの大群であった。数を数えたらキリが無いほどの。
「……ッ!」
その数に圧倒されながら、マヒロは拾ったアサルトライフルをセミオート射撃に切り替え、操縦桿のトリガーを何度も引く。操縦桿を握る手に力が入り、ハンドガンの連射で痛めた手首が再びじんじんと熱を帯びていく。全身から汗が噴き出してくる。
(こんなところで死ねるかよ!)
必死のマヒロは、痛みに耐えながら確実に敵を撃破していく。一発一発を全て敵へ叩き込むよう、丁寧にトリガーを引いていく。
やがて、その決死は功を奏した。アサルトライフルの弾を撃ち尽くし、機関砲の弾倉が空になった頃には、敵は追狗型が3匹と、片手でも数えられるほどになっていた。
「いけるか!?」
まだスナイパーライフルの弾が2発と、放電ナイフが残っている。上手く使えば、凌げる。
そう希望を持った直後、爆発のような音が響いた。視線が音の方向へ走る。
その視線の先には、錐揉み回転で宙を舞う軍事トラックがあった。衝突地点には、もちろんマヒロの<キャサード>が構えている。
「ッ!」
即座にスナイパーライフルをトラックに向け、弾丸を放つ。弾はトラックの中央部に命中し、直撃コースから逃れた。<キャサード>に身を屈めさせて回避する。
マヒロはトラックが飛んできた方向へカメラを向けた。新手の小型マーキュリアだ。熊のような体躯をした個体が1匹、大柄な人間タイプが2体。それぞれ巨熊型、重装兵型と呼ばれている。
「お前ら、性格悪すぎだろ! 畜生!」
あまりにも理不尽な状況に、悪態をつくしかないマヒロ。弾切れになったスナイパーライフルを捨て、ナイフを構えさせた。カメラは猛接近する追狗型3匹を捉えている。もう完全に後が無い。やぶれかぶれだ。
「死ぬもんかよぉぉっ!」
マヒロは咆哮しながら、<キャサード>の左手を 先頭の追狗型の飛びかかりに合わせてナイフの刃を叩きつける。1匹目。
その背後から迫っていた2体目は腕を振るって拳で打ち払う。2匹目。
しかし3匹目はとうとう間に合わず、接近を許してしまう。右の肩部によじ登り、頭へ体当たりを仕掛けたり、コクピットめがけて鋭い尻尾を突き刺してきた。カメラが故障や接続不良を起こし、視界が狭まっていく。装甲や内部構造へのダメージに対するアラートが鳴り響く。今はまだ攻撃しているだけだが、操化されてしまえばこの<キャサード>はおしまいだ。
<キャサード>の左腕で追狗型を振り払おうとするも、その腕に鋭い衝撃が数回走った。重装兵型が手に持っている、ライフル銃のような武器による射撃だった。銃弾ではなく小さな鉄塊を連射するため貫通力と精度は低いが、破砕力は抜群である。少しでも被害を避けるため、胸部の前に腕を固定してコクピットをガードする。マヒロはできるかぎりの速度で後退を開始した。だが敵との距離は縮まっている。
万事休すだ。
「くそぉぉぉおお!!」
自爆の恐怖を抑えるように、両目をギュッと閉じた、その時。
<キャサード>の背中を何者かが駆け上がる音と振動がコクピットに響いた。自分が検知していない追狗型が死角から奇襲してきたのだろう。
「だったらまとめて巻き込んで――え?」
右肩部分から『カァンッ!』と金属同士で接触する音が聞こえたかと思えば、肩に陣取っていた追狗型が地面へ墜落していた。ひとりの少女と共に。
長く明るい灰色の髪。出ているところは出て、締まった部分は締まっている、メリハリのついたボディーライン。その全身は、光沢のある素材で作られた黒色のパイロットスーツで覆われている。
そして、彼女の背後から伸びた、長大な銀色の尻尾。見間違えるはずがない。
マヒロは彼女の名前を思わず叫んだ。
「ラッテ!?」
銀色の『尻尾』に頭部を刺し貫かれる形で、追狗型は無力化されていた。尻尾の先には人間の拳ほどの大きさの、金色の金属の塊が貫かれ、バチバチと火花を立ててショートしている。マーキュリアの脳核だ。
ラッテは貫いた脳核を睨んだ。そして周囲を見渡す。崩壊しきった軍の設備と、燃え盛る炎の海。その惨状を見た彼女は、憎しみのこもった視線で前方の敵3体を睨んだ。出会った頃の無表情からは想像もつかないほど、鬼気迫る表情であった。
『マーキュリア……殺す!』
出会った当初に見せていた、呑気な彼女の面影は無い。
兵士としてのラッテが、そこにいた。




