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決着編、その2

 白い炎でできた竜が青空を舞う。

 バーサが象ったのは原始時代において竜種最強を誇った“流星竜”である。

 ファイレシアが奥義“流星(メテオニール)”の源流ともいえるその竜にバーサが辿り着いたことは必然であり、天命である。

 肉体を強化する祝福の完成形。自らを竜と成す原始の窮極。

 ……あるいは、生まれついて竜であった彼女にとってはその姿こそが真であるのか。


『――ガアアアアアアアアアッ!!』


 白炎竜(バーサ)が吼える。


 勝ってほしい。アンタのものになりたい。自分も人間なのだと確かめてほしい。

 負けたくない。ずっとアンタの目指す星でありたい。“流星”であり続けたい。


 相反するふたつの感情がバーサの中で荒れ狂う。

 その吐き出し方を彼女はひとつしか知らない。


 壊すことしかバーサは知らない。


 ――「マナとは己の体内に宿る精霊の息吹である」


 “剣祖”カミュロケシスの金言のとおり、原始の魔術とは息吹であった。

 人間(サル)魔術(モノ)ではない。

 剣を与えられた人間(ホモカミュロケシス)がその域に到達するには“剣匠”リーゼライトの登場を待たねばならない。

 では、誰の息吹か。

 無論、竜である。

 すなわち――


 ――竜の息吹(ドラゴンブレス)こそが原始の魔術である。


 そして、天より滅びの奔流が放たれた。


 閃光。

 衝撃。

 熱波。

 灼熱。


 それは火であり、風であり、溶岩であった。

 離れて観ていた“金枝王”は思わず自らの祝福による守りを発動させていた。

 周囲の物体を黄金に変え、盾とする。

 限りなく不老不死に近づいた己がそうせねば死ぬのだと、肉体が恐怖したのだ。


「これが“流星”、これがファイレシア家が生み出した完成形か。おそろしいな」


 少年王の顔には笑み。心にはいずれ直面する絶望があった。

 共に生まれついての完成形。狂ったように炎を吐き出すバーサは少年の未来の姿であった。

 己もこうなるのか。誰にも止められず、顧みられず、壊すことしかできなくなるのか。


「……そうか。父上はこれに気づいて狂ったのだな。この永遠に続く絶望に……」


 ゆえに、己の血を継ぐ子さえおらねば完全な不死でいられるとわかっていても、孤独に耐えられず歴代の王たちは後継ぎを作ったのだ。



 ()()()()()()()()()()()()



 少年王は気付く。思い出す。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 おそらくは魔王となる父よりもずっと前から絶望していてしかるべき彼女が今この瞬間までヒトでいられた理由。

 すなわち――




「――我が身、すでに“鋼”なれば」




 炎の中から朗々と声が響く。

 低く、厳かな、老いてなおよく徹る声。


 ――りゅううううう。


 次いで、捻じれた洞窟に吹き込む風のような独特の呼吸法(ブレス)

 萎れた老騎士の肺がやにわに活性化する。


 儀式場を焼き尽くす炎の中から老騎士が歩み出る。

 心は鉄、踏み出す足は鋼。

 万象を焼き尽くす炎すら寄せ付けぬ、限りなく真に迫った鋼鉄の不死。



 鋼の祝福(ブレス)――“鉄心金城(くろがねのしろ)



