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第7話   家族という名の鎖

 一度目と違い、神との二度目の邂逅は晴天の元で行われた。しかし、その内容は一度目の雨よりも冷たく、暗いものだった。

 晴天の元、ファッションショーの会場となるホールの前に集まったのは六人だった。邪神一家の三人と現大杉家兄弟二人、そして幼なじみの桜だ。

 会場には多くの人が集まっている。このショーは個人が開催したものだが、ファッション関係者以外にも関係者の身内などが集まっている。なので、悠斗達が会場にいても違和感はなかった。

 しかし注目はされていた。本人達はほとんど気にしていなかったが、実達は気になりすぎていた。仕方がないと言えば仕方がない。この親子はモデル並かそれ以上に美形なのだから。長身のフェンリルは人混みに紛れても見つけやすく、礼儀正しく大人びた印象は性別や年齢を問わず好感を持たれる。顔ももちろん整っている。俳優やモデルと間違われることも多いそうだ。妹のヘルは顔の半分を長い髪で隠し、厚手で長袖のブラウスとロングスカートで身体全てを覆い隠している。手には手袋もしており、露出部はほとんど見えない。実達はそのことを直接訊いたことはなかったが、神話の記述が正しければ、そうするのも仕方がないことだと思える。ヘルは暗い印象を出しているが、決して人に劣るような顔ではない。むしろ美少女と呼んでも良い。しかし彼女はフェンリルや悠斗の後ろに隠れた状態で歩いているので、なかなか顔を見ることはできない。悠斗は常にヘルをかばうような位置に立っている。どちらかというと悠斗に目が向いてしまって、ヘルには目が届かないのも理由の一つだ。さらに誰かがヘルをじろじろ見ようとすれば、悠斗に睨まれ追い払われてしまう。そして悠斗は二人に負けず劣らず整った顔立ちをしている。どこか日本人離れした顔立ちは不思議に黒髪黒目と似合い、長身ではないがすらりとした体型には全く無駄がない。堂々とした態度は、嫌みよりも高貴さを出していた。この三人はどこへ行っても目立つ。本人達は気づいているのかいないのか、周りにほとんど目を向けない。ヘルはおどおどしているが、これは常のようだ。そんなヘルを悠斗は気遣っている。常に他人からヘルを隠している。その姿は恋人か兄妹に見えるが、実は親子なのだということを周りが知るわけもない。知っている者からもわかりづらい。それは仕方がないことだ。何せ外見は数歳しか離れていないように見えるのだから。

 ようやく人混みを出て席に着いた六人は、一息つけてショーの始まりを待った。

「このショーに北欧神が現れるの?」

 実が不安そうに悠斗を見た。

「ああ、よく知ってる奴だ」

 悠斗は退屈そうにあくびをしている。ショー自体に興味はないようだ。実達はファッションショーを見るのは初めてなので、始まるのをまだかまだかと期待していた。しかしその一方で不安もあった。先日のトールの来訪は人気のない場所で行われた。しかし今回は人が大勢集まる場所だ。もし、こんなところで先日のような騒ぎを起こせばどうなるだろうかという思いがあった。そして現れる北欧神がどのような人物なのか、考えた。ファッションショーを再会の場に選ぶ理由は何なのだろうか。答えが考えつかないまま、ファッションショーの始まりを迎えた。


 進行役のあいさつから始まったショーは、順調に行われた。華やかな衣装を着たモデル達が人々の視線を奪い、その姿に実達は感嘆を抱いた。ショーが始まれば悠斗達の容貌を気にする者もいなくなる。桜は初心を忘れ、モデル達に視線が釘付けになっている。実や始は、ショーに視線を向けながらも、会場のどこかにいるであろう北欧神に警戒していた。しかし肝心の悠斗はというと、警戒心などないかのようにあくびをしている。ほっとくと居眠りまでしそうだ。時折フェンリルに揺り起こされるが、それでもショーには全く関心を向けていない。なぜそんなに悠長にしてられるのかと、不思議に思うほどだ。

