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第1章 第3話 最初の試練

「よし、それじゃあ早速修行を始めよっか」

朝食を食べ終えたばかりの凛花に、九尾は笑顔で告げた。

これに着替えてと渡された衣服は、胸元が大胆にはだけていて、丈の短いスカートがついてる和服で、とても凛花には着る勇気がなかった。

「えー?でもこれ、今日君のおじいちゃん家から送られてきたものだよ?まぁ、哲三のセンスが悪いのは認めるけど、これからの仕事着になるんじゃなーい?」

絶望だった。

まだピチピチの20歳とはいえこんな露出の高い衣服を着るのは少々ハードルが高い。そもそも彼女は自分の体に魅力があるとは思えなかった。胸も小さいし、貧乏生活のせいでガリガリだ。自分が着ても見苦しいだけだろう。これは丁重にお返しして新しいものを頂こう。

「政府が作ってるから返品も交換も不可だと思うよー。巫女と神主は一人一人服が違うから、多分服を誰か特定する材料にしてると思うし」

九尾の、心を読んだかのような無常な言葉に彼女は文字通り崩れ落ちた。どうなってんだ政府。

仕方なしに彼女は薄手のヒートテックを中に着て、その上から和服を着る事にした。

家の外に出て、裏にある大きな森に回る。手入れのされていない道を少し進むと、開けた場所に出た。凛花が小さい頃、ここを秘密基地にしてよく遊んでいた。そんな思い出の場所に、狐耳を生やした白髪の男が立っている。

「わぁー、めっちゃ可愛いよお」

凛花の姿を見た九尾は笑顔で褒めているがどこか嘘くさい。まるで客人を接待するような態度に、凛花は少し居心地の悪さを感じる。

「ありがと。それより、その修行ってのはなんなの?私、あんまり運動は出来ないんだけど……」

凛花はこれといって運動能力に長けているわけではない。学生時代は運動神経の低さをテストの点数で補っていたくらいだ。

しかしそれを聞いた九尾は不安そうに顔を顰める凛花と対称的に、飄々として、口に緩く弧を描いている。

「だぁ〜いじょうぶだよぉ。君達は祓力で運動能力を向上させることができるんだぁ。それに、君は由緒正しい神社の娘だからね。なにか特別な力があるはずだから、まずはそれを見つけよう」

九尾は凛花に少しの装飾が施された金色に輝く錫杖を手渡した。

「この錫杖は代々この神社で受け継がれてきたもの、つまりは君の武器さ。呼べばすぐ君の手元へ戻ってくる。これからはこの錫杖を使って戦うんだよ。試しにこれに自分のエネルギーを送るイメージをしてみて」

錫杖はズッシリとしていて少し重い。振り回すのも大変そうだ。言われた通り、凛花は自分のエネルギーを錫杖に送るイメージをしてみる。自分の中心にある核が、胴体を伝って、腕を伝って、錫杖に流れていく。

「―ッ?!」

そこまで想像したところで錫杖の先端が光り、彼女の思考は遮られた。

錫杖は先端付近に電気のような光を纏っている。九尾はいつの間にか彼女の後ろに回って、前にある木を指差した。

「いい調子だよぉ。それじゃあ、あれに向かってそのエネルギーを押し出してみて」

「おしだす……」

目を閉じて、想像を再開する。錫杖の先端に溜まった核を、パチンコの様に思いっきり後ろに引いてそのまま弾き飛ばす。

その瞬間、錫杖から細い光の線が走り、前の木を貫通した。

しかし、貫通したはずの木には傷一つ付いていない。

まるで、光の線がそのまま通り抜けたかのようだった。

「え、あれ?今、木にビーム打ったはずだよね?何も起こらないんだけど……」

「そりゃあ、君の力は僕らにだけ作用するからね。この世のモノにはなーんの被害も出ないよ。もちろん、ニンゲンとかの生き物にもね」

なるほど、確かにこんな威力が高そうなものを街中で打って建物を壊していたら大騒ぎになりそうだ。凛花は納得したように頷いた。

おもむろに、九尾が彼女の手を取る。

「君はこれから、基本的にはその光線を出して戦うことになる。運がいいね、これはかなり扱い易い武器だよ。さて、次は君の神楽(かぐら)を探そうか」

「神楽って...神様に捧げる舞踊のこと?」

凛花が首を傾げると、九尾は彼女の手を取ったまま、少ししゃがんで目線を合わせてきた。

「君だけがもつ特別な力だよ。神楽は巫女や神主によって能力が違うんだ。こればっかりは遺伝とかでもないから完全に自分で見つけることになる。稀にいくつかの神楽を持った人もいるね」