「おぬしはそこにいるのだな、ジフ。おぬしがいるからバーサは……」


 少年王の眦から涙が溢れる。

 その老騎士は証明する。誰も孤独ではないと。――人はいつか天の星に届くのだ、と。


「どうした、バーサ。息を吹くだけでは私は倒せぬぞ。この身は鋼、かつての陛下と同じだ」

『……』


 バーサは白い炎を纏ったまま沈黙した。

 先手をとる意味がなく、切り札たる竜の息吹も効かなかった以上、がむしゃらに攻める意味はない。


『……ジフ、アンタなにをした? 今のアンタはアンタの限界を超えている』


 バーサの問いにジフは微かに白髭を揺らした。

 細い髭の先まで鋼と化した今となってはそれすら難儀したが。


「私はマナの総量が少なくてな。克服する方法を探していた。おぬしと初めて戦ったあの日からずっと――」


 ――おぬしに勝つための方法を探していた。


「また勝負しようと言われた。誰よりも強い女に求められた。それが嬉しかった。だから、ずっと考えていた」


 鋼の祝福が最新と呼ばれた理由。

 そも、マナとは地水火風の4属性であり、鋼のマナなどいうものは観測されていなかった。

 ゆえに誰にも再現できなかった。生まれつき鋼のマナを有していなければ祝福を用いれないとされた。

 同じことが金枝王の黄金の祝福にも言える。誰にも真似できないからこその希少である。


「だが、そうではなかったのだ。この世の全ては……鋼のマナすら地水火風の流転の中に在る」

『どういうことだ?』

「おぬしは火のマナを用いて空を飛ぶ。だが、その結果は風のマナのもの。おぬしは無意識に火のマナを用いて風の祝福を行っているのだ。私は流転の理を身に着けた。今やあらゆる祝福を再現できる」

『けど、それじゃ足りない。アンタは実際に陛下の祝福を見てる。アンタが再現できるというならできるのかもしれない。けど、それでもマナは少なすぎる。鋼の祝福を練るだけの量がない!!』


()()()()()()()()()()()()()()


 その応えにバーサは絶句した。あるいは、初めてジフに負けた時に並ぶ衝撃であったかもしれない。


『……まさか。()()()()()()()()()()()()()

「そうだ」


 それこそがジフの至った答え。

 マナの変換を超え、対手のマナとすら合一化する究極の一。


 ――“流転”の呼吸法(ブレス)


 もはやあらゆる魔術はジフを傷つけることあたわず。その身はひとつの完成形となった。


「さて、種明かしは済んだ。どうする、バーサ。私はいくらでも待てるぞ。おぬしの不老と私の不死。どちらが先に尽きるか試してみるか?」

『……クク』

「バーサ?」


 数瞬、うつむいて沈黙していたバーサは顔を上げると空に向かって吼えた。


『わーはっはっは!! 何が種明かしだ!! ハハハ……』

「……バーサ」

『ワシのマナを取り込んで無事であるものか!! そんな簡単なものであるものか!! 臓腑は熱で爛れているだろう。心の臓は爆発寸前だろう。ワシとて全力を出せばそうなのだぞ。どれほどの激痛、苦悶に晒されてるんだアンタは!! この――』