 ショーが休憩に入り、人々が各々くつろいでいる頃、一人の男性が悠斗に声をかけてきた。

「大杉悠斗様ですね?」

 悠斗はようやく目の覚めたようにはっきりとした目で相手を見た。

「そうだが」

「こちらを」

 そう言って男は一枚の紙を悠斗に手渡した。悠斗はしばらくその紙を眺め、あきれたような顔をした。

「女の考えることはわからないな」

 そう言ってその紙をくしゃくしゃに丸め、乱暴にポケットに突っ込んだ。そして何も言わずに立ち上がった。

「何処へ行くの?」

 実が悠斗に訊いた。

「所用だ。お前らはショーでも見てろ」

 そう言って男の後について行ってしまった。

「何なのかしら」

 愛想のない悠斗の態度に、桜は憤慨していた。

「以前の悠斗とは全然違うのね。別に今の悠斗の性格が嫌いな訳じゃないけど」

「え?」

 桜の意外な一言に、実は驚いた。桜は覚えてないだろうが、桜は以前、ほとんど同じことを言っているのだ。悠斗が事故に遭い激変した頃、親しかった人々が彼の元から去っていく中、桜は悠斗に文句を言いながらも、決して見捨てたりはしなかった。見捨てるという表現はおかしいかもしれないが、家族以外では唯一今の悠斗を受け入れていた。

 家族は当初、悠斗の記憶を取り戻すことだけを考えていた。記憶さえ戻れば、元の彼に戻ると信じたからだ。今なら無駄な苦労と言えるが、当時の家族はそのことだけを考え、今の悠斗の存在を認めることはなかった。そんなこと誰も考えなかったのだ。悠斗自身、それを訴えることはなかった。もしかしたら四苦八苦する家族を心中ではあざ笑っていたのかもしれない。そんな生活が三ヶ月ほど続いたある日、桜が言ったのだ。

「あたしは今の悠斗の性格は悪いと思うよ、でも嫌いじゃない。以前の悠斗が戻ってくるかはわからない。だけど今の悠斗はここにいるんだよ。中身が変わっても家族でしょう?だったら今の悠斗も見たらどう?」

 この時以来、家族の悠斗に対する態度が変わったのだ。以前の悠斗の影を求め続けることをやめ、今の悠斗を見始めた。以前の悠斗を忘れたわけではない。しかし家族ならありのままを受け入れなければならない。両親は未だに悠斗に対しぎくしゃくとした態度を取るが、それは悠斗の性格に順応できないからだろう。実や始とて順応しているわけではないが、それでも以前のような他人行儀な態度や、以前の悠斗を見るような目で見たりはしない。桜のおかげで家族になれたのだ。

 しかし今と二年前は事情が違う。あの時は記憶がなくなっても家族だと信じられた。しかし今の悠斗は家族ではない。家族のふりをしていた邪神なのだ。彼には自分たちとは違う家族がいる。以前の関係には戻れないのだ。それでも二年前と同じことを言える桜が、実はうらやましく、尊敬した。しかし家族と友人では事情が違う。簡単に以前の関係には戻れないのだ。


 男に案内される悠斗は、途中で始に遭遇した。―――始は休憩に入ってすぐトイレに行っていたのだ。始は何処へ行くかも訊かず、立ち去ろうとした。

「そんなに俺が嫌いか?」

 悠斗の言葉を背に受けた始は歩みを止めた。悠斗は案内役の男が促すのを気にもせず、始に話し続けた。

「何が一番気にくわない? 俺がおまえ達を騙し続けていたことか? 悪人だからか? 人間のふりをしていたことか?」

「全部だ>」

 最初の一度以来正面から悠斗に話しかけなかった始が、一ヶ月ぶりに声を出した。一度出された怒りは、せき止める術を忘れ、あふれ出した。

「お前がやってきたことも、お前の言うことも、お前の存在全てだ>」

 幸い周りにはほとんど人がおらず、その声を聞き驚いたのは案内役の男だけだった。悠斗自身は、始をまっすぐ見ている。

「おまえが言う俺のやって来た事とは、神話に語られている出来事も入っているのか?」 まったく表情を変えない悠斗を始は真っ正面からにらみつけた。

「そんな昔のこと、俺には関係ない。俺が言っているのはこの十七年間のことだ」

 そう言うと、始は悠斗を押しのけて会場に戻って行った。突然の出来事に飲み込まれていた男は自分の役目を思い出し、話が終わったと見て、悠斗に歩くよう促した。しかし悠斗は動かなかった。後ろの柱にもたれかかり、その場に座り込んだ。男は何度も立ち上がるよう促すが、まったく眼中に入れられていなかった。悠斗は天井を見上げ、手で顔を覆い隠した。そしてつぶやくように言った。

