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決着編、その1

 明けて翌朝、精霊供儀の為に用意された儀式場にジフ・オールセンはいた。

 剣士が存分に戦える広さだけが設えられた飾り気のない舞台。

 周囲は無人だ。昨日の火事で避難した者も多いのだろう。


(……空が青いな)


 雨が降らなくてよかった、とジフは精霊に感謝した。

 火に愛された彼女にとって雨は些かならずその力を減じさせる。

 最後の勝負をそんな形で決したくはなかったのだ。

 決着は自分たちの手でつけたかった。


「もう来ていたか、ジフよ」


 続いて“金枝王”が入場した。

 散歩するような気軽な足取り。美麗の少年王に供のひとりもいないのは異常である。

 あるいは、現在の王城ではこれが正常であるか。

 王はぐるりと儀式場を見回して肩をすくめた。


「随分とすっきりさせてくれたな」

「余計な仕儀でございましたか?」

「いや、悪くない。遅かれ早かれこうなっていただろう」


 少年王は微笑み、儀式場の端に立った。

 今日の主役は自分ではないと宣言するようなものであった。


「今さらであるが、やめてもいいのだぞ、ジフよ。此度の儀式を画策した者は皆死んだのであろう」

「……お言葉ですが」


 ジフは苦笑を白髭の端に載せ、かぶりを振った。


「たとえ、儀式がなかったことになろうとも、私たちは決着をつけねばならないのです」

「天命か」

「約束です」


 老騎士は年甲斐もなくはにかむように告げた。


「……約束なのです」


 そして、最後のひとりが入場する。

 (よわい)60と3つ。

 褐色の肌に腰まで届く真白い髪。

 巨人族との混血ながらその体はひどく小柄で華奢。

 しかし、混血ゆえに薄い袍服から覗く手足は怪力無双。

 顔には無邪気で愛おしげな笑み。


 ――初めて会った時から変わらぬ幼くも美しい姿。


 ファイレシアが生み出した窮極。不老の白き灰、白炎の王。


「待たせたかい――“剃刀”」

「いいや。この50年を思えば早いものだったさ――“流星”」


 笑みを交わし、握った拳をこつんとぶつけ、ここに魔王殺しの一党が揃った。




「少し話すか」


 最後だからな、と口火を切ったのはジフの方。

 おう、と応じるバーサはいつになくしおらしい佇まい。

 火の如き気性も、今この時はより強い炎に掻き消されている。


「昨日の火事はおぬしか、バーサ」

「リーファンとちょっと()ってね。リーファンはわかるか? ワシの兄の息子の娘だ」

「ああ、どこか似ている。おぬしと見間違えた」

「な、失礼な奴だね!!」

「同じことを彼女にも言われたな」

「けっ、やっぱりトドメ刺しとくべきだったねぇ」


 からからと笑い合うふたり。

 おまけに、バーサがどこからか酒杯を取り出したものだから、神聖なる儀式場はなしくずしに宴会場になっていた。

 酒杯を片手に向かい合って座るふたりの間には何のわだかまりもなかった。


「イグナを殺ったのかい。昨日の混乱はそのせいか」

「うむ。余計なことばかりしてくれたからな」

「年食っても短気なところは変わらんのぅ」

「お互い様だ」


 ふたりがこうして向かい合うのは10年ぶり、魔王を討伐した時以来である。

 なにか取り決めがあったわけではない。

 ただ、予感だけがあった。次に相まみえた時が、最後になる、と。


「結局、戦績はなんぼになったかね? 最初の一度しか負けておらんのは覚えているんだが」

「1勝127敗だ」

「ぷっ、わーはっはっは!! アンタもよく諦めなかったのぅ!!」

「最初は意地だったが、約束ができたからな」

「っ!? 覚えてたのかい!!」


 だったら、という続きは言葉にならなかった。