『――この、ばかものめ。ここで死ぬ気か』




 果たしてそれは幻聴であろうか。ジフにはその声が泣きそうなものに聞こえた。

 それでも、ジフの答えは変わらなかった。


「おぬしとの約束だからな」

『かっこつけ。頑固。偏屈。短気。ばかもの。ばかもの……』

「許せ。おぬしに応えるにはこうするしかなかったのだ」

『……ばか』


 罵詈雑言の種も尽きた。バーサはそれ以上何も言えなかった。

 元より、決着を求めたのはバーサの方だ。ジフはそれに応えただけだ。

 ……不意に恐怖を覚えた。

 他人の人生を無茶苦茶にしたことは数えきれないが、最も長い時間を捻じ曲げてしまったのはジフだろう。

 初めて出会い、戦った時から五十年。この老騎士は死ぬその瞬間までバーサのために使いきるのだ。

 その献身に自分は何を返せるのだろう。残された時間はもはや僅か。

 ジフが鋼の祝福を解いたとき、不死の魔法は解ける。彼は死ぬ。

 バーサにとっての絶望が今、目の前にあった。


「……のう、バーサよ。この身にはひとつ後悔がある」


 今にも墜落しそうなバーサを見上げ、しかし老騎士は穏やかな表情で続けた。


『なんだい?』


 本心では聞きたくなかった。「おぬしと出会ったことだ」などと言われたらこちらが先に死ぬ。

 それでも、バーサは遮ることはしなかった。恨み言くらいは聞くのが筋だと思った。

 ジフは皴だらけの鋼の肌をゆがめて苦笑した。そういうところが素直で愛おしい。バーサを追いかけたことに後悔などないというのに。


「今上陛下のことだ、バーサ」

『ああ……そうだね、そいつはたしかに後悔だ』


 ふたりの視線が離れた場所で固唾をのんで決闘を見守っている少年王を過ぎる。


 ――幼子に実の父親を殺させてしまったこと。


「私たちがもっと強ければ、今上陛下の手を汚すことはなかった」

『ワシらが腕の一本とっただのと叫んでる横で、あの子は実の父親を金貨に変えたね』

「証明したいのだ。今ならば違うと。私は魔王を斬れる、と」


 おぬしはどうだ、とジフは声もなく問うた。聞くまでもないことだからだ。

 バーサとてそうだ。答えるまでもないことだ。だから、言葉にしなかった。



 『――決着をつけよう』



 バーサが纏う白炎が勢いを増す。

 羽ばたき、噴出する炎がその身を加速させる。

 空に幾何学的な軌道で光の尾を曳いて、ただひたすらに加速する。


 女は不死の魔王を自身の強化で攻略することにした。

 どれほどの硬さであろうとも、それが肉体の強化である限り、物理的な強度には限界がある。

 ゆえに、竜と化し、最高速度で全力全開の一点突破を叩き込む。

 あまりにも単純で、しかしそれ故に純粋な白き炎が空を疾走(はし)る。


 白熱を超え、音速を破り、空間すら焼き尽くさんと猛る炎。

 それこそは触れるものすべてを破壊する一条の流星竜。

 この一撃に砕けぬものなし。


 火の祝福(ブレス)、ファイレシア流合戦術奥義“流星”が崩し――“竜星(ガングニール)




「今こそ約束を果たそう、バーサ」


 天より墜ちんとする竜星を見上げながらジフは腰裏から短剣を引き抜く。

 左の護剣。竜の小指より削り出された竜骨短剣マヌス。

 世界最硬にして、手のひらほどの刀身に宿った重厚なマナは原始時代より積み重ねられたそれ。

 至高の剣に究極の技が宿り、白き竜星を迎え撃つ。


 天凜の剣。生まれ持った怪力と反応速度、野生の勘による無型にして無双の剣。

 窮極の剣。弛まぬ努力が行き着いた神域。一切の雑念なき理想にして無想の剣。

 相克する二重の螺旋。

 相争うが運命。


 目と目が合う、一瞬の静寂。



『ぜりゃああああああああああ!!』

「――来い!!」


 接触は刹那。

 もはやバーサに関しては未来予知の域にまで達した老騎士の先読みが巨人のナイフを完璧に受け流す。

 刃筋を乱され、元より限界を超えていた大剣が粉々に砕ける。


 ――秘剣が成立する。


 老騎士の鋼の左腕が()()()、脇の点穴を突きつつ関節を極める。

 だが、上空より全身を叩き込む“竜星”は腕一本捉えたところで止まりはしない。

 バーサがぶつけてきた破壊的なエネルギーはそれだけで受け流し切れるものではない。


 ゆえに、老騎士は踏ん張った両足で地に二条の轍を曳きながら竜なる星を抑え込む。

 衝突の威力の九分九厘を殺して尚、ガリガリと靴底が削れ、零距離で燃える白炎に鋼と化した肉体が悲鳴を上げる。

 この絶技で魔王を破ると誓ったバーサは正しかった。

 確信する。この一撃は魔王の胸を突き破り、その心臓ごと不死を破壊するだろう、と。


『はああああああああああっ!!』

「ぐ、うおおおおおっ!!」


 互いの心が、体が、技が高次元で拮抗する。

 鍔迫り合いさえも超え、互いの肉体がぶつかり、鎬を削る。

 結果、最後に残ったのはあまりも単純で、あまりにも原始的な「押し合い」であった。

 もはや技や仕掛けの入り込む余地はない。

 押し切った方が勝つ。

 だからふたりは抱き合うような距離で、互いの鼓動を感じ、全身全霊を込めて踏ん張り、押し込み、


 そして――









『……ケッ、いざとなると悔しいもんさね』


 天秤が傾く。

 幾万と繰り返した動作が無想のうちに肉体を駆動させる。

 老騎士はバーサの肘肩を極めたまま軽く腕を引き、彼女が生み出していた運動エネルギーを奪う。

 諦めたように笑い、しかし最後まで抗う彼女の脇に刃を押し当てる。

 真っすぐに引いた後足は地を確と踏みしめる。

 星をも動かすテコはついに、“流星”を捉えた。



 鋼の祝福(ブレス)、秘剣“剃刀”が極み――“不倶(おなじそらを)戴天”(いだけずとも)



 ――――秘剣、完了。




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