第78話 妖精のお礼
晩飯を終え、休憩中。夜の森を抜けるのも危険だということで、今日はここで一晩過ごすことになった。
一応テントもカバンに突っ込んで来たが、小さい物が一つだけだ。流石にこの中に男女で寝るのも問題だろう。
「俺は外で寝る。2人で使って良いぞ」
地面は岩場でかなり固いが、仕方ないだろう。寝袋に頼るしかないな。
「なんで?」
「いや、何でって……」
「一緒にテントで寝れば良い」
フォンは相変わらず浮世離れしているというか何というか。この辺りの価値観の違いは、元々精霊だったせいもあるのだろうか。
「マーチ、言ってやれ」
「……仕方ないわね。我慢してあげるわ」
「は?」
「今回は我慢してあげるから、テントに入りなさいって言ってるのよ」
「……正気か?」
「一応あんたの人柄は信用しているのよ。人柄というか、ヘタレさかしら。あれだけ毎日毎日女子に囲まれておいて、誰にも手を出してないんでしょ?」
「恋人でもない女子に手を出す訳がない」
「そういうとこよ」
何がだ。当然のことではないのか。まさか世の男子たちは、恋人でもない女子に手を出すのか? 俺の常識がそこまでズレているとは思っていなかった……。
「プッ、何を真剣な顔で悩んでんのよ。別にあんたは間違ってないわよ。そういうところを信用してるって言ってんでしょうが」
「あ、ああ、そうだよな。俺の常識が誤っている訳ではないよな。これまでの人生が根底からひっくり返るくらいの衝撃だったぞ……」
「あんたって、頭良いのに馬鹿なのね。そういうところも含めて頭が良いもんだと思ってたわ」
自分でもそう思っていた。真面目な話、常識がズレていると先読みもズレる。一般常識も大切な知識だ。もう少し交流を広げるべきかもしれない。
対抗戦で優勝して以降、俺に話しかけてくる生徒は増えた。そこそこ広く交友関係を持っている方だと認識していた。だが、そういう相手とはほんの少し会話をする程度の関係。友人とも呼べないような間柄だ。そうではなく、もっと気軽にクラスメイトと遊びに行ったりするような、常識的な交流をしていくべきなのかもな。
テントの奥から、マーチ、フォン、俺の順で並び、寝る準備をする。小さいテントは、3人も並ぶとほぼ隙間がなくなってしまう。必然、すぐ目の前にフォンの顔が来たので、逆側、テントの外に顔を向ける。
「あ、っていうか妖精の蜜もらってないじゃない! あんのクソ妖精ども、逃げやがったわね!?」
突如、ガバリと起き上がったマーチが叫ぶ。元気だな。俺はもう、疲労ですぐにでも眠れそうだというのに。
「今更気づいたのか」
「気づいてたんなら、あの妖精ども捕まえときなさいよ!」
「無理矢理奪い取れる物ではないだろう。渡す気がないなら、他を当たるしかない」
仮に妖精を捕まえたとして、素直に蜜の貯蔵場所を教える訳がない。我がままな子供と同じような思考をする妖精は、自分が嫌なことは絶対にしない。
命の危険を覚えるほどの拷問でもすれば別かもしれないが、そんなことをする気はない。あの妖精たちが逃げて行った以上、あいつらから蜜をもらうのは不可能だということだ。
「ぐぬぬ……」
「エレは蜜を作っていないのか?」
「この子、蜜として固められる余剰エネルギーがほとんどなかったみたいなのよね。だから、蜜は持ってないって」
やはり元々エネルギー量が少なかったか。他の妖精と比べて、遺跡内で弱るのが早かったからな。そうだとは思っていた。まあもし作っていたとしても、他の妖精に奪われていそうだ。どの道持ってはいなかっただろう。
「ま、それは明日考えよう。今日はもう疲れた。俺は寝る」
隣からは既に寝息が聞こえてきている。マーチがぎゃあぎゃあ騒ぐ中で、よく眠れるものだ。
「はあ、まあそうね。わたしも疲れてるし、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
翌日。目を覚ますと、まだ2人は寝ていたので、起こさないようにテントから出る。真っ青な透き通る空だ。良い天気だな。精霊界の天候が人間界と同様なのかは知らないが。
体調も悪くない。腕の傷は痛むが昨日よりは大分マシになっている。あそこまで長時間解析を使用したのは初めてだったが、特に後遺症もないようだ。出来ればもうやりたくはないが。
軽く体をほぐしていると、風が吹く。急に真正面から吹いた強い風に思わず目を閉じた。風が止み、目を開ける。
目の前に妖精が浮かんでいた。昨日遺跡から出るなりさっさと飛んで行ってしまった、あの妖精たちだ。大きな葉を全員で持っている。その葉には、黄金色に輝く液体がなみなみと。これが妖精の蜜という物か。
その葉を俺に向かって差し出してくる。
「くれるのか?」
問いかけると頷いたので、ありがたくもらうことにする。こんな葉に溜められた状態では運びにくいな。昨日水を飲んで空いている容器がある。それに入れることにしよう。
葉から容器に、蜜を移し替える。量としては、コップ一杯といったところか。精霊の体調が良くなるまでにどれだけの量が必要になるのか分からないが、妖精の大きさを考えるとかなりの量をくれたのではないだろうか。
「ありがとう」
礼を伝えると、ペコリと頭を下げて去って行く。あいつらなりに感謝しているということだろう。
あの遺跡探索が完全な徒労に終わるのは、流石に俺も勘弁して欲しいと思っていた。目的を達成できて良かった。
朝食の準備をしていると、フォンとマーチが起きてきた。フォンは普段通りの様子だが、マーチは眠そうだ。昨日の疲労が完全には取れていないのだろう。