「もしかして、派手な技を沢山繰り出せるとか……?!」

「期待を裏切るようで悪いけど、派手な力を持ってるのはごく一部かなぁ。大体は未来視とかそんな感じだよ」

もっとバトル漫画みたいなものを想像していた凛花は、少し残念そうに方を落とした。




それから何時間が経ったのだろうか。もうすっかり日は傾き、オレンジ色の空が2人を照らしていた。

これだけ長い時間神楽を探しても、ついに凛花の神楽は見つからなかった。

今日はここまでにしよう、九尾はそう言って神社の方へ歩き出し、彼女もそれに続く。色々な方法を試した。火の中へ飛び込んでみるなど、危険なこともやった。それでも分からなかった自分の神楽は、本当に存在するしているのか、もしかしたら自分だけ神楽を持っていないのではないか、そんな不安が彼女を飲み込む。

命をかける戦場で、神楽の使えない不利な状況で非力な女が戦う。そんなの自殺行為に等しい。

こんな状態で妖怪に襲われたら誰かを守る前に死んでしまう。

いやだ。死ぬのは怖い。痛いのもこわい。

どうして私なのだろう。

裏社会と繋がっているなんてデタラメな噂が出回っていた神社の娘で、友達なんか出来なかった。周りから恐れられ、蔑まれ、それでもめげずに人一倍努力して、神社の娘という肩書きを捨て上京した先で、友人ができた。楽しかった。やっと人並みのしあわせを手に入れたと思った。

