12話 小さな戦士の勘
また助けられた。また助けられなかった。
マヒロは、幼少の頃に死んだ両親を連想し、怒りと悲しみ、後悔の念で胸がいっぱいとなっていた。
自分を守るため、命懸けで助けてくれた父と母。そして、他人である自分を自らの命と引き換えに託してくれた少尉。皆、立派な大人だった。でも、良い人ばかりが先立っていく。
「畜生……いつもいつも躊躇無しで人間を殺しやがって……あんまりだ……!」
少尉より託された<キャサード>の中で、マヒロは涙を滲ませる。マーキュリアの理不尽な凶行に憤りながらも、淀みのない動きでコンソールを操作していく。1秒でも早く、少尉を殺したマーキュリアどもを駆逐したい。そんな怒りで頭が一杯になっていた。
「自爆モード解除……完了! 戦えるっ!」
その宣言は、<キャサード>が操縦可能になった合図。マヒロは怒りに任せて操縦桿を握りしめ、機体を無理やり立ち上がらせる。
あいつらに一泡吹かせてやる。反撃だ。
「痛っ」
不意に、手首に痛みが走った。まだ嵌ったままの手錠の痛み。先ほどのハンドガンの連射による関節や筋肉の痛み。不釣り合いなグリップサイズの操縦桿を無理やり握りしめた痛み。
その痛みに気を取られ、視線が手元に向く。そして、コンソールに刺さった少尉のドッグタグが目に映った。
怒りに満ちた心が凪いでいく。マヒロは思い出したのだ。自分がやるべきことを。
(違う……僕は敵を倒すために、この機体を託されたんじゃない)
手首の痛みと、少尉の形見。まるで少尉が自分の手を叩き、反省を促しているかのような感覚だった。
もう、マヒロは間違えない。
(僕は生き延びなきゃいけないんだ)
殲滅から、生存へ。マヒロは完全に心を切り替えた。
「……整備用プログラムアクセス」
機体の状態をチェックする。データを確認しながら最善の動きが行えるよう、ダメージコントロールと機体調整を行っていく。
「右足首関節部微損。ダメージ関節部を固定して負荷軽減して、脚部と腰部のモーター負荷を上げて誤魔化して……」
RRは特殊なタイプを除けば機体構造の規格が統一されている。マヒロは日々の日常生活で、技術者としての経験も積んでいる。整備操作は容易い。
「上半身、右腕欠損……緊急脱出装置、異常あり。ジャイロ調整……感度最大……操作補正カット、全手動に移行……メインカメラ感度良好。よし。射撃戦なら問題ない」
爆発の余韻でもうもうと立ちこめる煙の中で、桜色の光芒を放つ獣の影がちらついた。敵が近づいている。やがてその影は煙の中から飛び出し、<キャサード>に向けて疾駆する。
「頭部機関砲、残弾は連射3秒ぶん……放電ナイフ、バッテリー残存よし。発煙手榴弾残り1。電衝弾、電衝榴弾はゼロ。スナイパーライフル通常弾、装填済み8発のみ……」
だがマヒロのペースは一切乱れない。口早に復唱しながら、現状把握と調整に集中する。
ベストな選択をいつでもできるように、少しでもベストなコンディションに整える。ただそれだけを目指して。
「スクリプ粒子測定機、振動探知、金属探知――センサーとレーダー類は全滅……GPS――生きてる。マップが使えるなら帰れる! 戦闘行動!」
整備用プログラムをオフにして、マヒロが外部カメラの映像に注目する頃には、敵は残り数十mという距離にまで迫っていた。
小型マーキュリアの群れだ。犬の形をした追狗型の他に、小型の猿や2足歩行の恐竜など、動物たちを模した機械の獣たちが何匹も押し寄せてくる。
マヒロは<キャサード>の頭部にある機関砲を起動させた。がちん、と音を立て発射口のカバーが開く。そして、小型の群れに向けて射撃を開始した。毎分1500発の連射速度を誇る機関砲が唸りを上げ、小型たちの体を次々と粉砕する。残り弾薬を節約するため、背中に懸架したライフルは使用しない。機関砲のトリガーを引く時間を最小限に、指切り撃ちで確実に撃破していった。
そして、機関砲の残弾を半分ほど使い、最後に撃ち漏らした猿のマーキュリアを左手で弾き飛ばして撃破したところで、戦闘が終わった。しかし気は抜かない。なぜなら、群れの中にリーダー格であろう老練者がいなかったからだ。
ライフルを前方に向けて臨戦態勢を保ち、ゆっくりと後退しながら警戒を続ける。
(奴らが人間を見逃すはずがない……いたっ!)
マヒロは視線を感じて、意識と外部カメラのピントを戦場の奥地に合わせた。
横転したトラックの上に立ち、爆煙を背にしながらこちらを観察する1匹の追狗型。間違いなく、マヒロたちを襲った老練者だ。マヒロが与えたダメージは既に回復しているようだ。
そいつは高みの見物をするかのように、<キャサード>を見つめていた。
(僕を観察している?)
人間を殺害することを第一目的のマーキュリアらしからぬ行動だ。違和感を肌で感じつつも、1発お見舞いするべく、老練者にスナイパーライフルの銃口を向けた。構え即撃ちの勢いでトリガーを引く。
放たれた銃弾は、老練者が立っていた場所へ見事に着弾し、トラックを抉り取った。しかし着弾前に、奴は背後に飛び退き、身を翻して隠れてしまったのだ。
「なっ!?」
その結果に、マヒロは驚いた。ただし、相手が弾を避けたからじゃない。
「後退した? 傷を治したのに?」
所詮、マーキュリアは機械である。人間を越える反射速度と金属の強靭さを武器とした鋼の獣だ。自らの身体が傷つき撃破される危険を感じるまで攻勢を止めない。
だが奴は万全の状態だった。距離を詰めることはあっても、後退はあり得ない。
(見覚えのない習性……なんかあいつ、変だ)
背中がぞくりと感じるほどの大きな違和感。ここに留まっていてはいけないと心が告げている。根拠は無い。ただの勘だ。だがその勘が、自分を生き残らせる大事な要素であることを、マヒロは理解していた。
だからこそマヒロは、戦場から全力で離脱することを選んだ。<キャサード>を反転させ、機体に負荷をかけない程度の速度で走り始めた。離脱中も警戒は怠らない。全ての武装を即座に使用できるよう、意識を向ける。
そして、マヒロの勘は当たってしまう。疾走からすぐ、退路上に敵機が現れたのだ。
オリーブグリーンの機体色。右肩に城塞マーク。左肩に五角形の大盾のマーク。今、マヒロが乗っている機体と同じものだ。ただし、装甲の隙間から桜色の光芒が漏れている。
「統治者の<キャサード>!? 操化されてる!」
それは紛れもなく、敵による「待ち伏せ」であった。