 バーサは白髪をガシガシと掻くと、仕方ない奴だ、と空に呟きをこぼした。


「悪い男さね、アンタは」

「そうだ。私は正しく在ることができなかった。……随分と待たせたな、バーサ」

「ああ。待ちわびたよ、ジフ」


 笑みというにはほろ苦い表情を浮かべてバーサがすっくと立ち上がる。

 ジフも苦笑とも言えぬ表情のまま、ゆっくりと立ち上がる。

 ふたりは揃って酒杯を空に投げ捨てると、同時に間合いをとった。

 一陣の秋風がふたりの間を吹き抜ける。


「ふたりとも、もうよいのか」

「陛下もこんなことに付き合わせてすまんのぅ。危ないと思ったらすぐに逃げておくれ」

「予を危険に晒すほどであれば、おぬしらの研鑽も大したものよ」


 限りなく不老不死に近づいた“黄金(アウラ)祝福(ブレス)”を持つ少年王は肩をすくめる。

 だが。


「笑い事ではありませんぞ、陛下。我ら共に――」

「――今なら魔王のタマだって獲ってみせらぁ」


 ふたりの宣言に金枝王は驚きを見せ、次いで年相応の笑みを浮かべた。

 騎士物語を読み聞かせられた幼子のように無邪気に笑った。

 そして、少年とも少女ともつかないか細い手が掲げられ、手刀を切る。


「――これより、精霊供儀を始める。双方奮戦せよ。この“金枝王”が見届ける」

「御意」


 ジフが静かに剣を抜く。

 彼を見出した先代ラーケルタ男爵より下賜された業物。

 何十年と使い続けて拵えはくたびれているが、刀身を見れば手入れを欠かしていないことは明らか。

 騎士の剣。引退してもその重みを捨てることはできなかった。


「あいよ!!」


 バーサが勢いよく背の剣を抜く。

 大剣“巨人のナイフ”。魔王の左腕を粉砕した威力は今なお衰えず。

 矮躯より漏れ出る火のマナはすでに周囲に陽炎を立たせている。


 老いた騎士と不老の白き灰は視線を交わし、剣礼をとり、朗々と言の葉を紡ぐ。



「――我が名は“誇り(ジフ)”。ラーケルタ騎士団元団長。あなたを墜とす鋼の“剃刀”」

「――ワシは“白炎の王(バアルサファル)”。人より生まれし火炎竜。アンタに落ちる白い“流星”」



 互いに口上を交わし、伸ばした剣の切っ先が僅かに触れる。

 129戦目。おそらくは最後の、ふたりの逢瀬。


「いざ尋常に――」


 ふたつの酒杯が同時に落ちて、音を立てて砕け散る。


「――勝負しようかぁ!!」


 キン、と刃鳴を散らして、二振りの剣が離れる。

 同時にバーサは全身から白い炎を噴き出し、袍服の背を突き破って翼と生す。

 防ぐものなき超高熱。出し惜しみはしない。


 ――火の祝福(ブレス)抜剣歩法(ソードシフト)半歩ずらし(ハーフレンジ)


 秒を十に分けた刹那の“流星”による超加速疾走。

 馬上槍の如く巨人ナイフを脇に抱え、切っ先を前に伸ばす。

 竜が如しと言われるのは伊達ではない。人間とは出力のケタが違う。

 空を飛ばずとも人ひとりを殺し切る高速域にその身は届く。


「ぜりゃああああっ!!」

「――ぬるい」


 瞬間、()()()()、と音を立てて巨人のナイフが弾かれた。

 即座に翻って首を狙ってきた一閃をバーサは背筋を弓なりに反らせて躱す。

 避けてから、我が一撃がジフの剣に受け流されたのだと悟る。

 相手の行動が終わってからその意味を悟る。バーサにとっては異常なことだ。

 返しの一閃を避けられたのは純粋な反射神経が半分、残りは運でしかない。


「反射よりも早い、ねぇ。そこまで完璧に読まれると腹立つのを通り越して呆れるさね」

「127回も負けたのだ。このくらいできねば甲斐がなかろう」


 ぬるりと一歩。

 間合いを侵すジフの踏み込みが発射台となり、刺突が射出される。

 布を裂くような風切り音。

 宙を滑るように下がるバーサを追って()()()()()()()


 地の祝福――模倣“虹鞭(ビフル)


