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Deja(mais)-vu  作者: 本陣忠人
10/11

#10 Pray for Happiness

「んあ、え? あぁん?」


 目蓋が重い。そして軽い頭痛と酷い寒気を感じる。

 頭が半分になったような不快感を覚えて、顔に手を当てると、額がスポンジ製だと錯覚するほどに汗が吹き出していた。


 身体に違和を感じる。それは不調を訴えているとかそういった一般的なものではなく、むしろ違和感が無いことそれ自体が違和其の物である。


 何で僕は五体満足であるんだ?


 意味もなく掌と甲を交互に確認してしまう。結んで開く。引き裂かれた痕など無く無傷そのもの。

 恋人が綺麗だと言い、やたらとフェチズム的な執着を示す僕の見慣れた手と指達であり、彼女から貰ったシルバーの指輪もしっかりと嵌っている。


 記憶というかエピソードと呼ぶべきか判別が上手く出来ないけれど、僕の認識によれば全身の骨が折れ、砕け、突き出して。それに伴った裂傷、断裂、臓器破壊、部位の欠損、そして流血とリアルスプラッター的なスプラッシュ状態であったはずだ。


 にも関わらず、現在はどうだ? パッと見出血なんてしていないし、各種の随意器官もも普通に駆動する。何よりも命があるのが、あり得ない!


 未だ回転の鈍い頭を酷使した結果、思いついた可能性は三つ。


 一つはあの程度の高さから飛び降りた所で僕の生命は失われずに、不覚にも生き残ってしまった場合。それから警察だかの機関に捕縛され、管理下の病院で治療、完治してから僕は覚醒した―――この場合、僕の諦めという名の決意と覚悟は完全に無視されたことになるのだが…駄目だな。一応筋は通っているけれど、腑に落ちない点が幾つもある。何だか都合が良すぎて嘘臭い。保留。


 次の案、あの狂行の果てに僕は死んだが、近くにいた兄が別の身体に僕の魂を錬成・定着させたとする。

 今認識にしている身体に傷がないのは初めから傷がない、別の身体だったから―――ってそんなワケ無いよな。

 僕がいる世界において錬金術なんてものはファンタジーやオカルトの類で、当然自他ともに認める凡人の僕はそんな謎科学を取得していない。更に言えば、僕に兄などいねえ。ヤバイな漫画と現実が区別出来ていない。五体満足でも精神までは十全では無かった。


 さて、前の二つが棄却されるべきクズみたいな推測だったということは、僕自身が持つべき意見としてはこの三つ目だということになるのだが、採用するに当たって、それが全肯定するには憚られる程度にはクソみたいな意見であるという事実から目を逸らすわけにはいかないのだろう。


 若干前置きというか言い訳じみた物言いを長々とひた重ねてしまったが、それも仕方が無いことだと諦めて欲しい。

 

 当事者である僕自身だって、その推測に確固たる自信が持てないのだ。

 尤も、自信の持てない意見ならば捨ててしまえば良いのだろうけど、僕としては何かしらの解釈―――基準点みたいなものが無ければ、『この事実』に折り合いのつけようが無いし、どうにも収まりが悪い。


 故に、僕の心の安寧の為にこの第三の意見を支持するしか無いのだ。


 その第三意見とは、僕が体験したように錯覚している記憶や体験は全て妄想や幻覚と呼ぶべく現実から切り離されたフィクションであり、実際の僕には何の関係も影響もないものであった……


 つまりは『夢オチ』だ。


 何のひねりも無く、新鮮味などまるで無い手垢にまみれた解答だが、これならば先の推察の矛盾点を全て解決してしまえる。


 もっと言えば、どんなに荒唐無稽で非現実感に満ちていて非科学的な未曾有の出来事だろうと、この一言で全てカタが付いてしまう。


『ユメだから』。


 何と便利なフレーズだろうか『夢オチ』とは。

 この利便性は正に悪魔の手法だと言うに相応しい。あらゆる無理難題が一瞬にして解決してしまう。難解な矛盾も無意味な伏線も無かったことにしてしまい、如何なる不平不満も問答無用で飲み込んでしまうこの吸引力―――漫画の神様の某氏が禁じ手と唾棄したのも頷けるってものだ。


 だが、しかし、僕は彼の築いた漫画業界に携わるつもりは一切これっぽっちも無いので、大々的に表立って喜んでこの手法を喜び勇んで何の恥ずかしげも無く使わせてもらおう。ノックスだって知ったことか!


 それに後出し的にはなるが、これを「夢オチ」と断ずるだけの理由を僕は既に持っている。だってそうだろ?


 頭痛のように押し寄せるデジャヴを感じながら僕は彼女の頬に手を当てる。

 生者の柔らかさと生命の温かさを感じた僕は、心配ないと不格好に不器用に微笑みかける。


「ゴメン、ちょっと嫌な夢を見ただけだ。何の問題もない。大丈夫だよ。サキ…」


 そうここは観光バスの中だ。八雲たっての希望で向かうことになったサーフィンの聖地、ノースショアに向かうバスの中。


 これまたデジャヴ気味に僕に飲み物を差し出した彼女を優しく抱きしめる。

 例え夢でも現でも、もう二度と壊してしまわないように。


 受け取り損ねたペットボトルが床に転がったことも、気にならなかった。

 バスの中の他人の視線だって意識から隔絶されたように思えた。

 恋人の素っ頓狂な声と血の通った顔がこんなにも愛おしい。

 外聞無く僕は泣いた。

 

 その心中で不遜に零す。


 夢オチ上等だよ。


 強引に結んだ因果で僕は一向に構わない。


 だって、君が生きている。

 コレ以上に重要なことなんてないだろ?


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