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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第3章 休めない夏休み
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第79話 家族の語らい

 フォルと話せと言われたので、フォルが休んでいる部屋へ向かう。足取りは重い。魔力が回復し切ってないというのもあるけど、正直、あまり話したくない。

 話が必要なのは分かっているけど、どう取り繕っても、わたしがフォルを傷つけたのは事実。そんなわたしが、どんな顔をしてフォルと話せば良いんだろう。


 だが、いくら重い足取りだろうと、すぐに部屋の前にたどり着いてしまう。そんなに大きな家じゃないのだから、当たり前だ。

 ここまで来たら、覚悟を決めるしかない。扉の前から声をかける。


「フォル、起きてる?」


「フォンちゃん? 起きてるよー」


 返事があったので、部屋に入る。部屋の中には、横になって休んでいるフォルと、その世話をしている女性、ラン。


「わたしはオルさんに報告に行ってきますね。フォン、フォルのことをお願いします」


「あ、うん。分かった」


 タイミング良く、ランが部屋を出ていく。いや、恐らく気を利かせてくれたのだろう。二人で落ち着いて話が出来るようにしてくれたんだと思う。


「だいぶ体調も良くなったよー。ありがとねー」


「ううん、わたしのせいだから」


 そう言うと、フォルは苦笑した。もう、なんて言って上体を起こし、わたしに向かって手を伸ばす。そして、



「いい子いい子」



「あ……」



 わたしの頭を撫でる。それは、まだわたしが幼かった頃によくあった光景。あれは何? それは何? そう言って何にでも興味を示して動き回って、フォルに尋ねて回るわたし。その質問にフォルが答えて、わたしがきちんと理解出来ると、いつも頭を撫でてくれた。いい子いい子。そう言って。

 ただ自分の好奇心のままに行動しているだけなのに、ただ気になることを質問しただけなのに、いい子いい子って撫でてくれるのが嬉しくて。わたしは余計に走り回って、フォルを振り回していた。


「いい子、なんかじゃないよ。だって、フォルはそんなに弱ってる」


「フォンちゃんは昔から何でも知りたがる子だったねー。でも、こんな狭い世界、1年もあれば全部を知ることが出来ちゃう。未知がなくなってしまったフォンちゃんは、いつも退屈そうにしてた。わたしは、それをずっと見てたんだよー?」


 氷の領域の外に出ようとしたことは何度もある。でも、その度に誰かに止められて、わたしには結局、この狭い領域が世界の全てだった。

 そんなある日、大人たちの雑談から人間界という存在を知ったわたしは、誰にも、フォルにすら秘密にして、門の魔法を研究した。


 でも、バレた。


 当たり前だ。狭い世界、誰もが誰もを認識している。誰にも知られずに何かをするなんて、不可能だった。

 当然反対された。でも諦めることは出来なくて、皆の止める声を聞きながら、門に飛び込んだ。


「辛そうなフォンちゃんを見ているのは、辛いの。確かにフォンちゃんが人間界に行っている間、無事が確認出来ないのは不安。だけど、フォンちゃんが辛そうにしているのを見ているだけよりは、ずっと良い。だから、門の魔法が完成するまで誰にも邪魔されないように、頑張って隠してたんだから」


 そうか。魔法の完成まで誰にも気づかれずに研究をすることが出来たのは、フォルのお陰だったのか。もう立派な大人のつもりでいたのに、フォルにとってはわたしはまだまだ子供なんだろう。


「わたしのことなんて気にしなくて良いんだよー。フォンちゃんが元気に頑張ってる。それがわたしの喜びなんだから。分かったー?」


「でも、わたしだってフォルが辛そうなのは、見たくない」


 初めて人間界への門を通る時、興奮で周りのことなど考えられなかった。でも、今は違う。わたしが人間界へ出ることで、皆が心配するんだということを理解している。

 心配のあまり、一番大切な家族が調子を崩してしまう。それを無視して、自分の欲望のためだけに行動するなんて、そんなことはしたくない。


「これは、フォンちゃんが人間界に出ると、身体にどんな異変が起こるか分からなかったからー。だから過剰に心配しちゃっただけなんだよー。もう大丈夫って分かったから。だから大丈夫! 気にしなくて良いんだよー」


