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第1章 第1話 帰る場所

『努力すれば夢は叶う』

  齢二十にしてそんなことは嘘だったと気づいた。

  神社の娘として生まれ、当然のように無理やり神道について学ばされた小中学生。

  みんなと同じがよくて、普通になるために死に物狂いで勉強した高校生。

  家出同然のように上京して、一人ボロアパートで暮らしていた大学生。

  周りよりかは幾分不便だしみすぼらしいかもしれないが、両親や親族からの圧力が無くなると息がしやすくなった気がした。

  気の合う友達が出来た。

  バイトも少しづつ慣れてきた。

  -将来の夢だって、やっと見つけた。

  それなのに

「……ははっ」

  小さな乾いた笑い声が狭い部屋に響く。

  手に持っている封筒の中には、祖父が書いたであろう手紙が入っている。

  女はそれを読まずゴミ箱に捨てようとして

 -やめた。

  この部屋にはもうゴミ箱なんてものはないからだ。

  狭い部屋には、少し前まで家具が所狭しと並んでいた。しかしそれも昨日までの話。もうこの家の家具のほとんどは売り払われ、いくつかの家具だけが実家へ送られていた。

  この部屋ももう女のものではない。窓からの夕陽に照らされた薄暗い部屋で、女はもう一度小さく笑った。


  事の発端は一通のハガキだった。

  1LDKの狭いアパートに住む女、四季凛花は珍しく自分のポストに入っていたハガキを確認した。その達筆な字で、直ぐに祖父の書いたものとわかった。

  内容としては、凛花の両親が死んだから葬式をあげる。だから実家に帰って来いとのことだった。

  行く気なんかサラサラない。どうせ葬式の終わった後神社を継げと口うるさく言われるだろう。そんなのごめんだ。元々両親とは絶縁覚悟で家を出たのだ。行く義理なんてないだろう。

  そう思いそのハガキを無視したのが運の尽きだった。

  次の日も、その次の日もハガキは一週間程毎日部屋に届いた。そしてある日、ピタリとハガキが止まった。

  安心したのも束の間、その二日後に掛け持ちしていた全てのバイトからクビとの電話がかかってきた。意味の分からないままでいると、次の日には大学から退学届を受理したとのメールも入ってきた。

  無論、退学届なんて出した記憶も無い。

  極めつけはアパートだ。メールを見たあと、呼び鈴が鳴らされたと思えば複数人の男が入ってきた。身の危険を感じて咄嗟に叫ぼうとしたが直ぐに口を塞がれ、その間に家にあるものを全部持ってかれてしまった。

  凛花の口を塞いでいた男は、この部屋も契約を切ったから明日にでも神社に帰ってきなさいと彼女に耳打ちして、小さな封筒を渡してから部屋を出ていってしまった。

  彼女はどうすることも出来ず、ただ現実を受け入れられずに、呆然と立っていた。


 

  こんなに目覚めの悪い朝は神社にいた時以来だろうか、そう思いながら、凛花はいつもより数段ゆっくり起き上がった。

  布団も没収されたので、昨晩は冷たい床で寝た。そのせいで身体中のあちこちが痛い。精神的にも身体的にも最悪の目覚めだ。

  学費も家賃も生活費も全てバイト代で払っている彼女には貯金なんてものは無い。かろうじて残っている三万円が彼女の全財産だ。仕事も住む場所もないのなら実家へ戻るしかないだろう。

  最期に友達に会う気力も起きず、一言『ありがとう』とメッセージを送信してから、連絡先を消した。

「ごめんね」

  相手には伝わらない言葉を吐き、凛花は帰省準備に取り掛かった。

  とは言っても、残されていた何着かの服と財布などを大きなボストンバッグに入れて、自分の身だしなみを整えれば準備完了だ。

  白いシャツの上から青みがかった緑のカーデガンを羽織り、橙色の明るいプリーツスカートを履く。少し長い髪は下の方でお団子にまとめる。いつもの服にいつもの髪型、こんな非常時でも、普段通りがあると少し安心する。

  メイクなんてする気分では無いのでものの十数分で家を出た。

  もう帰ってこないであろうアパートを少し眺め、名残惜しそうに駅の方へ歩いていった。

  新幹線と電車に揺られ数時間、東京から大分離れた地方にある長い階段を凛花はボストンバッグを持ちながら登っていた。

  春とはいえ流石に暑くなってくる。息を切らしながらやっと階段を登りきると、神社へ続く道の先に和服を来た男がいた。

  男は凛花に気づくと恭しく一礼し、何も言わず神社の戸を開けるとそのまま入れと言わんばかりに凛花を見つめた。

「はいはい」

  凛花は気怠げに促されるまま中へ入り、広間まで続く廊下を歩いていった。

  広間と廊下を区切る戸を開け、広間の中に入ると、中央に老人があぐらをかいて居座っていた。老人は鋭い目で凛花を見つめると、白い髭で上半分ほどが隠れた口を開いた。

「よく来たな、凛花。疲れただろう、まずはそこに座りなさい」

  少ししゃがれた声の老人は自分の対面を指さした。

「おじいちゃん、なんであんな事したの。私、やっと、自由になれたと思ってたのに」

  凛花は老人、もとい祖父の言葉を無視し、泣きそうな声で訴えた。祖父は静かに目を伏せる。

「お前にはすまないことをしたと思っている。しかしわかって欲しい、お前にはこの神社を継いでもらわねばならん。この土地に住む人々……いや、この国の為に」

  凛花には意味がわからなかった。自分の夢を諦める、それほどの価値がこの神社にあるとは思えなかった。

「ねえボケちゃったの、おじいちゃん。なんで私がここを継ぐことが国のためになるの?適当なこと言わないでよ!」

  気付けば声を荒らげていた。そんな意味の分からない理由で今までの生活が壊された事に、本気で腹を立てた。

「……この世界には良くないものがそこらじゅうに居る。それを退治し、平和を守るのがお前の役目だ」

「なんでよ意味わかんない!ファンタジーじゃないんだからさあ!そんなのいるわけな-」

「いるんだ!!!!!」

  さっきまで落ち着いていた祖父が、急に怒鳴り声をあげたことで、凛花の言葉は止まった。

  祖父は息整えながら至って真剣に、優しく凛花に語りかけた。

「いいか凛花。お前にはとても辛い思いをさせてしまう。だが、その中にも必ず幸せはある。勿論生活に困らない程度には金をだす。だから頼む

 -私たちの英雄になってくれ、凛花。」

  俯いたまま、何も言わなかった。

  祖父はそんな彼女を見ると、「私は本家に帰る。荷物はお前の家に置いてあるからな」と言い残し、部屋を後にしようとした。

「私がこの役割を背負うのも、神社の娘だから?」

  祖父は戸を開けながら、

「あぁ」

  そう短く呟いて、凛花を残し部屋を出ていった。

「結局、神社の娘ってのから逃げられなかったかー」

 一人そうぼやいて、凛花は諦めたように広間から出ていった。


  凛花の実家は神社の後ろ側にあり、渡り廊下で繋がっている。そのため、神社から直接家へ行くことができる。

  短い渡り廊下の先にある戸に手をかけ、少し強く横に押す。軋む音とともに戸が開いた。

  誰も居ない玄関。

  誰もいない家。

  今日からここが私の帰る場所

「ただいま」

  その声に応える者は、もう居ない。









 




 





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