「どこが全部だよ・・・。全然じゃないか」

 始は悠斗がやって来た非道をまったく責めなかった。人間は過去のことに異常に執着したかと思えば、自分が生まれていない頃の過去に見向きもしない。もちろん民族や宗教心も影響するのだろうが、少なくとも悠斗の中で人間の過去に対する意識は理解できていない。長い時を生きる神にとって、過去がどれだけ昔のものなのかわからなくなる。昨日も百年前も彼らにとっては同価値なのだ。しかし忘れはしない。少なくともロキは忘れなかった。特に犯した罪だけは忘れられることがない。それが自分のものでも、他人のものでもだ。どれだけの月日が経とうとも、その価値が変化することはないのだ。

 始は悠斗が人間として生きた十七年間の事を怒った。彼が犯した過去の罪に比べたら、とても小さく見えるものだ。始は世界を滅ぼしたことよりも家族を壊したことを怒った。彼の中の秤では世界よりも家族の方が大きいのだろうか。悠斗とて同じだ。世界よりも大切なものがある。自分の血を分けた子供達、そして一番大切な人。失った時は辛かった。世界なんてどうでもよかった。神の座なんて意味もなかった。決して多くを望んだ訳ではない。家族と一緒に生きたかった。ただそれだけだった。しかし運命はそれすらも許さなかった。憎かった。彼女を奪った全てが。神も、世界も、運命も、全てを壊したかった。結果的にそれを叶えたことになるが、空いた心の空洞は元に戻りはしない。

 家族を奪った気はしなかった。なぜなら奪うものが最初から無かったのだから。「大杉悠斗」はこの世に生を受けることなく死んだ。ロキからしたら、肉体と立場を借りただけだ。彼がいなくなれば何もかもが本来の形を取り戻す。なのに、現実は違った。実や始にしてみれば、家族である「悠斗」は存在している。そんな偽りの幻想を断ち切り、彼らが信じていたものを壊したのはロキだ。何もうまくいっていない。


《そんなに自分たちの記憶を消されたいか》


 なぜ最初からそうしなかった。正体がばれた時点で記憶を消しておけば良かったではないか? いや、そもそもなぜ神々のことを説明した? 適当な言い訳で押し黙らせることはできたのではないか。虚言を司る自分には充分できたことだろう。なぜあの時まったくそのことを考えつかなかった? したくなかったのか? これ以上偽りたくなかった? 自分は欺瞞を司る邪神だった。人を騙すのが仕事だ。なのになぜ? 家族以外になぜそんなことをしたかった? 忘れて欲しくなかった? 自分が人間として生きたこと、家族だったことを忘れて欲しくなかった? なぜだ。必要と思うのは自分自身と家族だけだ。なのに自分は彼らを家族と認めたのか?

 自問を続けても答えは出なかった。今すぐ答えを出すことを諦めた悠斗はようやく立ち上がり、歩き出した。

 満足いく答えが出ないのは誰もが同じだった。ただ周りもそうだとは気づかず、一人悩み苦しむのだ。家族という絆は一度繋がれれば簡単に切れるものではない。時にはその強い絆が重い鎖となって苦しめるのだ。


 悠斗はモデル達の控え室に案内された。中には出番を控えた数人のモデル達がいた。モデル達の中にいても悠斗の容姿は目立った。無駄のない顔と身体の造形は神が作ったもののようだった――悠斗自身が神なのでおかしな話だが。悠斗の出現にモデル達はざわめいたが、すぐに静かになった。むしろ悠斗の顔をしっかり見ようと首を伸ばしている。悠斗はそれをまったく気にせず、男に案内された席に座った。鏡台に並べてある物は何一つ悠斗にはわからない。そして興味も持たない。悠斗が席に着くと、それを待っていたかのようにメイクをし始めた。悠斗はされるがままにしている。こんなことをして何になるのだろう。そう思っていた。自分が憎いのならさっさと出てこれば良いのに、わざわざまわりくどいことをする。長い時を生きていても、他人の考えなど百パーセントわかることはないのだ。特に女性は。


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