エピローグ 花のようにでも虫の世界で、
春。
山のふもとに、一輪の白い花が咲いた。
誰にも気づかれず、誰にも踏まれず、
静かに咲いたその小さな花は、どこか不思議な存在感を放っていた。
やがて、そこに一匹の蝶が舞い降りる。
花びらにそっと触れ、羽を震わせて甘い香りを確かめるように――
……そして。
音もなく、次々と集まってくる。
ハエ。ハチ。アリ。テントウムシ。
その花の蜜を目当てに、あらゆる虫、虫、虫――
気づけば花の上は**虫の楽園(地獄)**と化していた。
花の中心で、かすかにカマの形をした模様が浮かび上がる。
まるで、「ここにいるよ」と誰かが叫んでいるかのように。
けれど、虫たちは気にもしない。
ただ蜜を舐め、花粉をまき散らし、脚をうごめかせながら、
その白い花を、好き勝手に貪っていく。
そしてまた、風が吹いた。
風に揺れる花びらの奥で、誰にも聞こえない小さな声が響いた。
「……ちょっと待って……やっぱ虫無理……助けて……」
でも、もう遅い。
この世界では、
花になっても、虫からは逃れられない。
最後に。
人間時代、私はただの普通のOLでした。
毎日同じような仕事に追われ、変わり映えのしない日々を過ごしていましたが、
今思えば、そんな何気ない日常こそが一番幸せだったのだと思います。
仕事が嫌だとか、人間関係が面倒だとか、不安や悩みもたくさんあったけれど、
それでも、あの頃の「普通の生活」が、どれだけありがたかったか。
今、虫の世界で生きる私にとって、あの頃の些細な日常の一部一部が、
どれほど尊かったか――
だから、みなさんも。
当たり前だと思っているその幸せ。
日々の生活がどんなに小さなものであっても、
その当たり前の幸せを、大切にしてほしいと心から思います。
──何もかも失ってから気づいても遅いけれど。
あの頃は、普通が一番幸せだったんだ。
おしまい。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
本作『虫嫌いな私が転生したらカマキリでした』は、
「強くなりたくない」「虫なんか無理」「スキルも要らん」「生きるのがしんどい」
そんな叫びを正面から受け止めて生まれた、虫地獄ブラックコメディです。
近年、「異世界転生モノ」はますます人気で、
スキルを得て最強に、魔物を倒し、ヒロインに囲まれて――
それはそれで素晴らしい夢の世界です。
でもこの物語は、夢を見せません。
転生した先は、虫。
しかもよりにもよって、カマキリ。
カマで草を刈り、虫を食い、雄を食い、求愛されて怯える。
スキルもレベルもご都合展開も一切なし。
ただひたすら、「虫が無理」という感情と向き合う転生人生。
それでも生きなければならない。
そんな中で、あの頃の“普通の生活”の尊さに気づいていく、
どこか切なくも笑える物語に仕上げました。
虫が嫌いな方にとっては、共感と戦慄を。
虫が平気な方には、異なる視点からのブラックな笑いを。
そして虫が大好きな方には……ごめんなさい。
本作が、あなたの日常をちょっとだけ愛おしく思える、
そんな一冊になってくれたら嬉しいです。
──ああ、今日も虫のいない部屋でご飯が食べられるって、幸せですね。