だが、現実はどうだ。

捨てたはずの肩書きを拾わされ、大嫌いな故郷に戻って、命懸けで戦うことを強要された。

あんまりじゃないか。私の人生を返してくれとも感じる。

それでも、割り切るしかない。割り切るしかないのだ。ここで、生きるしかない。

哀れで強かな女は、不安を押し潰すように地面を強く踏みつけた。




暗い空、前より少し欠けた月は、今日は薄い雲に遮られ、光だけが漏れている。

凛花は結局寝ることができず、仕事着に着替えて森の修行場へ来ていた。

手始めに、朝と同じように錫杖を木に向け、頭の中でイメージする。錫杖は煌めき、先端から出た細い光線が木を貫通した。

次に、光線をもっと長く放てないか試してみることにした。

今はせいぜい5メートルほどの長さの光線を、どうしたら長くできるのか。

「うーん、パチンコじゃなくて弓とか...?」

イメージをパチンコから弓に変えてみる。精一杯糸を引き、矢を放つ。

思った通り光線は10メートルほどの長さまで伸びた。

「光線の太さって変えることできるのかな……」

試しに、矢をもっと大きくイメージしてみる。

飛び出た光線はさっきよりも太いが、スピードは下がってるようにみえる。

「やっぱり!よし、これを極めれば神楽ってやつがなくたって――」

戦える

そう口にしたはずだった。しかし、彼女の脳が、口が、それを拒否した。

理由は単純だ。彼女のすぐ後ろに、〝ソレ〟がいた。

〝ソレ〟は木よりも少し高かった

〝ソレ〟は闇より黒く楕円のような形をしていた

〝ソレ〟は蜘蛛のように何十本のも小さく細い足が生 えていた

〝ソレ〟は体から黒く鋭いモヤのようなものを纏っていた

〝ソレ〟はそれぞれ別の写真から切り取ったような不自然な人間の目鼻口が着いていた

〝ソレ〟は彼女を見下ろしていた

〝ソレ〟は彼女を嘲笑うかのように顔を歪ませた

〝ソレ〟は酷く耳障りな甲高い笑い声を上げた

〝ソレ〟は自身の体から黒くて大きいトゲをはやす

〝ソレ〟は自身を見上げる女に向かってトゲを飛ばす

「―――――――ぁ?」

それが女の右肩を抉ったとき、ようやく彼女の脳は動き出した。

「い、ひぎいいいいいいああああああああああ!!!!!!!!」

静かな森に、汚い絶叫が響き渡る。

「ぃだああああああいいいい!!いやだああッ!!!!だれっ、だれがあぁッ」

これは怪異だ。これを祓うのがお前の仕事だ。

頭では理解しているはずなのに、口から出るのは誰かに助けを乞おうとする無様な声ばかりだ。

肩からどくどくと血が出ている。黄色い脂肪が傷口付近にこびりつき、えぐられたところからは骨が見えている。

〝ソレ〟の笑い声が頭に響く、この状況を楽しんでいるのだろうか、黒く太いトゲは準備してあるが、こちらに向かって放っては来ない。

遊ばれている。このままでは死ぬ。嫌だ、嫌だ。痛い。嫌だ。逃げなきゃ殺される。

やっと身体が思考に追いつき、がむしゃらに走り出す。幸い、錫杖は左手に持っていたのでまだ握れている。これでアイツを殺せばいい。

そんなものは妄想に過ぎず、かろうじて錫杖を持ちながら暗い山道を走り、〝ソレ〟と距離を取ろうとする。

後ろからガサガサガサガサと虫が床を移動するような気持ち悪い音が聞こえ、泣きながら声も出せず無言で木を盾にしながら進む。〝ソレ〟のトゲは光線のように木を貫通していたが、凛花の姿が木によって遮られているお陰で、まだトゲは彼女の身体を貫通していなかった。しかし、それも時間の問題だ。トゲは何度か彼女の肌を切り裂き、いつ頭や胴体に刺さってもおかしくない状況だった。

進んでいる方向は神社と逆方向だ。何とか迂回して九尾に助けを求めようと、凛花は右に方向転換しようとする。

それが間違いだった。

凛花は地面に飛び出した木の根っこに足を引っ掛けて転んでしまった。怪異はすぐ後ろまで来ている。笑い声がさらに大きくなったような気がした。

最早立ち上がる体力すら残っていない。疲れと恐怖で足が震える。この状態でよくここまで走ってこれたものだ。

「ごめん、なさい。やめて……」

怪異相手に命乞いをするなんて、意味がないことはわかっている。それでも、さっきと違って口が勝手に動く。

怪異はそんな哀れな女に対して、ゆっくりと焦らすように体からトゲを生やす。

死ぬ。本当に殺される。もうどうにも出来ない。

諦めかけた時、まだ逃げようと足掻いていた身体の左手から、シャランと音がした。

目を向けると、無意識に祓力を送っていたのだろうか、錫杖が小さく光っている。

―そうだ。私にはまだこれがあるじゃないか。

凛花は一筋の希望を見いだし、無我夢中でうつ伏せの状態から、せめて仰向けになろうとする。しかし、傷だらけで恐怖に染まったからだは中々動かない。

怪異はトゲを体から生やしきり、こちらに狙いを定めようとしている。

急げ、はやくしろ、身体が壊れてもいい。今生きるためにはやく。

恐怖でも、焦りでもない。痛みでもない。知らない感覚が、体の奥底で外に出ようと蠢いている感覚が凛花にあった。

この感覚に戸惑って、やっとうつ伏せの状態になれた凛花の動きが止まったとき、怪異は彼女に向かって最後のトゲを飛ばす。

――終わった

諦めだった。

今まで何事にもめげず、諦めず必死に食らいついてきた彼女の人生の中で、最初の諦め。

きっと、最後の諦めでもあるだろうと潔く受け入れようと、目を瞑って歯を食いしばる。

「......?」

想像していた痛みはいつまで経ってもやってこない。痛みを感じる暇もなく死んでしまったのだろうか。凛花は恐る恐る目を開ける。

目に映るのは雲がはれ、輝いている欠けた月と、こちらにトゲを放ったはずの怪異。

そして、凛花を庇うように立っている九尾の後ろ姿だった。

凛花が呆然としていると、怪異はさっきとは比べ物にならない速度でトゲを放つ。

しかし、それらは全て九尾の前に展開された薄い青の透けた円盤のようなものに防がれた。

「大丈夫?痛いよねぇそれ。すぐ治してあげるから」

顔だけ凛花に向けて、優しい声で話す彼の顔は、暗くてよく見えない。

怪異が今までのものより数倍太くて大きいトゲを二人に向けて飛ばそうとする。

しかし、それは叶わなかった。

突然、怪異の体に何個もの穴が空く。怪異は暫くのたうち回ってデタラメにトゲをあらゆる方向に飛ばしたあと、動かなくなってそのまま闇に溶けたように消えていった。

「――これ、御札?」

困惑していた凛花の近くには、何枚かの黒く変色した御札のようなものが落ちていた。もしかして、これがあの怪異を倒したのだろうか。

「もう怪異はいないからね。安心して」

怪異が消えるのを見届けた九尾はすぐさま振り返り、彼女に寄り添いほほ笑みかける。

その様子に何故か凛花は涙を堪えきれず、ボロボロと涙をこぼす。

「わわっ、ごめんね。もっと早く気づいてあげられれば良かったんだけどねぇ」

違う。確かにすごく痛いけど、あなたに会えて安心したの。だから泣いてるの。

その言葉は、段々落ちていく意識の中で、発することは出来たのだろうか。

血を流しすぎたのだろうか、酷く寒くて朦朧とする意識の中、誰かがこちらへ向かってくるのを感じながら、それでも凛花は安心して目を閉じた。


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