 大丈夫だと言ってくれるフォルだが、その表情は今でも心配そうだ。人間界に出ると、どうなるのかは分かった。だからこそ、わたしが精霊ではなくなってしまうかもしれないという想像が具体的に出来てしまう。

 わたしが完全に人間になって、もしかしたらこの氷の領域に帰って来られなくなってしまうかもしれない。そう考えると、自分でも恐ろしいと感じる。


「出来れば、定期的に帰ってきてくれると、嬉しいなー」


「うん、ゴメンね。あんまり帰ってこなくて。これからは、年に1、2回は帰ってくるようにするから」


 そうすれば、完全に人間になることはないはず。この領域にいると、少しずつ身体が精霊に戻っているのを感じるし、定期的に帰ってくれば不安はないはずだ。

 フォルにも心配をかけなくて済むし、きっと大丈夫。確実ではないけど、きっと。


「ゴメンね……我がままで……! 普通の精霊として生まれてこれなくて、ゴメンね……!」


 フォルを抱きしめる。自然と、涙が溢れ出した。わたしが、こんなおかしな精霊として生まれてこなければ、こんなに悩むこともなかった。

 ずっと皆で、この氷の領域でのんびり過ごしていれば幸せだったのに……!


「もう、おバカなんだからー。普通じゃなかろうと、傍にいることが出来なかろうと、大切な家族でしょー? だから心配もするし、だからこうして、再会がとっても嬉しい」


 フォルもわたしを抱きしめてくれた。冷たい。元々はわたしも同じくらいの体温だったはずなのに、もうこんなに冷たく感じてしまう。

 でも、心は温かかった。


「フォンちゃん、大好きだよ」


「うん……うん……! わたしも、大好き!」







 氷の街を歩いて、門を通って最初に着いた広場に来た。円形の広場の中央、高さ20メートルはあろうかという巨大な氷塊の前に立つ。

 やはり、存在感が異常だ。この領域の氷は全て、人間界で普段目にする氷とは雰囲気が違うが、この氷塊は一際目立つ。それは大きいからとか、そんな単純な理由ではなく、存在そのものの次元が違うような、そんな感覚だ。


「あんたも来たのね」


 先客がいた。広場中央の氷塊を見上げているのは、マーチだ。フォンの家を出て、俺と同じようにここに来ていたらしい。


「フォンが生まれた氷塊ってこれのことでしょ? 何かスゴイ物っていうのは見れば分かるんだけど、わたしにはそれくらいしか分かんないわね」


「昨日今日で思ったが、案外優しいんだな」


「ふん。別に、優しくなんてないわよ。で? あんたなら、何か分かるんじゃないの?」


 俺と同様に、フォンの人間化現象をどうにか出来ないかと考えてここに来たのだろうに、優しくないとは。まあそう自称するなら、そういうことにしておくか。

 期待されているところ悪いが、流石に見ただけでは俺も分からない。威圧されそうなほどの存在感があるというくらいだ。


 調べてみるか。


解析(アナライズ)……づッ!?」


「え、ちょっと!? 大丈夫なの!?」


 氷塊の情報を取得した瞬間、脳内に宇宙でもねじ込まれたのかと思うほどの情報の濁流に意識が飛びかける。頭を押さえて膝を突き何とか耐えようとするが、頭痛が酷い。一瞬でこれか。存在の密度があり得ないほどに高い。

 氷という概念そのもののような、恐ろしいまでの純度。その情報の大きさは、この氷塊が氷という一つの概念を凝縮した、世界で唯一無二の象徴であることを意味している。


 意識を繋ぎとめようと努力しなければ、今にも倒れてしまいそうな頭痛。概念そのものというのは、これほどに情報密度が高いものなのか。いっそ意識を失いたかったと思うほどの痛みに呻く。どうすれば良いのか分からずオロオロするマーチという珍しいものを見て気を紛らわせることで、何とか耐えることが出来た。


 酷い目に遭った。だが、お陰で可能性は見えた。


「マーチ」


「え、な、何? 大丈夫なの? 誰か呼んできた方が良いかしら」


「ああ、そうだな。呼んできてくれ」


「分かったわ。誰を呼んでくれば良いの?」


 解析による情報取得には成功した。可能性は見えたが、俺だけでは不可能だ。多くの協力が必要になる。



「精霊たちを全員集めてくれ」



 そうすれば、きっと全員が笑える結果になるはずだ。

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