「このッ、いつのまに魔王の技を覚えやがった!?」

「おぬしと一緒にするな!! 死ぬほど鍛錬したのだぞ!!」


 言葉と共に鞭の如く振るわれる鋭剣が縦横無尽に空間を削り取る。

 バーサは空中で身をよじるようにして旋回、足に僅かに掠らせただけで斬撃を回避する。

 明らかに、飛翔する自分を墜とすために磨かれた技。

 互いの速度差をものともしない超絶の技量と対手への理解。

 経験に基づく思考と先読みがバーサを追い詰める。

 惚れさせてくれるじゃぁないか、心中で快哉をあげる。それを口に出せないあたりがバーサであった。


「だけど、長さで競うにはちと短いさ!!」


 翼を振るい急上昇。

 高度を上げる。それだけでジフの鞭剣は届かなくなるのが道理。

 跳躍する剣士は多い。しかし、滞空まで至ったのはリーファンの他は数人程度。

 完全な飛行はバーサとカミュロケシスだけの特権。

 空を支配することは、必然として機先を制し、常に先手を取り続けることができることを意味する。

 だが――。


「であれば、そちらが来るまで待てばいいだけのこと」


 剣を身に寄せてどっしりと構えるジフ。

 いかな強者とて、彼に後の先の与えて間合いを貫けるはずもなし。

 猛禽の如く上空から飛びかかるバーサの一撃、二閃、身を翻しての後ろ回し蹴り。

 守勢に振るわれるジフの迎撃が一閃、二閃、三閃。

 頭上より襲い掛かるバーサの理外の剣が、ゆるやかに弧を描くジフの当たり前の剣に防がれる。


 ――秘剣“剃刀”。

 これは守、突、極、斬の連結であり、それら全てに熟達して初めて完成する技である。

 そこに至るまでの鍛錬は想像を絶する。一度身についてしまえば“癖”ともいうべきものが、もはや体から引き剥がせないほどに。この秘剣は衣服の如く纏うものなのだ。


 バーサが生まれついての窮極ならば、ジフは鍛錬の果ての究極である。

 “流星”を防ぐことに注力した守りの技はバーサの窮極を完封する。

 いかにバーサが規格外とて、そのマナの総量は無限ではない。飛行し続ければいずれは尽きる。おそらくは地上で構えるジフよりも早く。

 相手より少ないマナを効率的に運用し、持久力で勝る。防衛戦の基礎の基礎だ。

 ゆえに、ジフ相手に長期戦は愚行。そのことはバーサも身に染みて理解している。


 無論、焦って攻めれば“剃刀”の餌食である。

 バーサ以外の誰も秘剣を纏うジフに勝てなかったのは、その完成された戦略を打ち崩す要素がなかったからだ。

 これまでバーサが127連勝してきたのは、急降下強襲(トップアタック)と超火力を以って短期決戦で押し切ることができたからである。

 ジフが粘り勝つか、バーサが押し切るか。

 ふたりの勝負というものはそういうものであった……昨日までは。


 今日は互いに事情が違う。

 ジフには世界最高峰の剣たる竜骨短剣マヌスがあり、バーサも出し惜しみはしない。


「――燃えてきたじゃぁないか」


 空を駆けるバーサが()()()()

 “白炎の王(バアルサファル)”の名のとおり、火のマナの制御を放棄したその身は際限なく熱を高めていく。

 余人が近づけば骨も残らず灰となる。

 母すらも焼き尽くした呪いの如き祝福。

 バーサ自身にすら看過しえない反動が残るだろう。


 しかし、上空から飛来する太陽の如き火を浴びてなお、ジフは汗の一つもかかず剣を構えている。

 バーサの脳裏を僅かに疑問が過ぎる。


「ジフ、アンタいったい……」

「全力で来い、バーサ。私の一生はこの日の為にあったのだから」

「……そうかい。なら――!!」


 白い炎すらも超えた「白光」がバーサの矮躯を覆い、竜を象る。

 竜体変化、何もかも焼き尽くす超高熱の竜の顕現。

 この世でただ一人、バーサだけが辿り着いた祝福(ブレス)のひとつの完成形。



「――我が身、すでに“竜”なれば』



 バーサの全身を覆う白い炎は鱗。剣は牙。

 そして、吐き出す息吹は火であり、風であり、溶岩である。


 今こそバーサは真実、竜と成った。


『勝てないなら、いっそ消えちまいなぁ!!』


 その叫びこそが今やバーサの全てであった。

 決着の時は近い。

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