恐らく一番苦労したのはマーチだろうからな。魔力を限界まで使用したり、罠にかかって命の危険を感じたり、身体も精神も、かなり疲労していただろう。その上こんなテントでは、疲れが取れないのも無理はない。
「おはよう。妖精たちが蜜を届けてくれたぞ」
「ホント? 良かった……」
これでフォルが助けられると、ホッとした様子のフォン。その隣で眠そうにしているマーチは、俺の報告を聞き、カッと目を見開くと、
「はぁ!? あのクソ妖精ども、来てたってこと!? 捕まえときなさいよ! 次会ったらエレをいじめてたこと後悔するくらいボコボコにしてやろうと思ってたのに!」
叫んだ。さっきまで眠気でフラフラしていたのが嘘のように、一気に本調子を取り戻す。その様子に苦笑しながら、なだめる。
「落ち着け。他の人間ならともかく、お前が言うな、としか言えんぞ」
「うっ……」
自分もいじめをしていた前科があるからな。まあマーチが言いたいのは、自分も現在進行形で償いをしているのだから、あいつらも罰を受けて反省するべき、ということなのだろうが。
あの魔薬事件の最中、俺を嘲笑していたマーチにはなかなかイラつかされたが、最近はマーチの顔を見てもどうもあまりイラつかない。雰囲気が変わったと言うべきか。あの頃はあえて悪の立ち居振る舞いをしていただけで、現在の様子が素なんだと言われても信じられそうな変わりようだ。
もし本当にそうだとしたら、被害者のルーが許している今、俺がマーチを嫌う理由もないのかもしれないな。
「……悪かったわよ」
「ん?」
「だから! あの時、あんたを呼び出して散々好き勝手言ったじゃない。あれからルーには一応謝って許してもらったけど、あんたには謝ってなかったなって思って……。だから、ゴメン」
そんなことを気にしていたのか。そういえば、あの事件の被害者はルーだと思っていたが、一応俺も被害者と言えなくもないのか。拘束されたし、首にナイフを突き付けられたしな。
「フッ」
「なっ!? 笑った!? 今笑ったわね!? 人が真剣に謝ってるのに笑うってどういうことよ!」
「いやなに、ずいぶん丸くなったものだと思ってな。そんなに反省するほどボランティア活動が辛いのか?」
「そんなんじゃないわよ! もう知らない! 謝って損したわ!」
「別に気にしてないからな。確かに謝って損したかもしれん」
「えっ……あ、そう。なら……良かった」
まったく、ギャーギャー喚いていたと思ったら急激に大人しくなって、情緒不安定な奴だ。恥ずかしそうに顔を背けるマーチと、それを見て微笑むフォンに声をかける。
「ほら、朝食が出来たぞ。さっさと食べて帰ろう」
氷の領域に戻ってきた。相変わらずの美しい街並みだ。そして相変わらずの気温の低さだ。初めてここに来たときはそんなものかと思って気にしなかったが、いくら気温が低かろうとこれほど晴れ渡っているのに全く氷が解けていないのは不自然だ。やはり普通の氷ではないのだろう。
そんな街を歩いて、フォンの家に帰ってきた。フォル自身の家に移動しているかもしれないと思ったが、どうやらフォンの家から動いてはいないようだ。
蜜を取りに出発した時と変わらず、フォルが休んでいる。その傍らには、世話を任された女性が付き添っていた。フォルの調子はそう悪くなさそうだ。意識もあるようだし、放っておいても回復はするのだろうな。
「おかえりー」
「ただいま。蜜を入れたドリンクを作ってくる」
そう言ってフォンが蜜を持って別室へ行く。恐らくフォルが作ってくれたのと同じように、水を生成するのだろう。フォンの髪はもうほとんど黒に戻ってしまっているが、魔力を使って大丈夫だろうか。
念のためフォンについて行くと、やはりコップに水を作り出したところで、床に座り込んだ。魔力切れだろう。暴走した魔力が余分に水を生成し、溢れて床にこぼれてしまっている。
「大丈夫か?」
「駄目だった。クレイ、この水に蜜を溶かしてフォルに持って行って」
「分かった」
コップ一杯の水に、スプーン一杯分程度の蜜を溶かす。これで充分らしい。それを持って、フォルが休んでいる部屋に戻る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとー」
付き添っていた女性にコップを渡す。女性にドリンクを飲ませてもらったフォルは、再び横になった。
「ゴメンねー。蜜を取ってくるの、大変だったでしょー?」
「気にしなくて良い。体調を崩したのは俺たちのせいでもあるんだからな」
「えー? もしかして水を作ったことー? そんなの気にしなくて良いのにー。お礼がしたいんだけど、何かあるー?」
「気にしなくて良いと言っているのに……。ああ、それなら、フォンとしっかり話してやってくれ」
「フォンちゃんとー? うん、よく分からないけど、分かったー。マーチちゃんは何かあるー?」
「別にいいわよ。わたしは蜜を取りに行く中で収穫もあったから」
「えー、何か……」
「いいから! あんたはしっかり休みなさい!」
それだけ言って部屋を出ていくマーチ。女性が休んでいる部屋に男が長くいるのも良くないだろう。俺も退出するとしよう。
「じゃあ俺も行く。マーチの言う通り、しっかり休んだ方が良い。フォンも心配しているからな」
「むぅ……分かったー」
部屋を出て、魔力切れのフォンが休んでいるところに顔を出す。
「フォン、フォルとしっかり話をしておけよ」
「う、うん。そうする」
それだけ言って家を出る。マーチがいない。恐らく俺と同様に外に出たんだろう。フォンとフォルが話をする間、適当に街を歩いて時間をつぶすか。




